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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第2章 『学園編』
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第10話 『歓迎パーティーの罠』


 2日目の学園の授業日程はガイダンスを延々とやるもので、教科書も要らずとても暇だったので、時間の流れがとても遅く感じた。相対性理論万歳と、泣きながらジュンは思った。

 

 そしてガイダンスは午前中で終わり、昼は学園食堂で済ませた。放課後になったが、図書館に寄るのは明日にするかという話になり、ジュンたちは帰路についた。

 明日からが正式な授業の始まりである。

 それから昨日約束したとおり、ジュンの部屋にフィーナ、レオン、シャーリー、ケンジ、それにレックスを加えた6人が集まって夕食をすることになった。

 リリアも引っ張ってきたかったケンジだったが――エンチャンターについて熱く語りたかった――やはり「私そういうの、ホントに苦手なの」ときっぱりとした言葉と裏腹に、少し手をモジモジしながら断られた。

 そんな彼女に対し――今度は絶対にリリアを来させてみせる! とケンジはおおいに意気込んだのであった。


 



 今ジュンの部屋には、レオンとケンジが到着している。


「レックスは? もうじき来るって?」


 ジュンはてっきり男衆みんなで一緒に来るかと思っていたが、緑髪の彼の姿が見えないので尋ねてみた。


「ああ、ヤツなら――」


 答えようとしていたレオンの台詞(セリフ)は、最後まで音になることはなかった。


「オッス! みんな」


 勢いよくドアを開き、大股(おおまた)で部屋の中へ入ってくるレックス。相変わらず、貴族らしくない。

 だが現実に貴族な彼は、両手に何本ものボトルとグラスケースを(かか)えている。ボトルの形から、おそらくワインとかビールといったアルコール類だと思われる。


「よぉ、来たかレックス。……それは?」

「おお、コレか。コレは『バルバレスコ』だぜ。いい機会だから、食後に飲もうと思って、結構な数を持ってきたぜ!」


 『バルバレスコ』――聞き覚えのある名称だ。確か、地球の『イタリア』という国における最高級赤ワインだったはず。

 ――本当にこの国は、変に関連性があるな……。


「ああ、あの肉との相性が抜群のヤツだろ?」

「そうそう、よく知ってたなジュン。コレはアトラティカ原産のヤツだから、お前らは知らないと思ってたぜ」


 そういえば、自分たちはシルヴァニアからの留学生ってことになっているんだった。


「そのワインは有名だからな……」


 言い訳をしようとしていたところ、ソファでアトラティカの史書を読んでいたレオンが言おうとしていた事を代わりに言ってくれた。


「あ~、確かに……でもコレ結構高いから、お前らって金持ちなんだな」

「留学までさせてもらえたんだ。それなりに金はあるな」


 フッと微笑を浮かべたレオンがそう答える。彼なりにレックスのことは気に入ったようだ。でなければレオンは、こんな風に話したりなどしない。


「違いない! ハッハッハ」


 大きく口を開けて笑っているレックスの姿は、何度も言うが、とてもとても貴族であるとは思えない。しかしとても好印象を受けるジュン。

 それから30分ほどレックスに、シルヴァニアについて色々と聞かれたが、あらかじめ暗記しておいた知識だけで事なきを得た。

 




 ガチャという音と共に扉が開かれた。


「みんな、おまたせー」


 開いたドアの外から、高いソプラノ声が男だけのむさ苦しい空間に響いていった。この部屋の造りは分厚い石の壁だったので、よく反射しているようだ。


 そしてキッチンワゴンを引いたフィーナと、どこかそわそわした様子のシャーリーが姿を現した。

 カントリーテイストの白いトローリーワゴンの上には、(ふた)をされた料理の数々が所狭(ところせま)しと並んでいる。ジュンの部屋のキッチンで調理をしても良かったんだが、なにぶん器具が不足していたため、フィーナが自室で作ってきたものたちだ。

 大きな丸テーブル付近にまでワゴンを運んだフィーナとシャーリーが、料理の上にかぶさっていたクロシュ(ドーム状のふた)やクロスを取り去っていった。


 中から顔を覗かせたのは、湯気立ち上り熱々そうな料理たち。

 パンをたくさん入れたバスケットに、アペリティーヴォ(食前酒)の『カンパリ』と(おぼ)しきものが1本とグラス、カポナータに似たアンティパスト(前菜)兼コントルノ(副菜)が中皿に。プリモ・ピアット(第1主菜)とセコンド・ピアット(第2主菜)として肉や魚が、みんなで食べるようにそれぞれ大皿に乗っている。

 それから一番下の段には、なにやら透明な水のまくに覆われた物体があった。 


「うまそぉ~」

「おう、マジでうまそうだぜぇ~」


 ジュンとレックスが口から流れ出る(よだれ)を手の甲で(ぬぐ)っている。

 ソファに座っていたレオンとケンジもこちらに寄ってきて、やはり同様に「おいしそう」だと呟いていた。


「コレ全部フィーナが作ったのか?」


 かなり美味(おい)しそうでありながら、けっこうな種類と量がある。今日の午後からずっと調理していたのだろうか。


「ううん、シャーリーも手伝ってくれたのよ」


 ニコニコしながら語るフィーナに、ギギギと首をシャーリーの方へ向けるジュン。目には少しばかりの不安が宿っている。

 昨日、応援するとは決めてはいたが、ほんの少しだけ怖いのだ。

 するとシャーリーはムッとした調子で――


「だ、大丈夫よ! フィーナって、教え方すごく上手だったし、私は肉を切ったりするのがメインだったわよ!」


 と言い放った。


「お、おう。俺はシャーリーを信じてる」

「そうよ。大船に乗ったつもりでいなさい、ジュン」


 先ほどの語りで、シャーリー自身はあまり料理に関与していないとカミング・アウトしているのに、あたかも自分が作ったかのように胸を張っている。


「ところで、それは何だ?」 


 しっかりと調理された料理の中で、さきほどから異様な雰囲気を放っている水膜物体についてジュンは詳しい説明を求めた。気になってしょうがない。


「ん、コレはね。……デザートよ」


 フィーナが嬉しそうに答えた。

 彼女が好きなデザートが入っているのだろうか……。それにしてもデザートなはずなのに、物体がやたらとでかい。いったいどんなデザートなのだろう。


「フィーナ、早く食べないと冷めちゃうよ!」


 すでに(ふた)を取ってしまっていたので、料理は刻一刻と冷めている。

 シャーリーの呼びかけでハッと我に返ったように、フィーナが「そうだね」と答えていた。

 それから、テキパキと配膳(はいぜん)を開始するフィーナ。


「手伝うよ、フィーナ」


 彼女だけにやらせるわけにもいかないので、ジュンはそう申し出た。


「ありがと。じゃあ、大皿をテーブルに乗っけてくれる?」

「オーケー」


 肉と魚介類が乗ったそれぞれの大皿を、1枚ずつ計2枚を丁寧に運ぶ。

 その拍子に、濃厚なバターな香りやらトマトソースの匂いが漂ってくる。

 やはり(よだれ)がでてしまった……。


「ジュン。涎、料理に垂らさないでよ」

「もち分かってるよ」


 レオン同様、何かとめざといシャーリーにそれを(とが)められる。そう言う彼女は自身は、ジュンとフィーナが料理の配膳をする様をじっと観察しているだけだ。

 これはジュンの予想なのだが、おそらく彼女はフィーナとの料理の際に皿を何枚も割ったのではないだろうか……。それで運ぶのは手伝わないほうがいい、と彼女なりに判断したのではないだろうかと思う。

 観察しているのは、これから始まるアルバイトのウェイトレスへの布石だろう。

 

 それにあまり人数が多いと逆に邪魔なので、レオンがテーブルを拭いており、ケンジとレックスは席について待っていた。


「ふふっ、ジュン。そんなに美味しそう?」


 パプリカやズッキーニ、ナス、タマネギ、トマトがいためられたカポナータ風の料理を、人数分の小皿に取り分けているフィーナが、微笑と共に訊いてきた。


「ああ、ヤバイってコレ」


 大きく頷くジュンに、よりフィーナは顔を(ほころ)ばせた。

 それから彼女は人数分の小皿を慣れた手つきでテーブルへ並べていった。人数分ということは全部で6枚の皿をいっぺんに運んだのである。

 さすがはウェイターをしているだけはあった。シャーリーはその姿を見て、(私、アルバイト大丈夫かな)と心の中で思ったのは、絶対に内緒だ。

 フィーナの迅速な活躍によって、3分と掛からず、大きな丸テーブルの上には色とりどりの料理が勢ぞろいしていた。


「あ、レックス君もグラス持ってきてくれたの?」

「おう、一応持ってきましたが、フィーナ様が持ってこられたグラスを使いましょう」


 最初の返事が変だったが、フィーナはそんなこと気にしない。むしろ微笑ましく思う。


「分かったわ。じゃあ、みんな……アルコールは大丈夫?」


 ジュンたちが頷くのを確認してから、フィーナはグラスにワインを(そそ)ごうと手を伸ばす。

 それをジュンは制した。


「いいよ。俺が注ぐよ。こういうのって男が注ぐもんだろ?」


 軽くフィーナにウィンクを送りながら、ボトルを手に掴む。やはりずっしりと手に重い印象が残った。


「う、うん。そうだけど、ジュンたちの歓迎会だし……」

「いいって、いいって。ほら、このボトルけっこう重いしさ」

「ありがと……」


 軽く頬を染めながら、フィーナは頷いた。

 確かにあのボトルは女性が持つには重いから、城での会食のときは男の給仕の人がやってくれていた。

 でもジュンは給仕の人じゃない。

 だから彼の気遣いがフィーナには嬉しかったし、それから妙に恥ずかしかった。


(だ、だって……グラスにワインを注いでもらうなんて、何だか恋人同士みたい……)


 そんな思いが頭に浮かんできたので、慌てて振り払う。

 ここには他の人もいるのだ。変な妄想をしてはいけないと自分に言い聞かせた。


「はい、フィーナ」


 ジュンは注ぎ終わった1つ目をまず、彼女が座る場所に持っていった。

 円卓の上から右回りにジュン、フィーナ、ケンジ、レックス、レオン、シャーリーなので、近くであるフィーナのところへ持って行っただけだ。

 しかし、フィーナの中では――


(私に一番最初に持ってきてくれるなんて……まさかっ! 以下略)


 ――と、重複していることにさえ気付かないカオスな思考が行われていた。


「ありがとう、ジュン」


 フィーナの何故か恍惚(こうこつ)とした響きを含む礼に対し、軽く頷きながら次のグラスにワインを注いでゆくジュン。

 彼女が持ってきたグラスは高級そうで、かなり繊細(せんさい)なものだ。少し力を入れて握るだけで、あっけなく割れてしまいそうであるほどに。故に細心の注意を払って持ってゆく。


「では、ジュンたちの入学を祝って、乾杯!」

『かんぱーい!』

「乾杯」


 全員にグラスが行渡(いきわた)ったので、フィーナが短い祝辞を言って会食が開始された。皆がグラスを自身の顔の中心ぐらいにまであげて乾杯するのはいいとして、本当に返事には人柄が……以下略。

 そして乾杯の時にフィーナがチラッとこちらを見てきたので、ジュンはグラスを目の高さにまで上げ、アイコンタクトによって今度は2人だけの乾杯をやった。

 少しキザかもしれないと思ったが、頬を薄紅に染めたフィーナを見たら、どうでもよくなってしまう。


「うっめぇ~! マジうめぇぜ、コレ!」


 さっそく食べ物に飛びついたレックスが、感極まった歓声を上げている。彼は自分の取り皿に山のように肉料理や魚料理を乗っけている。

 それらを吸い込むかのようなスピードでたいらげてゆく。今の彼の姿は、まさしく掃除機そのものだ。


「ふふっ、ありがと。たくさん作ったから、どんどん食べてね」


 彼の暴力的なまでの食欲の全貌(ぜんぼう)(じか)に学園食堂で見ていたフィーナは、あらかじめ大量に料理を作ってきたらしい。いい判断だ、とジュンは内心で親指を立てるイメージをした。


「おいコラ、レックス! お前食いすぎなんだよ! 無くなっちまうだろうが!」


 しかし料理は確かに大量にあるにはあるのだが、暴食という7つの大罪の内の1つを持つレックスの前では、着実に且つスピーディにその量を減らしている。

 その様に危機感を覚えたジュンは、すぐさまベルゼブブ(レックス)に注意した。

 しかしレックスは「うりゅしぇぜ(うるさいぜ)! ひゃいもん(はやいもん)勝ちだぁ!」と、口の中に食べ物をいっぱい詰め込んだ状態でしゃべるものだから、何を言っているのかよく分からない。それどころか、口の中の物が飛んできてマナーが最悪だった。 彼は貴族だろうに、可哀想を通り越して色々と終わっていた。


「くっそぅ~、あんにゃろう……食べ物の事になるとマジで性格変わりやがる」


 レックスから飛ばされた物体をナプキンで拭きつつ、何だか自分の周りには――何かの拍子に性格が豹変する人物が多い気がしてしまった。

 勘違いだと願いたい。そう思わせて欲しい。

 ――だが! 今はそんなことはどうでもよい! 今は料理だ!

 そう思いジュンもレックスに負けじと、次々に料理に手を伸ばし、皿に盛り付け頬張ってゆく。まずは魚介類を白ワインで蒸してあるトマトソース煮を食し、エビとトマトソースのマッチングに感動。次にワインを一口飲んでから、肉料理へ。肉料理はどうやら豚肉をローストして、それをバルサミコソースであえてあるものだ。ピンク色に焼かれたお肉がたまりません。


 しばらく無言&無心で食べ続けた。


 そして人心地ついてワインを飲もうとしたところ、グラスがほとんど空になっていることに気が付いた。ジュンは高級そうなボトルを傾け、赤ワインをグラスの半分ほど注ぐ。

 すでに食前酒は飲み干しており、今はレックスの持ってきた『バルバレスコ』を飲んでいる。これがまたローストされた肉との相性が抜群にいい。

 『ピース』では飲酒の規定がされていないため、小さい時からチビチビと飲んでいき、今ではそれなりに飲むことに慣れてしまっていた。だから酒にはかなりイケル口なジュンである。それから、レオンもなかなかの酒豪だった。他2名は、酒自体は好きなのだが、けっこう酔いやすい。

 注いだワインの匂いを嗅いでから、少しだけ口の中に含み、舌でその味わいを楽しむ。()むと少し甘くなって飲みやすくなる。

 料理もそれなりの域まで食べ終え――レックスの暴走で、料理の残りも少ないので――小休止である。


 ふと視線を感じた。

 視線の主は隣に座るフィーナだった。


「ん? どうしたフィーナ?」

「…………」


 尋ねたにも関わらず、彼女は黙り込んだままだ。

 そしてフィーナの蒼い双眸(そうぼう)はどこかぼんやりとしていて、じっとジュンの口の辺りを映している。


(ま、待てよ……。たしかフィーナって酒乱の気があったような……)


 一昨日の昼食の時に、フィーナは少しの酒でかなり酔っていたことを思い出した。

 案の定、彼女の頬は熱っぽさを内包し、目はうろんでいる。


「お、おいフィーナ? 気は確かか?」

「……ジュン……」


 フィーナは静かに、ジュンの名を呼んだ。

 何だかフワフワした気分で、とても心地良い。

 そんな気分のままじっとジュンの唇辺りを見ていた時、気が付いた事があった。


「ジュンの口、ソースが付いてるよ?」


 彼の口の少し下辺りに魚介類料理(ザッパ・ディ・ピシエ)のトマトソースが付着している。

 その姿も何だか可愛くて素敵だと思うが、フィーナはそれ以上に、ある使命的な思いを感じていた。

 それは――


「マジで? どこらへん?」

「ちょっと待って……」


 フィーナは席を立って、黒髪の少年に近づいてゆく。

 フラフラとした足取りだったが、意識だけはクリアになってきた。だからだろうか、横目でシャーリーの動向を確認してしまう自分を認識できた。

 ――うん、大丈夫。 何が大丈夫なのだろうと自分でも思う。けれどその言葉が頭に浮かんだのだ。


「え? ちょ、フィーナ?」


 目と鼻の先のジュンが何やら慌てているが、気にしてはいけないと思う。

 それにジュンだって、男の子なんだから……とまたも訳の分からない思いが浮かんできた。


「……ココ、だよっ」


 フィーナの猫なで声のような、とにかく甘ったるい声を聞いたジュンは、ビクッと身を縮ませた。激しくデジャブを感じる。

 その硬直した瞬間に、フィーナの白い繊手せんしゅが真っ直ぐこちらへ伸ばされる。

 伸ばされた彼女の指はジュンの唇の少し下を撫でるように、何かを(かす)め取るようにスライドしていった。

 ジュンがフィーナの方へ緩慢な動きで顔を向けると、彼女はじっと自らの指に付いているドロッと赤い液体を(とろ)ける様な(まなこ)で凝視していた。


 ――そしてあろうことか、そのままフィーナは指を自らの口に含んだ!


 あのトマトソースは自分の口に付着していたもので、それをフィーナが()めたという事は……とジュンは無意識の内に考えてしまう。


(こ、これは罠だ! 策略だ! ここここんな罠が、この歓迎会に含まれていたとは! これが歴史書に聞く孔明の罠! ――長くなるので以下略)

「ふぃ、フィーナ……その」


 思考とは別に、口が勝手に何かをしゃべりだした。何を言い出すのか自分でも認識していない。

 しかしそんなジュンが、最後まで言い終えることはなかった。

 なぜなら、再びそっと指を伸ばしてきたフィーナに、唇を押さえられたからだ。そして彼女の指からは、何やらいい香りがしてくる。

 勝手に顔が、火照りだす。これは仕方ないだろう、とジュンは誰に言い訳をするわけでもなく言い訳し、また思考が飛んでゆく。


「ジュン……おいしかった?」


 とろんとした声音でフィーナが訊いてきたので、思考が帰ってきた。彼女は何をとは言わなかったが、料理の事を指しているだろう事は、ただ今絶賛鈍り中であるジュンの脳でもかろうじて判断できた。


「あ、ああ。おいしかったよ」


 本心からの言葉だったからだろうか……意外とすんなり感想を言葉という形にできた。

 その言葉にフィーナは、ニッコリと微笑んで――


「それなら……私が……まいに、ち…………」


 台詞を言い終える前に、彼女はジュンにもたれかかるようにして、眠ってしまっていた。

 続きが聞きたいような、聞けなくて良かったような、微妙な気持ちになるジュン。取り敢えず、自分の椅子に彼女の体を下ろす。

 それから彼が辺りを見ると、満腹で満足そうな笑みを浮かべ床上に寝ているレックスと、やはり眠かったのかソファベッドに丸まるように寝ているケンジ。そして椅子に座りながら寝ているシャーリーがいた。睡眠中のシャーリーには、金色の青年の上着がしっかりと掛けられている。相変わらず、シャーリーに対しては反応が早い。


「はぁ……結局、起きてるのって俺とお前だけかよ……」


 ジュンはため息をつきながら、椅子の上で優雅にグラスを傾けている、我関せず的なオーラを放つレオンに話しかけた。

 周りの連中がこうなってしまった以上、片付けはもちろんのこと、寝場所も考慮しなければならない。


「そのようだな……」


 レオンもジュン同様に、ため息をつきたそうな顔つきである。


「まぁ、取り敢えず、時間も遅いしサンタ・ソフィア(女子寮)には行かないほうがいいな。これじゃ逆に怪しまれる……」


 酔って眠ってしまったプリンセスと同級生を背負って、こんな夜遅くにサンタ・ソフィアになんか出向いたら、通報やら、あらぬ嫌疑を掛けられかねない。

 幸い、人がちゃんと帰ってきたかどうかの確認はしないとのことだったはず。


「ああ、そのほうが無難だろう……」

「なら、ケンジとレックスは……ケンジの部屋にでも押し込んでおくか」

「そうだな。俺がケンジを運ぼう。部屋は隣だから大丈夫だ。鍵もケンジが持っているだろ」

「了解。んじゃ、先にフィーナとシャーリーをベッドに寝かせるとしますか……」


 そしてジュンがフィーナを、レオンがシャーリーを(かつ)ぐ。

 フィーナを運ぶ際に、背中にふくよかな何かが当たる感触がしてしまい、ジュンは心臓が大きな音を立てるのを確かに聞いた。


(あまり深く考えないほうがいい……)


 ジュンは、そう思った。

 



 無事に女子2名をベッドの上に寝かせ終え――ベッドはダブルにも近い大きさだったので、スペースは余裕だった――この次は野郎ドモの番である。

 担ぐとゴツゴツとした肌触りが、この上なく気色悪い。

 ――これも罠だぁ! と、一気にやる気が失せるジュン。

 だが、このまま乙女らが寝ている場所に置いておくわけにもいかないので、仕方なくジュン担当のレックスをケンジの部屋へと移送した。移送というか、ほとんど放置プレイ的に転がしてきただけだが。


 その後、ジュンとレオンの二人で食事の後片付けをし――スイデリア(水供給用ラルクリア)で一気に流す感じで――それから、あの例の謎の物体はキッチンワゴンに置きっぱなしだ。

 おそらくあの膜のようなものは、保存のためと推測されたので、また明日にでもフィーナに伝えればいいかと考えたからである。


 そして壁に掛けられた時計が、12時を回っている時刻。

 時間をずらしてある上、現地の人に見られると厄介なホログラフォンはスタンドの上から、引き出しの中でちゃんと眠っている。学園には隠し持っていくが、部屋でもちゃんと隠すべきだと思う。

 とにかくすっかりアナログな時計にも慣れてしまったジュンは、そのアナログ時計で時刻を確認した。

 ジュンは今日のところは、レオンの部屋のソファベッドで寝させてもらうつもりである。だから寝巻きと明日の着替えを持って、ゆったりとした足取りでレオンの部屋へ向かった。


「あぁ~、眠い……」


 レオンの部屋に到着した後、急激な眠気を感じたので、伸びをすれば眠気が少しは緩和されるかとも思っていたが、まったくそんなことはなかった。

 アルコールが体内をめぐって、強烈な眠気を誘発しているせいだろう。


「俺もだ。もう寝るか」


 レオンも眠そうな(まなこ)を手で擦っている。

 ソファの上のジュンは「ああ」と返事をしながら、レオンが投げて寄越したシーツに(くる)まるようにして眠りにつく準備をした。


「ライトリア――ライト・オフ」


 レオンが照明を消す言葉を紡いでいるのが、シーツで形成された暗闇の中で微かに聞こえてくる。

 そして今まで以上に暗い世界になり、そのままジュンの意識は眠りの森へと旅立っていった。





次話から本格的に学園編が始動します。

どうか応援よろしくお願いします。

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