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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第2章 『学園編』
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第9話 『学生寮!』


 ジュンたちはレックスの歩くスピードに合わせながらゴンドラを漕いでいると、やがて砦のような頑丈な造りの建物が視界を征服した。巨大にして豪奢(ごうしゃ)なそれは、さながら中世の城を思わせる。

 1メートルはありそうな分厚い石の壁。ゴシック風のステンドガラスの小さな窓。手入れの行き届いた庭には、可憐な花々が咲き誇っている。

 その城が二つ並んでいた。

 ほとんど外装は同じであるが、左の城には厳重そうな鉄格子製の門が存在した。右は明らかに手薄である。


「ここが女子寮(サンタ・ソフィア)よ。ジュンたちが住む男子寮(サンタ・カドーロ)はあっちね」


 やはり左の警備が厳しそうな方が女子寮サンタ・ソフィアで、フィーナが指差す右が男子寮(サンタ・カドーロ)のようだ。

 男女の差がなかなかに激しい。女尊男卑万歳。


「じゃあ、また後でジュンの部屋に行くからね」

「ああ、了解」


 今日の夕食は、フィーナが時々行くらしいレストランでとる予定だった。フィーナがそこのタダ券を持っているとのことで、コースで食事の内容は選べないが、勘定はいらない。

 そこで一度各自の部屋に戻って、身支度をしてからジュンの部屋に集合となったのである。


「入っていきなり部屋散らかしてないでよぉ!」


 先にゴンドラから降りたフィーナの隣を歩くシャーリーが、手を振りながら言った。

 いくらジュンでも、部屋に入ってすぐに散らかすはずは……たぶんない。


「じゃあ、俺たちもさっさと行くか――ゴンドリア」


 レオンとケンジが降りた事を確認した後で、ゴンドラをラルクリアの中へ収納する。

 未だにケンジは黙々と1人で本を読んでいるが、こちらの声ぐらいは聞こえているようだ。


「よし、じゃあみんな俺について来ーい!」


 隊長気分のレックスが、拳を天に突き上げた。


「おー!」

「おー」

「……」


 ジュンは彼に(なら)い、ケンジは気もそぞろに言い、レオンは頷くだけだ。


「おい、いつもアイツらってあんな感じなのか?」


 テクテクとジュンに近づいてきたレックスが、ヒソヒソ声で尋ねてきた。

 彼としては反応がいまいち鈍い二人が気になっているようである。

 ジュンはニッと口の端を上げ、不敵な笑みを浮かべながらレックスに(ささや)き返した。


「いや、レックス……お前の緑の頭が気に食わないらしい」

「……なぁっ!?」


 ショックを受けてフラフラとした足取りになるレックス。彼にとって、自分のヘアーは宝だったのだ。


「くっくっく……」

「な、おい、ジュン! 冗談だよな? 冗談だよな?」


 同じ事を二度も言うほど、ショックだった。泣きたくなった。


「……さぁ。どうかな?」


 そんなレックスの反応が面白かったので、ジュンはついつい悪ふざけをコンティニューしてしまう。


「おい、ジュン。いい加減な事を言うな」


 しかしそれをレオンに釘を刺され、あっけなくこの話はお開きになってしまった。


「げっ、聞こえてたのかよ……」

「いや、聞こえてはいないが、カマをかけただけだ」


 チッと舌打ちした気分だ。内心で舌打ちしておく。

 ――この耳年増め!


「なんだよ、ビビッたぜ。脅かすなよ、ジュン……」


 ちっとも怒った風でないレックスが奇妙に思える。本気で怒る事はないと踏んでいたが、少しぐらいは何か小言を言われるものだと想定していたのだ。


「そうだよな。俺のキューティクルで、シンメトリーで、ナイスな髪が嫌われるはずがないもんなぁ」


 それどころかレックスは1人納得したように、うんうんと首を振っていた。

 確かに最後の修飾詞以外は合っているが、その認識も正直どうかと思うジュンであった。

 しかし、ポジティブな思考は嫌いではないし、面白くさえあるので、敢えて訂正はしないで置こう。

 面白さはそれだけで正義だ。




 レックスの御蔭で、予定よりもずっと早くに各自の部屋を見つけられたジュンたちは、一旦別れて、後からジュンの部屋に集合とした。

 

 部屋の中へ入ったジュンは、その学生寮とは言い難い内装に舌を巻く思いだ。

 色の違う石を互い違いに敷かれた床。木の梁の天井。それに暖炉が1つ。竈式のキッチン。

 それからゴッシク風の彫刻がなされた机が、大きいものと小さいものそれぞれ1ずつある。同様の彫刻がなされた椅子がセットだ。

 さらにソファベッド。大きな丸テーブル。ダブルほどはありそうなベッド。スイデリア(水が出せるラルクリア)が置かれたスタンドに、クローゼットまで完備。

 またシャンデリアのような加工がなされたライトリア(証明用のラルクリア)に、白熱灯のランプも置いてある。

 

 そして何より特筆すべきは、この部屋の広さと窓から見える景色だ。

 外観から、それなりに広いものだと予想していたが、まさかこれほどとは……。

 ゆうに25畳ほどはある空間。

 その全てを照らす夕日の光をもたらしているステンドガラス窓――そこから覗ける景色といったら、絶景……これ以外の言葉が見つからない。

 夕日で煌く王都とラグーナ。遠くに見える天空のドゥガーレ城が花を添える。

 

 部屋にバスルームは存在しないが、大浴場が代わりとしてあるらしい。トイレも廊下を出てすぐのところにあった。

 この部屋で足りないものがあるとするならばそれは、姿見用の鏡ぐらいだろうか……。

 清掃も細部に至るまで完璧。

 まさしく、ジュンたちの国ピースランドの最高級ホテル顔負けであった。


「こりゃあ、マジですげぇなー」


 真に素晴らしきモノは……と自分で言った台詞(セリフ)が頭の中でリピートされる。

 ここは到底、モノを散らかして汚くしていい場所ではなかった。


「とりあえず、荷物の整理をしておくか……」


 ジュンたちの元の世界の制服や、その他所持品は箱詰めにして学園長がこの部屋に運び込んでおくと言っていた。

 ベッドの傍に置かれた箱がそうであろう。

 中からピースランドでの黒の制服を取り出して、クローゼットに掛ける。それから、ポケットからホログラフォンを取り出し、スタンドの上に。


「ん? こりゃ、学園長は気が利くなぁー」


 箱の中には持っていないはずの、歯ブラシやら、タオルやらの日用製品も入っていた。簡素なパジャマっぽいものもある。全てサクラリス(学園長)の気遣いだろう。

 なんだかんだで、学園長はいい人だなと思った。S変態な人ではあるが。


「よしっ、こんなもんでいいか……」


 ちゃっちゃと片付けを終え、暇になったので窓からの景色を楽しむ事にする。

 ガラスから透けるようにして景色を楽しむのもアリだと思うが、どうせだったら生を見たい。

 ガラァーとガラスの窓を一気に開く。

 ――吹き抜ける心地よい風が身に沁みるようだ。

 ()がもうじき地平線に沈むところで、漆黒の夜空への変貌を遂げようとしている時刻だが、王都にはそれなりの人々が闊歩(かっぽ)していた。

 ゴンゴンとドアが叩かれる音がした――誰かがジュンの部屋に来たようだ。

 誰がノックしたのかは分かっていたジュンは、いいタイミングだなと思いながら「入れよ。空いてる」と続けた。


「……まだ、散らかしてはいないようだな」

「ホントだねぇ~」


 入ってきたレオンとケンジの第一声に、なんだか釈然(しゃくぜん)としないジュン。


「失礼なヤツらだ。俺はそれなりに綺麗好きだぞ」

「嘘だな」

「嘘だね」


 息もピッタリに同じ言葉を言う二人。


「悪かったな! どうせ俺の部屋はいつも散らかってますよぉ~だ!」


 反論したいのは山々だったが、ピースランドでの自分の部屋を思い起こして、やめた。その代わりに『あっかんべー』をしてやる。


「ふっ……」

「ごめん、ごめん。()ねないでよ」


 2人は軽い反応でジュンを流した。

 膨れっ面のままジュンはソファベッドに腰を下ろす。

 するとケンジもジュンを真似るようにソファベッドに座り、レオンは丸テーブルの椅子に足を組みながら座った。

 そっと沈黙が訪れた。


「ねぇ、僕たち……帰れるのかな?」


 夕日のどこか寂しげな様子がケンジのノスタルジアを刺激したのか、そんなことを言い出した。


「…………」


 レオンが無言でいるので、ジュンが代わりに口を開く。


「……分かんね。でも、今を楽しむべきだってコトだけは()ってる」


 しみじみとした口調だが、言葉にしたジュンの顔はニッと不敵に笑いながらケンジの方を見つめている。

 それを見たケンジも「うん。そうだよね」と顔を明るくして、同意した。レオンは無言であったが、その表情は優しげな印象を持つものだ。

 ふと、この空間において、時間がとてもゆっくりと流れているような印象を受けたジュン。地球にまだ人類がいた頃、アインシュタインという物理学者が提唱した相対性理論を思い出す。この理論の中で時間とは絶対的なものではなく、その時間の流れは観測者次第で遅くも速くもなるといっている。

 そしてまた理論によれば基本的に退屈ならば、時間の流れは遅く感じるらしい。

 しかし今、自分が感じている時間はゆったりとしたものだが、決して退屈などではなく、むしろ心地よい時間であるとジュンは思った。

 

 少ししてドアがノックされる音が、ゆったりとした空間の中に響いた。

 どうやらシャーリーとフィーナがやって来たようだ。ジュンは部屋の主として、ドアを開けようとソファから立ち上がる。先ほどレオンが律儀に鍵を掛けていたのを思い出したからだ。

 ドアを開けるとそこにはやはり、少し柑橘系のいい匂いを(まと)わせるフィーナと、どうようの匂いのするシャーリーがいた。どうやらフィーナの香水をシャーリーも付けてもらったようだ。


「ん~、よしっ」


 突如、シャーリーが自らの顔をジュンの部屋の中に突き入れてきた。


「何が、よしっ! なんだよ?」

「アンタが部屋を汚してないようで何よりってことよ」


 ムフフといった含み笑いを口に浮かべたシャーリーが言ってくる。

 しかしその笑みには気付かず、言葉の意味だけを素直に受け取ったジュンは、えっへんと胸を張った。


「別に褒めてはないんだけど」


 すかさずシャーリーは釘を打った。

 ジュンはガクッと前のめりになるが、ドアの取っ手を持っていたので、倒れる事はなかった。


「ちぇっ、褒めてないのかよ」

「当たり前のことをアンタはしただけでしょ。これが普通なのよ」


 シャーリーが腰に手を当てて、偉そうに言ってきたので、「お前も人の事いえないだろ」と言い返そうとしたところ、フィーナがちょんちょんと遠慮がちに裾を引っ張ってきた。


「ジュンの部屋ってそんなに汚いの?」


 少し心配そうに尋ねるフィーナに、大見得を切ってやろうとジュンは意気込んだ。

 だが――


「汚いってもんじゃないって!」


 勝手に興奮した様子のピンクポニーが、これまた勝手に話し出してしまう。


「おい――」


 慌ててそれを遮ろうとジュンは声を掛けたが――


「ジュンは黙ってて!」


 とポニーに激しく言われ、ジュンは「はい」と答えながらおずおずと後ろに下がる。

 もうこの場に居ないほうがいいような気がしてきたので、ケンジがホログラフォンを(いじ)くっているソファのところに戻った。


「あのね――」


 それから10分ぐらい、ジュン部屋の、シャーリーによる、フィーナのための『いかに汚いか話』が展開されたのだった。

 時折、プリンセスの「えぇー!」とか「はぁー」とか、とにかく色々と残念そうな声が聞こえてきたので、思わず耳を(ふさ)いだジュン。しかしこの部屋はとても音を反響するため、耳を塞いでなお、十分に声が鼓膜を刺激してきた。

 研究室は綺麗なのだ……と内心で言い訳をするが、声に出す勇気もなく、すぐにでも元の世界に帰って、速攻で自分の部屋を掃除したくなったジュンであった。


 


 その後、予定通りレストランで夕食をとったジュンたちは、寮への帰り道で、フィーナにどこかでアルバイトできる場所はないかと尋ねた。

 

 するとシャーリーは、フィーナが働く喫茶店『フローリアン』のウェイトレスになることになり――本人もやる気だったので、ジュンたち男組はささやかなエールを送った。

 そしてケンジは機工魔導師(エンチャンター)だから学園が恩給をくれるらしく、さらに必要なら何かを創って売ったらどうだという話になった。

 最後にジュンとレオンは、ちょうど今年の卒業生が抜けた図書館司書をやってみることになった。

 図書館の司書免許などはなくてもいいらしく、学生を募ってやるらしい。しかし学生利用者が多いわりに、あまり司書になりたがる学生がいないため、すぐになれるだろうという話だ。給料もいいのということで、おかしな話だとジュンは思った。

 (いだ)いた疑問を訊いてみたところ、「その理由は実際なった時に、先輩司書に教えてもらったほうがいいかな」と、何故かフィーナがイタズラっぽく言っていた。そのことが気になったが、ジュンたちにとってこの話は元の世界に戻る方法を探すのにとても効果的で、かつお金ももらえるという、まさに至れり尽くせりのアルバイトだったので、二言返事で了承した。





休みの日は、平日に比べ時間の流れが非常に速いです。

相対性理論∩( ・ω・)∩ ばんじゃーい。

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