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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第2章 『学園編』
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第7話 『魔装(エイン・シェル)&魔法杖(エイン・ロッド)』

 バチバチバチ――電撃が(ほとばし)るような音が建物の中から聞こえてくる。

 機工魔導師(エンチャンター)が作業に従事する工房の目の前に、ジュンたちは立っていた。

 学園の施設として造られた工房は、学園とは個別に存在している建築物の1つである。

 広くシンプルな見た目の工房の中からは、生徒たちの活発な声が響いている。


「もうちょっと、形状を長くしてくれないか?」

「あと少し、彫刻を派手にして欲しいの」


 様々な注文が飛び交い、それを受けたエンチャンターたちが自身のオリジナリティーと、客の注文に即したエイン・シェルやエイン・ロッドを創っている。

 特にエイン・ロッドの彫刻には魔力の調節も兼ねているらしく、重要な要素の1つであるため、かなりの数の注文が聞こえてきた。


「宝石周りの細工をもう少し何とかならない?」 


 エイン・ロッドやエイン・シェルに埋め込まれている宝石は、それぞれの魔法使(メシュティー)魔装士(アトラー)の属性に合わせて自動で構築される。

 つまり、本人の意思で決定する事ができない。しかし大抵の場合、属性に最も適した宝石が選ばれていた。

 そしてこの宝石こそが、力を発動させるのに欠かせないもので、人間で言うのなら心臓や脳に値する。だからこそ宝石近くの事象にも、調節は必須だ。


「すっごいなぁ~ここ」


 やっとこさ起きたケンジが感嘆の声をあげた。

 なんとも都合のいい脳をケンジは持っているな、とジュンたちは思った。何たってここに至るまでの道程を全て他人の(ジュンとレオン)で乗り切ってきたケンジが、ここに着いた途端に、パッと目覚めたのである。

 思わずにはいられないだろう。

 でもまあ、暴走状態になっていないだけマシだと言える。


「そうね。ここはいつも熱気に満ちているから」


 周りを見渡しながらフィーナが相槌を打った。

 気温としては熱くないはずだが、人の熱気のせいで工房の中は妙に暑かった。


「いつも、こんな感じなのか」


 通常でこれなら凄い盛況振りである。

 それだけエンチャンターもアトラーもメシュティーも、皆が自身の技術や相棒の手入れに余念がないということだろう。


「うん。でもそれは当然のことなのよ。だってここでやっているのは、自身の分身といってもいいほどのエイン・ロッドやエイン・シェルの調節なんだから」


 エイン・シェルとエイン・ロッドはこの世界に住む人々にとって――いや、アトラーやメシュティーにとって掛け替えの無いものである。


「ところで今はどこへ向かっているんだっけ?」


 フィーナの横に歩いているシャーリーが訊いた。


「私の友達でもあるリリアリアっていうエンチャンターのところよ。シャーリーのエイン・ロッドの調整をしてもらうために。ね」


 軽くシャーリーへウィンクしながらフィーナが言う。

 この工房には、学園の全てのエンチャンター個人にある一定の領域がいくつも存在し、その中でエンチャンターたちは作業をするのである。

 ケンジにも割り当てられるはずになっているが、今はまだ空きがないので、もう少し待って欲しいとサクラリスから言われていた。

 やがて先頭を行くフィーナの足が止まった。

前を見ると一軒の店屋風な建物がジュンの目に入ってくる。


「ここよ。ちょっと待ってね……リリアリア、中に入ってもいーい?」


 建物のドアを叩きながら、フィーナがリリアリアを呼びかけた。

 数秒の後に返事が返ってきた。


「いいよ、入って来て」


 冷静で、どこか無機質さを感じさせる声だ。


「さ、みんな中に入ってもいいって」


 フィーナはドアを開けながら、ジュンたちを入るように手で促した。


「うわぁ、きたなっ!」


 シャーリーが思わず言ってしまっている。

 それほど室内は悲惨な状況だった。辺りに散乱する無数の工具に、食べ物の残りカス。

 本当にここは人がいてもいい空間なのだろうかと、ジュンも疑ってしまったほどだ。


「もうっ! またこんなに散らかして……リリアリア!」


 文句を言いながらも、せっせとゴミ拾いに(いそ)しむフィーナ。

 本当に家庭的なプリンセスだなとジュンは思う。もちろん、いい意味でだ。


「……私じゃない」


 無機質な声でリリアリアが否定を口にする。


(いやでも、この空間には明らかにあの子しかいないんだけど……)


 ジュンは辺りの気配を探ってみたが、リリアリアの他には影も形も感じられないし、見えない。


「あなたじゃないなら、いったい誰なのかしら?」


 半眼になってジトーとリリアリアを見つめるフィーナである。腰に手を当てて、完全にお説教モードだ。


「……食っちゃ寝してる妖精さん、もしくは悪戯好きな小悪魔さん」


 フィーナのお説教を、しれっとした顔つきで受け取るリリアリア。

 彼女はかなりの変わり者であるとジュンは直感した。


「もういいわ。片付けておくからね……」


 フィーナが諦めの色を濃くした声音で言ってから、ゴミ拾いの作業に戻った。

 ジュンたちとしても直立したままというのも、なんとも居心地が悪いので、フィーナを手伝う事にする。

 そんな中、ケンジだけがゴミ拾いに参加しなかった。

 彼はリリアリアの作業をじっと(まばた)きすらせずに見つめている。


「なに、あなた?」


 ケンジの熱い視線に気が付いたリリアリアが問うた。


「僕はケンジ」


 端的な言葉だけを零し、そのままじっと見つめるケンジ。


「そう。私はリリアリア」


 こちらも実に短い自己紹介をしている。


「長いから、リリアでもいい?」

「好きにして」


 ケンジとリリアの二人は何やらすでに少し打ち解けていた。

 変わり者同士気が合うのかなと、ゴミを拾いながらジュンは思う。


「類は友を呼ぶ……ね」


 近くにいるシャーリーが、食べカスを「うへぇー」と呟きながら拾っていた。そして「ジュンの部屋よりひどい……」と呟く。


「本当に、だな」


 呟きの方は無視して、ジュンはシャーリーの前の言葉にのみ相槌を打った。

 ケンジは本来、人に率先して関わっていこうとするタイプではない。しかし今回は明らかに彼からリリアリア――リリアに興味を持ち、自己紹介までしてしまった。

 

 同属の匂いでもしたのだろうか。

 


 そして数十分の格闘の末、最後のゴミまで完膚なきまでに叩きのめしたジュンたちは、何やら真剣に語り合っているケンジとリリアのところへ近づいていった。


「いい、ケンジ。これはこうしてこうするイメージでやるのよ」

「うん。分かったよ、リリア」


 どうやらケンジが、工具の使い方をリリアから学んでいるようだ。


「リリア……」


 愕然(がくぜん)としたように呟くフィーナ。

 愛称をあの短時間で呼んでいるケンジにひどく驚いたのだ。

 ――自分は愛称なんて呼んだ事ないのに……とフィーナは思った。


「ね、ねぇリリアリア?」


 妙に緊張した面持ちのフィーナが、ジュンの瞳に映し出される。


「なに?」

「私もリリアって呼んでもいい?」


 フィーナはそれを訊くのにそんなに緊張していたのか、と思う。


「いいけど……どしたのいきなり。フィーナ?」


 作業の手を止め、リリアがフィーナの方を向いてきた。


「ううん、なんでもない。ただそう呼びたくなっただけ」


 両の手を胸の前で何度も交差させるように振るフィーナの姿は、なんか小動物を連想させて可愛らしいと感じる。


「ふーん。変なフィーナ」


 リリアの言葉に、ハッとしたような顔になるフィーナ。

 おそらくフィーナは……あなただけには言われたくない! と思っているに違いないとジュンは予想する。


「できた! これでいいかな?」


 突然、ケンジの歓声が響き渡った。

 喜色満面の彼の顔は見ていて気持ちのよいものだ。


「すごい! もうこんなにできるなんて……」


 ケンジが手に持っているモノを見てリリアも歓声をあげている。興味があることには、リリアは熱い。

 取り敢えず何があるのかと思い、ジュンは覗き込んでみた。


「それは……エイン・シェル?」


 ケンジの手に握られているのは、水色の物体。

 その淡い水色のような小さな物体は、間違いなくジュンが昨日ケンジに預けたエイン・シェルであった。


「そうだよ、ジュン。やっと調整が終わったんだ!」


 興奮した声をあげるケンジは、とても嬉しそうに笑っている。


「え!? そんな……だってケンジ。昨日学園長から専門書とかエンチャンターの工具もらったばかりなのに……」


 余程驚いたのか、フィーナは口を半開きにしていた。


「昨日書の内容を覚えてから、ほとんど徹夜で試行錯誤しながら、ジュンとレオンのエイン・シェルで実践してみたんだよ」


 そう言ってケンジは、ジュンに彼のエイン・シェルを手渡す。


「ケンジはやはり才能があるわ……」


 うっとりしながらリリアが囁いている。

 彼女はケンジのエンチャンターとしての才覚に惚れ惚れしているようだ。


「すげぇな、ケンジ! サンキュー!」


 自分のエイン・シェルを手にできて嬉しいジュンは、そのままの感情を言葉に乗せた。

 新しい事が大好きなジュンにとって、今これほど嬉しいことはない。昨夜ケンジが徹夜した事は大目に見ようと思う。


「はい、こっちはレオンの」 


 今度は黄色のエイン・シェルをレオンへ手渡す。

 復元する前の形状がジュンのモノと少し違う。

 ジュンのエイン・シェルは2つに分解できるような形状になっているが、レオンにはそういった機構はない。その代わりにレオンのモノは細く濃密そうな塊であった。


「ありがとう、ケンジ」


 やはりジュン同様に少し興奮気味のレオンがケンジにお礼を言った。


「うん。じゃあ、二人とも復元してみてよ」


 「ちゃんとできているか、確認したい」と続けながらケンジが提案する。

 それに「もちろん」と答えたジュンはエイン・シェルを2つに分け、レオンと声を揃えて言い放った。


「「リクリエイション(再創造)!」」


 発動の文字コードをエイン・シェルが認識し、各々の反応を見せる。ジュンのエイン・シェルは淡い光を、レオンのエイン・シェルは電気を放出している。

 そしてすぐさまジュンの両手には二振りの剣がしっかりと握られ、レオンの手には長剣が握られていた。


「すっげぇ~」

「ああ。すごいな、コレは」


 ジュンとレオンが、感極まって掠れたような声を洩らす。

 双剣の柄には、それぞれ違う彫刻が施されている。

 右の剣には羽ばたかせた翼が。

 左の剣には羽をたたんだ翼が。

 そしてまた右の剣に施された翼の中心と、左の剣の包み込むかのような翼の卵の中には、光り輝く純白の『ダイヤモンド』が埋め込まれている。

 翼の中央や翼の卵の中ということだが、完全にダイヤモンドは宙に浮いている状態だ。

それから刀身は完全な純白で、その下の柄に近い部分には鳥のようなレリーフが細かく刻まれていた。

 微弱な光を帯びた見事な双剣である。

 しかし、これ以上に驚くべき事がある。

 それは――


「なんだ……コレ。ちょうどいい重さだ。しかも柄も俺の手にピッタリフィットしてる」


 双剣の全てが、ジュンの両手に完全に合っていたことだ。

 まるでジュンの為だけに存在しているかのような双剣。


「ジュンが持ち易い大きさと重さは、僕が完璧に把握しているからね」


 どこか得意げに言うケンジ。

 その表情はとても嬉しそうで、どこか誇らしげだ。


「ああ、ああ」


 ジュンには、ただ頷く事しかできなかった。


「俺もだ……」


 レオンも感動したように呟きを落としている。

 彼が握っている長剣はまさしく金色であった。

 金色の刀身。そして獅子の彫刻が柄には成され、その獅子がこれまた金色の宝玉を(くわ)えている。

 宝石の黄色い輝きから、それは『トパーズ』だと思われた。


「もちろん。レオンのことも全部知ってるから。硬度も今の僕の限界までやってみたけど、もっと色々勉強してその都度調整していくから」


 ケンジは我が事のように楽しそうに、ジュンとレオンが感動している様子をただ見つめている。


「ああそれと、レオン。もう一度、今度は長剣じゃなくて、大剣を思い浮かべながら復元してみて」


 おかしなことをケンジがレオンにお願いした。


「なぜ、俺がさっき長剣を想像しながら復元したのか分かるんだ?」


 疑問に思ったことをそのまま尋ねるレオンに、ケンジは急かすように言った。


「いいから、いいから」

「ん。まぁ、いいが――リクリエイション」


 レオンが唱えると、長剣が光を放ちだす。

 そして全体の像が膨れてゆき、大剣の姿になった。

 柄には長剣と同様の獅子の文様が描かれているが、そこに宝玉はない。

 宝玉は刀身の中央辺りに存在した。黄金色に輝くそれは、電気の石と呼ばれる『トルマリン』で間違いないだろう。


「レオンは大剣と長剣の両方を使う時が多かったでしょ……だから」


 おそらくF・Sファイト・シミュレーターのことを言っているのだろうと思われる。

 ケンジの気遣いが、自分の想像していたモノと寸分を(たが)わない事が、レオンにはすごく嬉しく感じられた。


「わぁ、綺麗……」

「本当に……」


 フィーナとシャーリーも双剣と大剣の輝きに魅せられたかのように、瞳を潤ませながら感嘆の言葉を紡いだ。

 その近くでは、無言のリリアがものすごい勢いでメモを取っている。彼女の手が霞んで見えるほどのスピードだ。

 どうやら、ケンジの作品の概要を書き出しているようである。こちらも本当に熱心であった。


「よかったぁ。これで授業に間に合うね」


 フィーナもこの明るい雰囲気にすっかり浸り、晴れやかな微笑を浮かばせながらジュンに言った。


「ああ! しかも、マジでカッコいい魔装だし」


 ジュンの手に馴染む魔装(エイン・シェル)の感触は、まさしくケンジがジュンやレオンの為に、あれこれ創っていた武器の数々を想起させるものだった。

 そっとジュンがケンジに視線を向ける。

 そこには鼻を手の甲で擦りながら照れくさそうにしているケンジと、興奮しながら意見を述べているリリアの姿があった。

 かの光景を見たジュンには、彼と彼女は相性がとても良いように思えた。



 バリバリ――リリアがシャーリーのエイン・ロッドを調整し、彫刻を施している音が鳴り響く。

 彼女が使っている工具は主に2つ、エンチャンター用の特別なピックとトンカチのようなものだ。

 その2つを巧みに使い分けながら、エイン・ロッドに彫刻を施してゆく――といっても復元状態のエイン・ロッドに刻んでいるわけではなく、小さい復元前のモノに刻んでいる。

 巧みな指使いである。


「よし、彫刻はこんなものね……」

「リリアさん。後、重さとかも調節できますか?」

「リリアでいい。私もシャーリーと呼ばせてもらうから」

「あ、うん。リリア」


 愛想がまるで感じられない声音に対し、リリアの言っている内容はとてもフレンドリーだ。

 とても損な性格の人だな、とシャーリーは思った。

 リリアはたしかに少し変わっていて――いや、ケンジと似てけっこうな変人だけど、悪い人ではない。

 でも、この無愛想で無機質な声音が、相手に不快な印象を与えてしまうことが多いのだろう。

 あらかじめフィーナからリリアは少し変だと聞いていたシャーリーには、それほど気にならなかったが、初めての人々はそうではないだろう事が容易に想像できる。

 固定観念を持たず付き合ってみれば、とてもいい人だ。


「よかったぁ~」


 フィーナが小さく安堵の声を洩らす。

 すぐ隣にいたジュンはそんな彼女の小さな呟きが聞こえてしまった。


「何が?」

「あ、ううん。なんでも、ないよっ」


 自然と自分の声が弾んでいるのが、手に取るようにフィーナには分かってしまう。

 だって、あのリリアが自分以外の女の子と話していることを見るのは、本当に久しぶりだ。男の子は、リリアが可愛いから、時々話しかけていたのを見たことがある。いつも素っ気無かったが。

 

 フィーナが独りでいる時に、彼女も同様に独りでいた。だから、というわけではないが、フィーナは思い切ってリリアに話かけてみたのだ。

 すると、最初は何で無愛想なんだろう。怒っているのかなとも思ったが、リリアはそういう感情で言っているのではなく、単にあまり興味がないだけだと話し途中で気が付いた。

 だからリリアが好みそうな話をしてみたところ、食いつきが異様だった。まるで機関銃のように次々と弾丸(ことば)が飛んできて、正直フィーナは驚いた。

 それから段々と親しくなるにつれて、ちょくちょくリリアの方からも色々な話をしてくれようになり、フィーナにはそれがとても嬉しかった。

 初めは相手が姫様だということで、それなりの節度もリリアから感じられたが、今ではかなり薄くなっていると思う。


(ゴミを片付けるのは、初めの頃から私の仕事だったけれどね……)


 しかし自分は掃除が嫌いなわけではないし、将来お嫁さんになる身としては今のうちに色々と修行を積んでおくのも後々の為だと感じていたので、全く苦にはならなかった。

 それでも、親友としてはもう少ししっかりして欲しいところではあるが……。

 そんな彼女だから、ジュンたちにも紹介してもいいか、少しだけ迷った。

 でもきっと、彼らならリリアのことを――彼女の本質を見抜いてくれると信じたから、紹介する事に決めたのだ。

 そしてこの信頼は功を奏し、フィーナは『リリアリア』を愛称で『リリア』と呼べるようになった。それが、ケンジによるものだとは思わなかったが……。


「よし。後はこの中枢宝石に、魔力のキャパを最大限に発揮できるようにして……」


 リリアが熱心にエンチャンターの杖で、シャーリーのエイン・ロッドの魔力設定を施しているのが見える。

 そしてその隣には、完成を今か、今かと待っているシャーリーがいた。

 フィーナは頑張って、と心の中でリリアの応援をする。

 15分ほど経った時、ジュワッーっと何かが急激に冷まされたような音が聞こえてきた。

 どうやら無事に完成したようだ。


「はい。どうぞ」


 シャーリーの縮小された赤いエイン・ロッドを、リリアは手渡した。

 リリアは自分でもベストを尽くせたと思う。先ほどのケンジの彫刻や、イメージを採用させてもらった部分も多数ある。

 良い所は素直に吸収し、悪い所はきっぱりと認め修正する。

 これが機工魔導師(エンチャンター)として、有るべき姿だとリリアは思う。


「わぁ! ありがとう、リリア!」


 自分に向けられるシャーリーの笑顔が妙にくすぐったい。

 物好きなプリンセスのフィーナが、こんな自分を相手にしてくれた時も、本当はとても照れくさくて、そして嬉しかった。

 だけどそれを上手く伝える事が、自分にはできないことをリリアは知っていた。

 好きな事や興味あることだと、色々と滑らかに話せるのだけど……普通の会話が上手くいかないのだ。

 だからせめて、この思いの丈の全てをエイン・ロッドに込める事にしている。


(といっても、私が手がけたのはフィーナとシャーリーのだけなんだけどね……)


 それでも良いと思う。

 あまり要領もよくないし、ぶっきらぼうで、愛想がない自分には2人ぐらいがちょうどいいのだ。

 こうやって日々工房に()もっていても、他の生徒は尋ねてなどきやしないし、それを待っているためにエンチャンターを極めているのでもない。

 ただ、至高のエイン・ロッドをフィーナに使ってもらいたかったから。それだけだ。

 もっとも、今は記念すべき二人目の客の事もその内に入るのだが。


「うん」


 ほらまたどうしようもなく、無愛想な言葉しかいえない。

 それでもシャーリーは気にしてないようなので、安心した。


「さっそく、復元してもいい?」

「いい」

「じゃあ、いきます! リクリエイション!」


 瞬間、シャーリーが手に持つ赤く薄いエイン・ロッドが灼熱の(ほむら)(まと)う。

 刹那の時を経て、エイン・ロッドが元の姿へ戻った。

 ロッドの上部には、全てを照らす『太陽』を模して彫られた細工がある。そしてその中央には(くぼ)みがあり、真紅の『ルビー』が埋め込まれている。

 そしてロッド下部は陽炎のような揺らめく形になっていた。

 さらに重さも、持ち易さも完璧なまでに調整されている。


「すっごく、いいよ。コレ!」


 シャーリーは思わず飛び上がって嬉しさを表現した衝動に駆られるほど、エイン・ロッドは素晴らしいものだった。

 またこのエイン・ロッドの端々からは、リリアの努力と熱意が感じられるようで、持っていてとても暖かい。


「気に入ってくれたのなら、私も満足よ」


 リリアの声はあいも変わらず無機質さを感じさせるモノだけど、何だかシャーリーには彼女が嬉しがっているように聞こえてならなかった。

 と、そんな時に――


「実に素晴らしい! この光沢、この形状、この技術! 僕にはできない力の放出を感じる。あぁ、なんてことだ! ジュンよ。もっとそのエイン・シェルをいじってもいいだろうか? いやいいに決まっている! さぁ、僕も新天地を目指し――そう聖域(サンクチュアリ)へと至るために、さぁ速くそれを寄越したまえ! さぁ!」


 ケンジが暴走を始めた。


「もう一度、装飾系統も解析して、量子レベルに基づく改良を重ね、より知的で、スマートッなモノに仕上げてやる! 僕に安心して任せてくれたまえ」

「お、落ち着けよ、ケンジ。お前、ここではあまりそれを出さないほうが……」

「かんっけいない! 今は最優先で、この胸の(うず)きを沈めることが必要なのだ! フフフ、浮かんでくる、素晴らしいアイデアの数々が! この脳髄(のうずい)を刺激してやまない甘美な(しる)が流れ込んでくるのだ! もう誰にも止められはしないさ、このパトスを、このイデアを、このたぎるリビドーを(ケンジにとって機械とは、発明品とは女の子と同義)! リリアが放った光とそれによって一瞬で形成された芸術。自分でも驚きながらエイン・シェルを創ったが、もう我慢できん! そもそもあのエイン・シェルやエイン・ロッドの材質はなんなのか! これに限る! あれはダークマターなのか、それともまさか未だ至っていない未知の極地であるエキゾッチク物質なのかぁぁ!! ジュン! 速くそれを僕に! 僕はこの思考実験を完全なモノにしなければ、ならないんだ! さぁ!」


 気味の悪い笑い声を上げながらケンジはその血走った目で、ジュンへと手を差し出してきた。その手は、ジュンが持つ双剣を寄越せ! と雄弁しているかのようだ。

 ジュンが出し渋っていると、あのマッドサイエンティストは「フハハ、ハハハハハー」と、よく息が続くと思ってしまうほど、ワンフレーズが長い笑い声を発しながら近づいてくる。


「……取り敢えず、落ち着け」


 いつの間にか後ろへ回り込んでいたレオンが、ケンジの首に手刀を叩き込んだ。

 それによって一瞬、ケンジは意識を失う。

 ケンジが目を開いた瞬間には、すでに彼の瞳は普段と同じ色となっていた。





「バイバイ、リリア」

「またね、リリア」


 シャーリーとフィーナがリリアに別れの挨拶をしている。


「うん。じゃあね」


 そう言うリリアの顔が少しだけ柔らかいようにフィーナは感じた。

 もうすでに夕焼け空で、夕日がラグーナの境界線に沈みかかっている。

 工房の中にいる生徒の数もかなり減っていて、残りのほとんどは機工魔導師(エンチャンター)だけである。

 リリアも、もう少し残ると言っていた。

 エンチャンターとは総じて盲目的に熱心な人物が多いようだ。

 明後日から工房にケンジの場所ができるそうで、この宗教団体並みに熱心な彼らと同様になっている様が容易に想像できてしまい、フィーナは少し笑えてしまった。


「おい、ケンジ! もう行くぞ!」


 声がしたほうを覗いてみると、工房の中ではジュンがケンジを引っ張って連れてきている。

 ケンジはリリアからもらった本を片手にブツブツ呟きを零しながら、なされるがままだ。考え事をしている時のケンジは、ちっとも周りが見えなくなるのであろう。暴走していないのが、せめてもの救いに違いない。

 

 こうしてリリアの工房(アトリエ)を後にした。





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