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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第2章 『学園編』
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第6話 『恋占い』



「おっそーい! いったいアンタたち何やってたのよ!」

 

 やはり、ジュンの懸念どおり怒りマークを額に浮かべたシャーリーが、テラス入り口のガラス戸の前で待っていた。中からズラッと生徒の列が続いている。

 隣に目を向けると、ケンジを壁にもたれさせ、それを支えているレオンが佇んでいた。彼の目にも明らかに遅いという意思が宿っている。


「わりぃー、ちょっとレックスのヤツに食堂で会ってさ……」

「レックスってあの緑頭の?」


 何だか酷い比喩だが、ジュンとしては自分が与えてしまった呼び名だけに、複雑な思いだった。


「まぁ、そうだけど――」


 レックスと会ったことの詳細について話し終えると、シャーリーは驚いた顔をしていた。そしてレオンも珍しく口をポカンと開けている。


「ほ、本当なの? 30人前って……」


 信じられないという風にシャーリーが尋ねてくる。

 たしかにアノ光景は、自分の目で見ないと――いや、網膜に焼き付けないと、到底信じられないものだろう。


「でも、あのクロノ君は大食いで前から有名なんだよ。たしかに私も初めて見てびっくりしたけど……」


 あまり思い出したくないのだろう、微妙に濁した言い方をするフィーナ。


「大食いにも驚いたが、レックスが貴族だってのも驚きだよな!」


 さきほどフィーナから聞いた話によると、レックスは名門貴族『クロノ』家の嫡子だそうだ。

 それなのにあの食べっぷり、そしてあの性格は……とジュンは色々思うところがあったが、基本的にレックスのことは中々いい奴だと思う。

 全然偉ぶったりしないし、初対面の自分たちに対してもフレンドリーな対応だったから。


「えっ! レックスって貴族だったの!?」


 シャーリーが上ずった声をあげる。

 貴族制度はピースランドには残っていない風習だったが、歴史の授業で習った貴族とイメージが違いすぎたんだろう。

 似合わないと彼女の顔には描いてあった。


「そんなに驚いたら、クロノ君が可哀想……」


 ジュンたちの反応があんまりなので、フィーナがレックスの擁護(ようご)に回った。プリンセスとしては、自分の国の貴族が傷つけられたようで、あまりいい気はしないのだろうか……。

 いや、フィーナはそんなことは思ってないと予想する。

 おそらく、『通常』なら優しいフィーナなので、誰もフォローしてあげないことが哀れに思ったのだろう。


「次の方々、どうぞ中へ……」


 レックスについての議論をしている時、テラスの中から声があがった。

 いつの間にか、順番がジュンたちになっていたのである。


「あ、はーい!」


 シャーリーが嬉々としながら返事をする。

 そしてぞろぞろとジュンたちは中へ入っていった。


「あら、あなた方でしたか」


 テラスに置かれているテーブルの椅子のところには、優雅に腰を下ろしているセレスがいた。

 辺りを見るに、他の学生たちもそれぞれの食事をしていたり、こちらを興味深そうに見ていたりする者たちがいる。


「はい! 占いにはとても興味があったので、来てしまいました」


 元気よくシャーリーが言う。


「それは、それは。シャーリーさんは占いに興味がお有りですか、喜ばしい限りで

す。……さて、何から占いましょうか? 今日は特別に無料でいいですよ」


 最後の言葉はジュンたちの心情を読んだかのように、あえて付け足した印象があった。

 ジュンは本当に不思議な人だと感じる。独特というか、神秘的というか、捉えどころのない人だ。


「ありがとうございます!」


 シャーリーの感謝の言葉に続けて、フィーナやレオンもスッと頭を下げていた。

 考え事をしていたジュンも、急いで感謝の言葉を紡いだ。


「ありがとう、セレス先輩」


 セレス・アトワイトは先輩だが、敬語はなしでいいと言われている。

 あまり敬語が好きでないジュンにとってはありがたい事である。


「いいえ、今日だけ。ですから」


 軽く微笑みながら言ってくるセレス。

 彼女はこの占いを商売として行っている。一回に付き100G(ガンド)という値段だ。

 G(ガンド)とは、アトラティカ王国で使われている通貨の単位で、昔に地球で使われていた円とほぼ同じ価値である。


「はい! 了解です!」


 はやる気持ちを抑えられないシャーリーが、大きな声で叫んだ。


「ふふっ。シャーリーさんはとても元気がいいのですね」


 嫌味な意味ではないことは、セレスの口調や態度から分かる。

 それでも、周りの視線が自分に集中しているのを感じ、シャーリーは何となく気まずさを覚え、顔を赤くした。


「ええ、コイツはそれだけが取り柄ですから」


 シャーリーが何も言わないので、代わってジュンが失礼な事を言った。

 ジュンはシャーリーの為に言った事だが、言われた本人は先ほどまでの羞恥からではなく、怒りで顔を赤くしている。


「アンタに言われたくないわよ! アンタに!」

「まぁまぁ、落ち着いてください」


 落ち着きを払った声でセレスが言う。

 先輩であるし、占いもやりたいしと、シャーリーは不本意ながら押し黙る。


「はい。では、誰から占いますか?」


 セレスがゆっくりとジュンたちを眺めゆく。


「はい! 私からお願いします」


 勢いよく手を上げたのはシャーリーだ。


「分かりました。ではこちらの席へ」


 セレスは自分の対面にある椅子へシャーリーが座るように促す。

 妙に緊張した面持ちでそこへ座るシャーリー。

 彼女は今、何を占ってもらおうかということではなく、よく当たるといわれている占いの結果にとてもソワソワしているのだ。

 

 シャーリーはセレスに恋について占ってもらうつもりだった。


「では、何を占いますか?」


 手をテーブルの上で組み、そのまた上に自身の顎を乗っけているセレスが尋ねる。

 薄く笑みを浮かべたセレスの表情は、シャーリーが何を占って欲しいのかが、すでに分かっているようにも見えた。


「えと、その……こ、恋占いを……お願いします」


 途切れ途切れに言葉を紡ぐシャーリーの瞳に、ふふふっと笑みを深くしたセレスが映った。

 セレスの神秘的な顔に、あの笑みは反則だとシャーリーは思った。

 なんだか、何もかもが見透かされているような感覚に陥る。


「分かりました。では」


 そう言ってセレスが袖の中から何かを取り出した。

 シュッと衣擦れの音を伴って出てきたソレは、彼女のエイン・ロッドのようだ。

 セレスのロッドはとても小さいもので、その先端は花びらが開くかのような形で、そこの中央にはアクアマリンが埋め込まれていた。それ以外の彫刻は皆無でとてもシンプルな外見をしている。


「セレス先輩、なにをするんですか?」


 怖がりでもあるシャーリーは、不安げな声を出す。


「ふふっ、大丈夫ですよ。聞かれたくない内容のようですから、少し魔法でここでの話を外部に洩れないようにするんです」


 なるほど、とシャーリーは思った。

 こうやって何人かの客には、魔法を使うためことになるため、セレスはエイン・ロッドを元の形で袖の中に持っていたのだろう。


「あらゆる音を遮断せよ――Deep Mist(ディープ・ミスト)


 昨日のフィーナの話だと、魔法の詠唱とは、『英語』と共通の単語の羅列によって成立するらしい。

 共通の単語というのは、シャーリーたちの国ピースランドと、この世界ユーレスマリアで現在使われている言語のことだ。その言語をピースランドとこのユーレスマリアでは『エスペラント言語』と呼ぶ。

 とまあつまり、古語として扱われる『英語』と、現代語の融合によって魔法は発動するということだ。

 セレスが魔法を発動させると同時に濃い霧が辺りを――というか、シャーリーとセレスのいるテーブルの辺りを包み込み始めた。

 

 周りの騒音、雑音の類が全て消滅した。


「セレス先輩の属性は、何ですか?」

「私の属性は『水』ですよ。このアトラティカでは皆がある程度制限を伴って使えるのですが、私の場合は水の制限がないのです」


 シャーリーの考えを全て読んだ上で、セレスが解答しているような返答だった。

 『水』と聞いたときに、自分が訊きたかったことを先読みされたシャーリーは、少し驚いている。

 『水』はこのアトラティカ王国の民全てが行使できるものだからだ。それなのに、同じ属性なんて……と思ったのである。


「さて、そろそろ占いを始めましょうか」

「あ、はい! お願いします……」

「恋について、でいいのですね?」

「はい。いいです」

「分かりました。ではっ……」


 セレスが力んでいるのが分かった。

 彼女が手に持つエイン・ロッドに埋め込まれているアクアマリンが、青い静かな光を発しだす。

 そして1分ほど経って、セレスがパッと顔をシャーリーへ向けてきた。


「でました。結果を聞く準備はいいですか?」


 微笑を浮かべたセレスがそう尋ねてくる。

 自分が深刻そうな顔をしているのだと、シャーリーは思い至った。

 緊張で顔が少し強張っているのが分かる。自分の心臓も大きな音を立てながら、脈動していた。

 心臓に手を当て、深呼吸をする。


「……はい。いいです」

「分かりました。はっきり言っていいのですね?」

「……はい」

「了解しました。貴女の恋は、私の占いでは、おそらく叶わないと出ています」


 セレスの言葉が耳にこびりついた。

 なんと言ったのか確かに聞こえたが、聞こえないフリを必死にしようとしている自分がいる。

 たかが占いだと思い込みたい自分がいる。

 でも、何となく分かっている自分もいた。


「……そ、そうですか……」

「はい。……ですが、貴女には同時に心強い光が見えました」


 その言葉に、思わず顔を上げてしまった。

 セレスの青い眼が、自分の瞳を捉えている。


「……光、ですか?」

「そうです。光です」


 神秘的な微笑を刻んだ表情でセレスが肯定する。


「分かりました。……ありがとう、ございました。セレス先輩」


 お礼を言ってこの霧の空間から出て行こうとする。

 『光』の意味を心の中で考えながら。


「いいえ、こちらこそ。いい光を見せてもらいました」


 その言葉を背中越しに聴いたシャーリーはセレス先輩を振り返って、深くお辞儀をした。


 この後、今日はここまでだと言ったセレスによって占いタイムは終了した。

 そのため、結局ジュンたちの中で占ってもらえたのはシャーリーだけだった。

 フィーナはとても羨ましがっていて、それをシャーリーがとても凄かったなどと言うものだから、余計にフィーナは悔しがっていた。

 わざとらしくシャーリーが占いを凄いと言った行動は、本当に凄かったのもあるが、彼女が予想する好敵手(ライバル)へのささやかな嫌がらせだったのかもしれない……。





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