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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第2章 『学園編』
20/66

第5話 『ランチタイム』

「にしても、ジュン。アンタの腹話術受けてたわね……後で」


 シャーリーが含み笑いを浮かべながら言ってきた。

 彼女の隣では、同じように口に手を当てて笑いを堪えているフィーナがいる。そんなに笑い出しそうなら、いっそのこと笑ってくれたほうが清々するところだ。


「悪かったな……後で。だけど、そのお陰でケンジが寝てられただろ」

「それはそうだけど……だってねぇ……?」


 ピンクポニーはまだ笑いながら隣のフィーナへ話を飛ばした。


「ふふっ、そうね。……あの後、たくさんの人が腹話術教えてくれって大変だったしね」


 フィーナのちょっと意地悪な言い様にジュンはツンと横を向いたが、それがまた可笑(おか)しいらしくシャーリーとフィーナはクスクスと笑っていた。

 確かに自己紹介の後、キーファンスはどこかへ消えたが、他の生徒たちがジュンのところへ押し寄せてきて、腹話術の伝授を請うてきたのだ。

 それを丁寧に断って、今に至るが、すでに大分昼ご飯の為の時間をロスしてしまっていた。

 それでも、空腹は我慢ならないので、ジュンたちは食堂へ向かっているところだ。

 昼時の食堂は込むので、早めに行かねばならないとフィーナが言っていたが、プリンセスが働いている『カッフェ・フローリアン』なら特別に入れてくれるらしい。

 だからそこへ行くつもりだ。


「そういや、フィーナ。今日はバイトないのか?」

「うん、ないよ。今日は午前中の授業しかないから、午後の喫茶店営業はしないの」


 フィーナが働いているのは、通常の放課後にカッフェ・フローリアンで開かれる喫茶店である。

 その店の店主で、髭面(ひげづら)のオスカー・ポライトの顔が目に浮かんだ。

 昨日食べたピアッツァもとても美味かったから、彼の料理ならとても期待ができる。


「そっか。じゃあ、食べたら、いよいよ工房へ行くのか?」


 工房とは機工魔導師(エンチャンター)たちが、魔装(エイン・シェル)(エイン・ロッド)を製造している場所の事である。

 そこでフィーナの知り合いだというエンチャンターに、シャーリーのエイン・ロッドを整備してもらう予定だ。

 ジュンやレオンのエイン・シェルも頼むことができるが、彼らはケンジが創るのを待とうかと思っている。

 だから、昨日学園長(サクラリス)からもらった片手剣への復元が可能なエイン・シェルをケンジに預けてあった。

 仮にどうしても授業とかの関係上、間に合いそうもないならば、ケンジが直接自分たちに言っていてくれると信じている。


「そうねぇ~。昼食後にすぐだとリリアリアも忙しいかもしれないから、少し時間を空けたいのだけれど……どこか行ってみたい場所とかある?」

「じゃあさ、じゃあさ。今朝会ったセレス先輩のところへ行ってみない?」

「あっ、それいいかも。セレス先輩ならちょうど食堂の近くのテラスでやっているはずだから、ちょうどいいわね」


 シャーリーもフィーナも占いにとても関心があるようだ。特にフィーナは前から行ってみたかったらしいから、余計だろうと思われる。

 にしても、どうしてこう女の子って占いとかが好きなのであろうか……。


「なら、俺とレオンは、まだ寝てるケンジと待ってるよ」


 そうケンジはまだ寝ていた。

 今はジュンとレオンが交代で彼を押してやっている。ケンジはなかなかバランスが優秀で、押すとちゃんと前へ足を出し、しっかり歩いているのだ。


「え~、ジュンたちも一緒に行こうよ!」

「そうよ。アンタたちも来なさいよ!」


 妙に来て欲しそうに言う女子二人である。

 ジュンはレオンと顔を見合わせ、付き合うしかないかと視線を交わせた。


「わかったよ。行ってやるから、そう大声出すなって。耳に響く」


 今ジュンたちが歩いている廊下は、材質が硬質な金属であるのでとにかく声が響くのだ。

 そのため、あんなに至近距離で大声を出されたら、ジュンとしてはたまったものではない。

 しかも女子の声はやたらと高いのだ……。耳にキンキンと響く。

 

 そうこうしていると、ようやく食堂の入り口が見えてきた。

 入りきらなかった生徒たちが列をなしている。


(ほんとうに、こんなに込むんだな……)


 背伸びをして食堂の中を覗いてみたところ、それなりの席数が用意されており、ざっと 目算しても1000近くあるように見える。


「本当にこんなに込むんだねぇ~」


 シャーリーもジャンプをしながら言っている。


「ええ。だから私は、ほとんど昼食は自分で作って持ってきているのよ」


 そういえば、フィーナは料理が得意だって言っていたか。

 マイスターであるオスカーに教えられたという技量は、きっと凄いのだろうと予想される。


「フィーナはプリンセスなのに凄いよな」

「ムゥ……」


 ジュンとしては単純にフィーナを褒めただけのつもりだったが、シャーリーにとっては違うようだ。

 頬を膨らませ、ジュンのことを睨みつけている。


「よかったら、ジュンたちの分も作ってこようか?」


 その提案は、一文無しのジュンたちにとって、とても嬉しいものだ。

 しかし、フィーナに押し付けてしまうのも大変だろうと思う。


「でも、悪いよ。フィーナも学生寮に入ってるんだろ……なら朝とか忙しいんじゃないのか?」


 そう、フィーナはプリンセスだが平日は学生寮に寝泊りをしている。

 普通の学生がそうしているのだから、自分もそうするということらしい。いかにも、プリンセスとしての特別扱いを嫌っているフィーナらしい。


「う~ん、そうでもないよ。仕込みは夜の内に済ませておくから、朝はほとんど詰めるだけだから。大丈夫だから。ね?」


 人差し指を顎の下にチョンと当てフィーナが言う。その態度を見るに、本当に朝はそれほど忙しくはならないようだ。


「でも、人数が人数だし……」

「なら、シャーリーが手伝ってくれればいいんじゃない?」


 そう言ってフィーナはシャーリーの方へ向きを変える。

 シャーリーはとても料理に興味があるようだし、上達もしたいと言っていた。それならば、毎日の訓練は一番の近道だろうとフィーナは思う。

 それに自分も、友達と一緒にやれたほうが楽しくできそうだ。


「え? 私?」


 しかしシャーリーは驚いているようだった。

 『あれ』と首を(かし)げるフィーナ。

 シャーリーは、あまりやりたくはないのだろうか……。


「シャーリーはやりたくない?」

「い、いや、えっと、その……」


 困ったように難しい顔をしているシャーリー。

 彼女としては素直に言ってもいいのかどうか、考えあぐねているわけだ。

 つまり、シャーリーは危惧しているのである――自分が手伝う事によって、より効率が悪くなり、結果としてフィーナに迷惑をかけるのではないかと……。

 ジュンはそんなシャーリーの考えが、手に取るように分かってしまう。

 しかし、一度彼女の事を料理方面でも応援すると決めていた。ならば、自分は彼女を応援し尽くすべきだと思う。

 簡単に自分の意志を変えてはならないのである。

 だから――言ってやった。


「やってみろよ、シャーリー。フィーナがせっかくああ言ってくれてるんだから……それより早く食堂の中へ行こうぜ!」


 言うついでにシャーリーの肩を叩いてやる。そのままジュンは食堂の中へ突き進んでいった。

 基本的に怖がりでもある彼女には、後一押しが必要なときが多いのだ。

 理由の部分は違うが、後一押しが必要なところとか、つくづくレオンと似ていると思う。


「そうだよ、一緒にやろうよ。ね?」


 フィーナも積極的に参加を求めている。

 これならシャーリーも頷くしかないだろう。


「うん、ありがと。色々教えてね……私本当に料理苦手だから……」

「まっかせなさい!」


 シャーリーがモジモジやっているので、フィーナは自分の胸をドンと叩いて、大船に乗ったつもりでいなさいという意思を伝えてやった。

 そんな二人の姿を、ケンジを押しているレオンが優しげな瞳で見つめていた。


「おーい、みんな。早く行くぞ」


 すでにジュンは食堂の中へ体を押し入れており、グイグイと前へ進んでいる。

 どうやってあんなところまで入り込めたかは分からないが、何故かジュンらしいと思ってしまう三人だった。

 

 この後フィーナが中へ入ろうと、列に並ぶと、人垣が割れ、すんなりと中へレオンたちを含む全員が入れてしまう。

 フィーナとしては待つつもりだっただけに、そんな生徒たちの反応に少しだけの悲しみが胸をよぎった。

 ――自分はやはり、皆とは違うのだと言われているような気がして……。





 食堂の中の人気ナンバー1だけあって、『カッフェ・フローリアン』はとても混雑していた。席は超満員である。

 そんな中、すんなりと食にありつけるグループがいた。

 ジュンたちである。

 彼らがフローリアンに着いた時、オスカーがちょうど声を掛けてきたのだ。どうやら、フィーナと事前に連絡を取っていたらしい。

 そしてオスカーに厨房の中で食べていいと言われたのである。


「どうだ、ジュン。うめぇだろ!」


 濃い(ひげ)がトレードマークのオスカーは、ジュンの肩をバシバシと叩いている。

 オスカーはジュンのことを気に入っているからの行動であったが、ジュンとしては食べている最中に衝撃を加えられるのはキツイ。


「ゴホゴホッ! ちょ、チョイ待ってくださいよ。オスカーさん。食べてる最中ですから……」

「おう、わりぃ。おめぇは中々の食べっぷりだから……つい、な」


 つい、でやられても困るジュンである。

 しかしオスカーのことは彼も好きなので、笑って済ませる。今日も昼タダでいいって言ってくれたし……。

 素晴らしくダンディな人だと、ジュンは崇拝の気持ちを覚えた。


「もちろん、みなもじゃんじゃん食べてくれ……なんたってフィーナ様軍団なんだからよ」

「……フィーナ様軍団?」


 オスカーの口から不思議な単語が聞こえてきたので、思わず尋ねてしまう。

 不穏な感じを察したフィーナも、食べていたスパゲッティを勢いよく(すす)っている。下品に音を立てても、気付いていないようだ。


「なんだ、知らねぇのか? 学生の中じゃ、今日留学してきた連中――つまりは、ジュンたちのことだな。そいつ等とフィーナ様が一緒に仲良くいるってんで、フィーナ様率いるグループって感じらしいが……」

「なんですか、それは……。もうそんなに広まっているの?」


 フィーナが困惑気味に言った。

 今日は半日しかない日程なのだから、ジュンたちと一緒にいるところを見た生徒は少ないはずである。

 それなのに、この広まりようは……。


「みんな、御免ね……。私といたせいで、変に目立っちゃって……」


 プリンセスである自分が誰かとつるむ様にしていたことは、あまりというか、ほとんどない。

 そこへいきなり、親しげにジュンたちとフィーナが現れたものだから、珍しさもあいまって、急速な流布を発生させたのだろう。


「いやいや、フィーナのせいじゃないって……」


 慌ててジュンはフォローを入れた。


「そうだよ。ジュンのヤツが変な自己紹介するからこうなったに決まってるって!」


 シャーリーが自分のせいにしてきたが、この際は甘んじて受けようとジュンは思う。


「ああ、ジュンが悪いだろ」


 いつも冷静なレオンにまで言われた。けど気にしない!


「そうです。すいません。俺が全部悪いんです……」

「そんな! ジュンのせいじゃないよ……だってフィーナ軍団だよ? 明らかにわた――」

「なら、フィーナのせいかもしれん!」


 ――俺は、往生際の悪く悲しげな顔のプリンセスが尚も言い募ろうとしてきたので、それを遮ってやった。

 こんな彼女は見たくない。


「うん……そうだよきっと……だから、ごめ――」


 もういっちょ、遮ってやる。

 いつだって俺は独善的なんだ。見たくないものは、見たくない。


「だったら! 俺たちがめっちゃ仲良しだって、周りの奴らに見せ付けちゃえばいい! だろ?」


 俺はニッと唇の端を吊り上げ、余裕に満ちた不敵な笑みを浮かべてやる。

 そしてあの――ピアッツァの時に言われた恥ずかしさ全開の台詞をそのまま返してやった。

 めっちゃ恥ずかしい。こんな皆の前で言ってるんだから、しょうがないだろ。

 気恥ずかしさを隠す意味も込めて、フィーナの顔をじっくり鑑賞する。

 フィーナが目をまんまるに見開いているのが、俺の視界に映りこむ。

 笑え! と視線でも語る。


 

 私ははジュンの言葉を受けて、ハッとなる。

 それから、ジュンの顔を見ていると、不思議と心が温かくなるのを感じた。

 ドキドキと心臓が鼓動を早くしてゆき、もう止められそうもない勢いである。ここに神経を使うのは無駄だ。

 だから神経を別の場所に使い、自分が満面の笑みに自然となってゆくのが、簡単に分かった。


「うん、うん。そうだね、ジュン。ありがと。みんなも……」


 私がそう言って俯いていると、何やら熱いものが自分の頬を伝って、床へ吸い込まれていった。それはまぶたという池に収まりきらなかっただけの、とても少量の気持ち(みず)だ。

 ジュンの顔はとても余裕そうで、私は彼のこの表情を忘れないと思った。

 それからジュンとは、ずっと前から知り合いだったような不思議な気持ちになった。

 これはデジャブだろうか……分からない。

 分かるのは、私の抱いた気持ちは、とても暖かで優しいものだということ。それだけ。

 

「そんな、フィーナ。おおげさだよ。私たち、友達でしょ?」

「そうだ、俺たちはフィーナにとても助けられた。もう仲間だ」


 シャーリーとレオンの優しい声も聞こえてくる。

 彼らは皆とてもいい人たちだ。 

 そんな人々だから、私は本当に彼らといてもいいのだろうか、迷惑じゃないだろうかと思った。


「うん、うん……」


 でも――私はただ頷く事しかできなかった。


「てめぇらは、ほんっとにいい奴らだな! ほら、これも食えや! オレっちの奢りだ!」 


 声に反応してジュンが目を向けると、オスカーがもらい泣きをしているようで、太い腕で顔をゴシゴシやっていた。

 そして何やら、大皿に乗ったポテトの山を出してきた。

 みんなで食べろ――という事だろう。


「サンキュー、おっちゃん!」


 そんな大男で髭面(ひげづら)のくせに意外と涙もろいオスカーに、ジュンは感謝の言葉を言った。


 この後、ジュンたちはケンジの存在を完全に忘れているかのように、楽しげに会話をしながら文字通り楽しいランチタイムを過ごしたのだった。




「ふぅ~、食った食ったぁ~」


 ジュンは満腹になったお腹をさすっている。

 あまりにも美味しいのでついつい食べ過ぎてしまったのだ。


「ジュン。あんなに食べて大丈夫なの?」


 心配というよりも、不安そうな声音でフィーナが尋ねてきた。


「ああ、大丈夫だよ。全然平気」

「う~ん……それなら、いいのかな……」


 大丈夫と言ったのに、それでも不安そうな顔を崩していない。

 何がそんなに不安なのだろうか。

 ジュンには今のフィーナの思いを読み解く事はできなかった。


「なにかマズイことでもあるのか?」


 このままでも居心地が悪いので、直接に聞いてみる。


「えっ? ううん、なんでもないよ。なんでも……」


 フィーナは正直、かなり不安だった。

 将来的に、ジュンと……色々となった時、彼の体の調子を考えるのは、自分の仕事だろう。

 ならば、今のうちから食生活の乱れは改善しておいたほうがいいのだろうか……。今はよくても、食生活の乱れは後々に必ず悪い影響を及ぼす。

 しかし、ジュン本人が大丈夫と言っている手前、あんまりしつこく言うのもどうかと思うし……という感じにフィーナは考えてきた。

 素晴らしく(たくま)しい妄想力だ。


「ねぇねぇ。早くセレス先輩のとこに行こうよ!」


 そんな中、足早にセレスが占いをやるというテラスへ行っていたシャーリーが後ろを振り向きながら言ってきた。

 占いが好きなシャーリーは衝動を抑えきれないようだ。

 シャーリーは自分のピンクのポニーを振り乱しながら、目的地へ一直線にどんどん進んでいる。

 そしてしっかりと彼女の後ろへ付いている青年――レオンが無表情で歩を進めていた。


「ああ! 分かってるって!」


 そうジュンが大声をもってして返事をしたところ、近くの席に座っていた緑色の少年が声を掛けてきた。


「おお、ジュンじゃないか! それにフィーナ様も! ごぶさたっす」

「こんにちは。クロノ君」

「レックスじゃないか。お前、自己紹介の途中で消えただろ?」


 緑の髪を短く刈り込んだ頭に、碧眼がよく似合っている少年はレックス・クロノという。

 とても元気溢れる少年である。


「わっりぃ~な、メシの時間に間に合わなさそうだったからさ。つい」


 レックスの食卓を見ると、他の生徒は座っていない。しかしその代わりに、周りにはたくさんのギャラリーがいた。

 彼らが見ているのは、レックスの食べている昼食だ。

 レックスはいま、軽く30人前はありそうなカツ丼を食している。

 本当にピースランドと食生活まで似ていると思うが、今はそんなことはどうでもいい。

 今重要なのは、レックスが1人でそのカツ丼を食べ切ろうとしていることだ。

 そして彼の傍らには置時計が1つある。時間を計ってのタイムトライアルのようで、ジュンが店の看板を見ると、30分以内にカツ丼30人前食べ切れたら無料とあった。


「レックス、まさかコレをやってるのか?」


 マジかよという内心を隠しながら、レックスに尋ねた。

 おそらくジュンがいくら空腹だろうと、いくらここのカツ丼が美味かろうと、自分に食べきる事は無理だと瞬時に悟る。


「ああ、もちだぜ! わりぃな、今、けっこう時間やべぇから、また今度いっぱい話そうぜ!」


 口早に言い終え、ガツガツとカツ丼を流し込んでいるレックス。

 フィーナがちょんちょんと、制服を軽く引っ張ってきた。

 食べ物をまるで流体のように流し込む彼を見ていたら、なんだか気持ち悪くなってきたらしく、フィーナはただでさえ白い顔をより青白くしている。


「そうだな、じゃあ、レックス。また今度!」


 急いでフィーナの手を掴んで引きずるように退散する。

 フィーナが我慢できているうちにここを離れたほうが良い。本当に気持ち悪そうだ。

 レックスによる人ごみを抜けると、シャーリーとケンジを連れたレオンの姿はどこにもなかった。

 きっとジュンたちを待ちきれず、自分たちだけで先にセレス先輩のところへ行っているのだろう。


「フィーナ、大丈夫か?」


 廊下の柱に寄りかかり猫のように丸まっているプリンセスの背中を、ジュンは撫でてやりながら訊く。


「うん、大丈夫……うぷっ」


 全然、大丈夫に見えなかった。


「トイレに行くか?」

「ほ、本当に大丈夫だから。ジュンが撫でてくれるだけで、大分楽になったよ……」


 無理に笑おうとしているのが見え見えである。


(まぁ、本当に吐きそうになったら、フィーナを背負ってトイレへ直行でいいか……さっきトイレの位置も確認して、ここから近いし)


 この食堂には、いくつかトイレが設けられていた。これだけの学生を相手にするとなると、数はできるだけ有ったほうが何かと都合がいいのだろうと思われた。


「そうか。でもフィーナ。無理だけはするなよ。ヤバかったら、すぐに言うんだぞ。おぶって連れてくから」

「ありがとう。……おぶってくれるなら、今もう我慢できないって言っちゃおうかな……」

「え? 我慢できない?」


 フィーナがゴニョゴニョ小さい声で言っていたので、全体的によく聞こえなかったが、我慢できないの部分までは何とか聞き取れた。


「ううん、なんでもないよ。ほら、ジュン。急いでテラスへ行ったほうがいいよ。きっとシャーリーが怒ってるから」


 自分の言ったことを誤魔化そうとして、シャーリーをダシに使ってしまうフィーナ。

 御免ねと心の中で彼女に謝っておく。

 しかし、ジュンへの効果は覿面(てきめん)だったようだ。


「やっば。そうだった! 早く行かないと殺されっかも……」


 フィーナとしては、そんなにシャーリーは怒ったりしないと思うのだが、ジュンには違うらしい。

 彼は恐れからか、足早になっている。

 ようやくフィーナも気持ち悪さが治ってきたところだったので、それに無事付いてゆけた。

 自分も占ってもらいたいことがあるのだ。早くしなければ占いが終わってしまう。

 独りでは行き(にく)かったが、ジュンたちとなら平気だ。

 堂々としているべきプリンセスとしてはどうかとも思うが、やはり独りでは行き難い。


(だって……他の人はみんな友達と来ているのに、私だけ1人だなんて……)


 この思いは仕舞っておく。

 今はジュンたちが自分はここにいてもいいと言ってくれている。だからその恩返しというわけではないが、自分も彼らには精一杯の世話をしてあげたい。

 お弁当もそんな思いがあって、自然と出た提案だったのだろう。

 でもジュンにはそれ以外の理由でも自分の手料理を食べてもらいたいと思っていることに、フィーナはすでに気付いていた。


「ジューン。ちょっと待ってって! 手が千切れちゃうよ!」


 手はちょっぴり引っ張られて痛かったが、こんなもの独りの痛みに比べたら、全然大した事はなかった。

 それどころかフィーナは、今の自分が笑っているのだろうなと感じた。





今日は記述模試がありました。

学力調査のようなもので主要三教科だけだったのですが、面倒で嫌でした。

しかしその後映画を見に行って――テイルズ・ヴェスペリア……めっちゃ面白かったです。ユーリーーーッ! って感じでした(笑)

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