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ATRATICA IN CAPITAL OF WATER   作者: Franz Liszt
第1章 『世界掌握編』
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第10話 『属性判別』

 



 学園長の話によると、学園に通う前にやってもらうことがあるそうだ。


「……なんですか?」 


 サクラリスが(ふところ)をガサゴソ(あさ)りだしたので、何が始まるのかと、若干緊張した様子で尋ねる。

 お金はいらないと言っていたから、何なのだろうか……。

 そんなジュンにフィーナが『大丈夫よ』的なウィンクをしていた。

 ジュンは彼女がこれから何をするのか分かっているんだなと理解する。

 そしておそらく、彼女が大丈夫というのだから、本当に大したことではないのだろうと容易に推測できた。


「今から、コレを持ってもらうだけですよ」


 学園長が、そんなフィーナとジュンたちの姿に好意的な微笑を浮かべながら、(ふところ)から蒼く丸い掌サイズの石を、ようやく見つかったとばかりに取り出した。

 色や形状から、それは『ラルクリア』の一種に思われる。


「それは何ですか?」


 (なご)やかな雰囲気にシャーリーも完全に安心してきたようで、身を乗り出しながら訊いた。


「これはね……判別水晶ラクリマっていうのよ。もう『属性』のことはフィーナちゃんから聴いた?」

 

 属性――このユーレスマリアでは誰もが生を受けた時より1つだけ持っているモノだ。

 それを男性は魔装(エイン・シェル)と呼ばれる武器に付与でき、女性はエイン・ロッドを用いて、自身の持つ属性に見合った奇跡の魔法を行使できる。


「はい、聴きました」


 ジュンがそう答えると、サクラリスはゆっくりと頷いてから、スッとジュンたちの前に判別水晶――ラクリマを差し出してきた。


「今からコレに触ってもらって、自身の属性がいったい何なのか……それを確かめてもらいたいの」


 それをおずおずといった感じで受け取る。ほとんど重さを感じさせないラクリマは、ジュンの手に乗るとカッと眩い閃光を弾けさせた。


「うっ……」


 突然のあまりの眩しさに思わず目を(つむ)ってしまう。


 そして1、2分が経過した頃、空中に文字が浮かび上がった。

 そこには『(こう)』の一文字が幻想的に存在している。

 ゆらゆらと揺れるようなその文字は、確かにそう示していた。


「……洸?」


 自分たちの世界の国『ピースランド』の暦と全く同じだったことに、驚きを覚えた。


(意味は確か……淡い光だったはず。なら俺の属性は『光』っていうことか……?)

「……すごい」


 それを覗き込んだフィーナが感嘆の一言を零す。

 驚いているような彼女に釣られ覗き込む形になる他のほかの人々。


「……『洸』って私たちの国の暦だよね?」


 シャーリーもジュン同様に思ったのだろう。隣のレオンへ訊いている。


「ああ、そうだな。確かに全く同じだ」

「だよね。同じっぽいよ」


 立体映像だけとはいえ、ホログラフォンと同じ機能を持つラクリマに興味津々なケンジも同意した。


「これは、まぁまぁまぁ」


 サクラリスが落ち着いているようで、せわしないような印象の言葉を口にする。

 女王ジュディも男子三日会わざれば、何とやらみたいに驚きで眼を見開いている。

 彼女たちの様子から、どうやらこの属性は類稀(たぐいまれ)なようだ。


「これって珍しいの?」


 思い切ってフィーナに訊いてみた。

 すると彼女は銀の髪をバッサバッサ振り乱しながら、懸命に頷く仕草をした。とても興奮していることが一目で分かる。


「うん! レアで間違いないわ!」


 そして尋ねられた彼女は大きな声で断言した。


「そうね。レアで間違いないようね」

「それにしても『洸』ですか。……私は見るの初めてです! ジュディはどうです?」

「私もまるっきり初めてよ」


 フィーナまでとはいかないまでも、やはり少し興奮した様子の学園長と女王様である――いや、学園長はかなり興奮しているようで、手をニギニギしている。


「レアって何ですか?」


 さっきからやたらと褒めちぎるので、気になって気になって仕方が無かった。


「レアっていうのはね。文字通り属性の中でも特に珍しいモノを指すの。レアのほぼ全ては唯一人の保有者しか持たないと聞くわ。……それはそうと、私の属性は『蒼』なんだけど、これもレアだから、お揃いだね♪」


 『ね?』の所をやたらと強調し、且つリズミカルに言っている。

 蒼ということは、青色を想像させられる。

 ならば、彼女は『水』属性のレアなのだろうと感じた。水の国アトラティカのプリンセスとして、よく似合いである。


「ちなみに、私もレアで『(くう)』なのよぉ。サクラリスは残念ながら、『地』でノーマルなんだけどね」


 ずいっと前に出てきたジュディと至近距離で視線が交錯する。フィーナ顔負けのナイスなボディが、ドレスでその輝きを増していた。

 そんな母親を無理やりぐいっと押し返すフィーナの姿は、ひどく真剣だ。


「これは他の子たちも期待値高そうね……いいアトラーになりそうだわぁ」


 その傍らでは舌なめずりしながら、嬉しそうに言うサクラリス。

 女王様も一母親としては十分に若々しく見えるが、学園長もそれに負けず劣らずのいい勝負である。


 それからこれは与太話だが、後から聴いた話によると、彼女は珍しい属性を持っている者が大好きらしく、それがカッコいい男なら大好物らしかった。危ない人だ。


「アトラーとは……?」


 妖艶なサクラリスから聴こえてきた単語について、話題の変換もかねて尋ねた。


「アトラーとは、魔装を使う者――魔装士のことよぉ。大抵の若い子達はアトラーと呼ぶ

ことが多いわね。逆に年を召した方は魔装士と正式名称で呼ぶことが多いかしらぁ」


 口調が怪しすぎです女王様。それに学園長を見ながら言うのも、やめてもらいたい。

 今学園長を刺激するのは危険な香りがプンプンしていた。


「あ、あとね。アトラーはこの国『アトラティカ』を建国した人が、アトラスって名前の人だったことを語源としているのよ」

「へえそうなんだ」


 フィーナが話を継いでくれた事で『何とか助かったの俺?』と、何から助かったのかよく分からない思いを感じた。

 彼女に眼でお礼を言っておく。するとフィーナも『いいのよ』と言いたげに、パチッと目をしばたかせた。


「うん。それとアトラーと同じように、私たちのように女の人である魔法を使う者――魔法使も別の呼び名で呼ばれる事が多いの」

「なんて呼ばれてるの?」


 シャーリーも女の子をしている身としては、可愛い名前がいいと思ってしまう。

 この国に長く滞在する以上、とても気になるところだ。


「同じく建国の祖であり、英雄アトラスの相棒(パートナー)でもあったメシュティアにちなんで、メシュティーと呼ばれているわ。といってもこの国『アトラティカ』がそもそも二人の名前から付けられているんだけどね」


 フィーナは右手の人差し指を一本立てて、片目を閉じている。器用な人だ。

 その姿は『ふんわり』としたフィーナの外見に良く似合っていて、とても可愛らしかった。


「じゃあ、次は私がやってもいいですか?」

 

 聞きたいことについての説明をすべて理解し終えたシャーリーが、元気よく前に出る。

 彼女も自身の属性とやらを早く知りたいらしい。

 あたり一面に、ほくほくした様子を振りまいている。


「もちろんです。ジュン君、渡してあげて」


 優しく『君』付けで呼ぶサクラリスに、底知れぬ不気味なものを覚えたジュンであった。


「ほい、シャーリー。落とすなよ」

「お、落とさないわよ」


 それならドモルなよと思ったが、それを言うと余計に動揺しそうなのでやめておく。  今、彼女の胸のうちは好奇心で埋め尽くされ、いまひとつ周りが見えていないように思えた。

 ラクリマから今度はボッっと炎のような熱気が立ち昇った。

 この様子だと、ジュンの時は『光』の属性に近いから、シャーリーは『火』に近いかそれ自体であろうと推測される。

 

 そしてやはり数分で文字が浮かび上がってきた。

 陽炎のように浮かぶ文字列は『』と示していた。

 これはジュンの主観だったが、何だかコレもレアっぽい印象を受ける。


「……『緋』。じゃあ、私は炎系って感じだね」


 自分がなりたかった属性に見事なれ、ピンクのポニーを揺らしながら満足げな表情を浮かべるシャーリー。

 負けず嫌いで勝気な彼女にはピッタリだ。

 すぐに不安に揺れるのも、水をかけられた時や突風に吹かれた時の火によく合ってると言ったならば、命の保障がなかったので、ジュンは自重した。


「そうだね、シャーリーっぽいよ、熱いところとか。それにしても、本当にどういう原理なんどろコレ。明らかな熱量と光量が確認されてるんだけど……」


 そんなジュンの代わりに素直なケンジが答え、次にホログラフォンによる解析を終えたことで出た疑問を口にした。

 しかし音調から誰かに尋ねているようではなく、あくまで魔法という未知の存在の具現として、割り切っているようにも思えた。


「それにしても、コレもレアだわ。もしかして異世界人はみんなレアなのかもぉ……」


 夢見心地な気分のサクラリスが言う。うっとりしすぎているその姿は正直、怖い。口調も変わっている。ケンジみたいである。

 それとは正反対に、フィーナは何となく面白くない! って感じに桜の唇を尖らせていた。

 ふと、いつもならシャーリーのことには顔を出すレオンが何も言わないので不思議に感じ、そっと目を向ける。

 そこには普段からは想像もつかないほど沈痛な表情をしたレオンがいた。


(どうしたんだ、レオンのヤツ。あんなに不安そうな顔をしやがって)


 その表情が不安の表れにも見て取れたので、後ろからポンポンと肩を叩いてやった。


「……何だ?」


 ぶっきらぼうな物言いは、いつものレオンだ。だけど、あの表情を崩すことはなかった。

 だから、ニッと唇の端を吊り上げ挑発的な笑みを造る。

 といっても自然とできた笑みかもしれないと思った。なんたってそれが自分とレオンの関係なのだろうから。


「もしかしてお前……怖いのか?」


 そうしてから憎まれ口を叩く。

 途端にキッと鋭い朱色の眼光を向けてきた。それでこそ、レオンらしいと思う。


「怖いわけがないだろ」

「なら、肩の力抜けって。お前は主席で無愛想な俺様至上主義者のレオンだろ?」

「ふっ。いらん言葉の割合のほうが多い気がするが、まぁいい。俺もさっさと済ませると

するか」


 肩を下へおろし、ふぅとため息を1つだけ付いた後、さっさとシャーリーの方へ歩いていった。


「レオン、次ぎやる?」

「ああ。貸してくれ」


 シャーリーからラクリマを受け取って、そのまま掌の上に置く。

 すると今度は『バリ』っと雷光が(はとばし)る音が響き渡った。レオンは『電』系統のモノのようだ。

 みんなの注目が集まる。サクラリスなど目をギラつかせて、レオンの手に乗るラクリマをじっと凝視していた。

 『バリバリ』とイタチの最後っ屁のような締めで、判別水晶の上に文字が浮かんできた。

 そこには『雷』とある。


「『雷』か……」


 それを見たレオンは不満げな様子だ。


「これもレアなの?」


 呟いた後黙ってしまったレオンに代わり、シャーリーがフィーナたちに訊いた。


「ううん、『雷』はレアではないわ。珍しい属性ではあるけれど」


 フィーナが残念そうに首を横に振った。

 おそらくレオンは分かっていたのだろう、自分がレアではないであろう事を。だから不満そうな態度をとっていたのだ。

 今まで聞いた属性のレアは、一文字では自然界の『現象』を模してはいないものだった。読んだ意味として『推測できる現象』があるに過ぎなかった。

 それに比べ『雷』は自然界の現象の1つであることは間違いない。

 レオンはコレに(のっと)って憶測を立て、それがかなりの高確率で正しいと直感的に理解していたのだろう。


「そうか」


 悔しさを滲ませた表情をしている。

 やはり負けず嫌いのレオンとしては、ジュンやシャーリーがレアである以上、自分もと思う気持ちが強かったようだ。

 自分がレアだったばかりに、なんて言えば良いのか考えあぐねいていたジュンは、励まそうとしたが、なかなか言葉にできなかった。


「でも、『雷』も十分いい属性で、それにレオンさんは男の人だから、属性云々よりも使い手の技量が大切というか……」


 少し暗い雰囲気になってしまったので、フィーナが勢い任せの言葉を紡いだでくれた。


「そうね。男性は使い手の力量の方が重視されるわね」


 口調を戻したサクラリスも同意している。


「魔装は武器に属性を付与させるモノだけど、その付与できる武器がほとんど近接系統しかないのよねぇ~」


 気を使ったのだろうか、ジュディも最初のときのように、はっちゃけた言い方をしている。

 レオンもみんなの気遣いに気が付いたようで、顔を和らげた。

 でも、やはり少しだけ元気がなさそうに見える。

 そんな中、シャーリーがレオンに言葉を送った。


「レオン! 元気出しなさいって! アンタなら何でも上手く使えるでしょ。それにレオンの髪の毛って『雷』みたいな色してるじゃん」


 その言葉を聴いた金色の髪のレオンは、朱色の瞳を優しげに細め、本当に嬉しそうな笑みを作ってからから言った。


「そうだな。ありがとう、みんな。俺はもう全然落ち込んでなどいないよ」


(暴露しちゃったよ、落ち込んで立って。しかも語尾が『よ』だなんて、そうとう嬉しかったみたいだな、レオンのヤツ)


 ジュンは上手く言葉にできなかったが、この世界で出会った人たちや、好きな人に励まされた方がレオンもよかっただろうと思った。

 

 自分とレオンの関係は励ましの言葉を掛け合うようなものじゃない。

 時に憎まれ口を叩き合い、時に行動で自らの意思を伝える合う関係だ。

 

 ふと横を見るとすぐ隣にケンジがいた。彼も今はずっとレオンのことを心配していたようだ。ホログラフォンを操作していた様子はまったくない。


「やっぱこういう時はシャーリーが一番効くな」


 茶化したようにジュンは小声でケンジに言う。


「そうだね。男の僕たちが言うと、プライドが高いレオンは余計に気にしちゃうと思うしね」


 彼もジュンと同じような思いだったらしく、ニコッと笑って囁き返した。


「そういや、ケンジはまだ判定してなかったよな?」

「ああ、そういえば……でも僕に魔装とか扱える気がしないんだけど……」

「……」


 『そんなことないよ』とはとても普段のケンジの姿を知っているのなら、言えるはずがない。無言の返答をするしかなかった。

 ちょうどそこへ、すっかりいつもの調子を取り戻したレオンが近づいてきた。


「ケンジ。お前はまだやってなかったよな?」


 朗らかな顔した青年はそう言って、ケンジに蒼く輝く石を渡す。

 すぐにケンジの持つ属性を判別すべく、ラクリマがその輝きを増した。

 『キラキラ』と、まるで黄金が煌くかの如き光を発している。

 ジュンのときにでた光が淡いものだとするならば、今の光は目がチカチカするほどに激しいものだ。


「眩しいね……」


 少し離れたところにいたフィーナが眼を手で覆っている。

 そして唐突に輝きが収まり、『金』の一文字が浮き上がった。


「……(きん)って、お金?」


 ケンジが頭の上にハテナを乗せながら、誰にとはなしに訊いている。別に答えを求めているわけではないようで、ただ不思議がっている。

 金――そういえば当然真っ先に思い浮かぶのは、人が便宜上使う通貨か、本物の金銀財宝の金だろう。

 しかしこれでは、なんの属性なのだか全く理解しかねた。

 武器を硬くするものなのだろうかと想像してみたが、どうも違う気がする。


「これはまた、珍しいものが出ましたね……」


 サクラリスがしみじみとした顔つきで、しきりに頷いていた。


「珍しいってことは、レアって事ですか?」


 なんとなく、サクラリスの態度からレアじゃない気がするジュン。

 なぜならば、レアが出たならば、彼女はもっと興奮していたはずだったからだ。


「ううん、違うわね」


 案の定違ったようだ。

 さして興味がなさそうにしているサクラリスに代わって、女王自らが答えてくれた。


「でも、私こんな属性聞いたことないわ……」


 フィーナはレアではないという『金』を知らないようで、不思議そうな様子だ。

 学園では5,000を超える生徒が在籍しており、大抵のレアでない属性は見聞きして いたからだ。しかしいくら記憶をさかのぼっても、あのような属性の存在など全く心当たりがない。


「それは当然かしらね……。学園であの『金』の属性を持っている子はいなかったはずだから」


 フィーナはやはりそのはずだと思った。

 それに全生徒の属性を完全に覚えている学園長がいないと言うのなら、あの学園には『金』の保持者はいないということだった。


「では……やはり『金』はレアな属性ではないのですか?」

「いいえ、違いますよ。あれは機工魔術師エンチャンター専用の属性です」


 聞きなれない単語だが、ジュンは英語としてならば聞き覚えがあった。


機工魔術師(エンチャンター)とは、魔法をかける者という意味ですか?」


 思い当たった英単語の意味で合っているかと、訊いてみる。

 先ほどまで、自分のことだというのにさして興味がなさそうだったケンジも、そのエンチャンターの意味に興味が湧いてきたようだ。

 今では熱心に耳を傾けている。


「よく知っているわねぇ~ジュン。さすがはこの娘が気に入っている男の子ね」


 顔が少し赤くなるのが分かった。

 ジュディの言った後半部分に激しく反応してしまったのだ。

 フィーナもジュンと同様に頬を染めて俯いている。それでも反論をするつもりはないらしかった。

 いつもならかならず(わめ)くシャーリーだが、相手が相手だけに遠慮をしているようだ。代わりに、ポフポフと靴で敷かれている絨毯の海を蹴っていた。


「じゃ、じゃあ、僕はその機工魔術師――エンチャンターという者になれるんですか?」


 ケンジはそんな他の人々の行動に少し動揺しながらも、訊きたかったことを尋ねる。


「そうなりますね」


 冷静なサクラリスが肯定した。

 意外と学園長とレオンは似た性質の持ち主なのかもしれない。普段ならば、冷静で厳かな雰囲気を纏っているところが。


「エンチャンターとはどういった者のことなんですか?」

「それはですね。私たちが魔法を使う際に用いる、このエイン・ロッドや、男性の方が使う魔装であるエイン・シェルを製造する人のことです」


 黒い外套の中から何かを取り出して見せた。

 それは少し幅の有る小さな棒状の物体だった。色は茶色をしている。


「……」


 何を見せたいのだか分からないケンジが黙っていると、サクラリスは『ああ』と呟いて――


「リクリエイション」


 と言い放った。

 その刹那、茶色の物体はいきなり茶色の輝きを発した。

 そして一瞬で、一振りの杖となる。先端には黄土色の球体が付いており、その周りを複雑な紋様がデコレートしていた。

 黄土色の球体は大地の象徴とも言われている宝石『琥珀(コハク)』とそっくりである。


「これが私のエイン・ロッドなの。リクリエイション(再創造)と唱えると、元の形に戻るのよ」


 なるほど、あれだけの大きさのエイン・ロッドを持ち歩くのは大変なことなので、ああやって縮小した形態にしてあるようだと思う。

 ケンジはその技術――いやこの場合は、奇跡と呼んだほうが正しいだろう――その奇跡に大いに好奇心がそそられた。

 理論上、一度縮小した物体を元の形に復元することは可能には可能である。

 しかし、あれだけの大きさに復元するとなると、物体を一度量子レベルまで分解した後に再構成することでしか再現できなかった。

 ワープの原理である。

 これがピースでの科学力の限界だったのだ。

 それを、この奇跡は越えていた。

 そうなるとケンジの身に必然的事象が起こることとなる。


「すごい! すごすぎる! 有り得ないほどに素晴らしい!」


 やはり運命に導かれた機械オタクが、この謁見の間に降臨した。

 突如の絶叫が周囲の壁に反響する。

 今までは、ケンジのことなのだから任せておこうと思っていたピース組だったが、自分たちの大きな過ちに気が付いた。

 しかし人間というものは、いつの時代も失くしてから、その失ったものがいかに大切だったかに気が付くものだ。


「お、おいケンジ! 落ち着けって! ここは謁見の間だぞ。女王様がいらっしゃるんだぞ!」


 ジュンが慌ててケンジを羽交い絞めにする。

 しかし、ジュンの鍛え抜かれた超人的力を持ってしても、暴れるケンジは押さえつけることはできなかった。


「学園長! 僕は、僕は、僕はぁ!」


 ズルズルとジュンを引きずったままサクラリスに詰め寄るケンジ。


「何ですかケンジ君?」


 あの暴走状態のケンジを見ても、全く動揺する素振りをみせないサクラリス。

 さすがは学園長、並大抵の精神力ではないようだ。

 その隣では女王であるジュディもニコニコしながらその光景を見守っている。彼女もやはり女王なのだと実感できる堂々たる態度だ。

 そんな二人を見てフィーナは、まだまだ自分には人の上に立つ資格がないことを実感した。自分は初めてあのケンジを見たとき、ビビッてしまったから。


「僕はっ、このエイン・ロッドを創れちゃったりするんですか!?」


 興奮が絶頂にまで達したように、彼が叫ぶ。

 あのお偉いさんの二人がいいのならば、別に心配することでもないので、ジュンは手をケンジから離した。


「ふふっ、創れますよ。この中では、あなたしかできません」


 微笑を浮かべながら、サクラリスがエイン・ロッド片手に頷く。


「やった! やったよ! ジュン、みんな!」


 安心できる言葉を受けて、いつものケンジに戻っていた。

 顔には満面の笑み。

 そんな彼に向けて、ジュンたちも『よかったな』の言葉の代わりに笑いながら首を小刻みに縦に振る。


「ですが……やはりエイン・ロッドは創れません」


 しかし、いきなり意地悪な光を宿すサクラリスの朱眼がケンジを捉えた。


「……え?」


 言葉に間が空き、ポカンと口を開けたケンジがいる。

 まるで、自我喪失しているようだ。


「ですから、エイン・ロッドは創れないんです……」


 ポト――ケンジのメガネが床に落ちた音。


「は? え? と?」


 意味不明な言葉の連なりを連発するケンジを、面白そうに眺めるサクラリス。


(なんだか、学園長ってS系な気がする)


 ジュンは直感的にそう感じた。


「ちょっとサクラリス。そろそろ、やめてあげたら? ケンジが可愛くなっちゃってるわぁ。これ以上可愛くなったら私、自分の衝動を抑える自信がないから……」


 さすがに狼狽しまくるケンジが可哀想になったのか、ジュディが牽制けんせいを入れる。微妙に牽制ではない気がしてならないが。

 そんな中、ジュンのところへフィーナがトテトテと早足でやってきた。

 そのまま背伸びをして耳元に口を寄せる。


「学園長ってああ見えてドSだから気をつけて」


 やはりかという思いしか心には浮かんでこなかった。

 レオンとシャーリーを見やると、二人とも、彼の得心がいったとばかりの顔を見て納得したようで、深く苦笑いを刻んでいる。


「それもそうかしらね……」


 クスクス笑いながらサクラリスが了承した。

 怖い人である。


「あのね……ケンジ君にエイン・ロッドは創れないけれど、その代わりにエイン・シェルを創ることができるのよ」


 ケンジの属性『金』はエイン・ロッド()ではなく、エイン・シェル(魔装)が創れるらしい。


(ということは、ケンジは俺やレオンの武器を創れるってことだよな)


 ジュンたちの武器をケンジが創る。

 なんだかそれは、今までとなんら変わりないことで、違和感も、不自然さも全くなく、当たり前のように定義されていたかのように思えた。

 同じ事を思っていたレオンも、目が笑っている。


「じゃあ、僕がジュンやレオンの武器を――魔装エイン・シェルを創れるってことでいいんですか?」


 ジュンたちがその事実に嬉しかったように、メガネを掛け直したケンジもまた嬉しいのだろう、先ほど以上に興奮はしていないが、楽しそうに訊いていた。


「そうですよ。そんなに嬉しいのですか?」


 あまりにも露骨に感情を示しているメガネの少年に、不思議なものを見ているかのように尋ねるサクラリス。

 彼女にケンジの嬉しさの全てを理解することは不可能だろう。

 できる者がいるとするならば、それは黒髪の少年と金色の青年以外に存在しないだろうことは明らかだった。


「はい!」


 大輪の華が綻ぶように笑みを創るケンジの姿は、まさしく『金』以上の輝きを放っているとジュンは思う。


 ――ゾクッ、突如誰かから見つめられている感覚を受けた。

 それもひどく冷たい印象のモノだ。

 殺気によく似ている気がするが、そこには害意が感じられない。

 しかしいくら害意がないとしても、あれだけの視線の力を持っていることはとても気になるので、急ぎその感覚を感じた方へ振り向いた。

 目を向けると、その場所には誰かが去ってゆく姿が映った。

 フィーナとよく似た銀の髪をなびかせて歩いている後ろ姿だ。

 しばし見つめていると、今度はレオンに肩を叩かれた。どうやら彼も同様に察したようで、二人で顔を見合わせる。


(レオンも感じたのなら、勘違いではない。ならいったい誰が……)


 訊いてみようかとも思ったが、害する気がないのなら、今の明るい雰囲気を壊さないために黙っていた。







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