第9話 『僕の名を呼べ!』
「「「……ジュン」」」
レオンにケンジ、そしてシャーリーの三人が同時に自分の名を呟いている。
その声が鼓膜を刺激すると、唐突に、昔、父さんに言われた事を思い出した。
今はもう死んでしまった父さんに言われた事を……。
あれは俺がまだシャーリーやレオンとも出会っておらず、独りでいた時のことだ。
俺には人ができないことが、割りと簡単にできてしまう性質だった。
そのため、多くの人が俺のことを羨んだ。
それが元で苛められることはなかったが、誰といても皆と自分がズレているように思えてならなかった。
意識のし過ぎかもしれないし、実際にそうだったのかもしれない。それは今でも分からない。当時の俺でさえ分かってなどいなかったと思う。
しかしこれだけは確かだ。
その事を認識するのが嫌で、嫌で堪らなくて、いつも俺は独りで過ごしていたということだ。
それから、分かっていた事もある。
独りが、ひどく寒くて、冷たくて、悲しい季節だったことを分かっていたし、今でも覚えている。
そんな独りでいたある日、俺はピースの人口公園のベンチで、泣いている少女を見かけたんだ。
でも、当時の俺はあまり――というか全然人と接した事がなかったため、どう慰めていいのか分からなかった。
だから、何分かじっと身を木の陰に潜め、少女を遠巻きに観察していた。
誰かが自分の代わりに慰めるのを待っていたのだ。
しかし、誰もやってはこない。
日もすでに暮れそうな時間帯だというのにも関わらず、親の姿も見えなかった。
ただ突っ立ってても仕方がなく、そのまま家に帰った。
俺の両親は二人とも研究者をしていて、家の横にあるラボでいつも何かの研究していた。
ずっと泣いていた少女の姿が頭から全然離れないので、ラボにいた父さんに訊いてみたんだ。
「お父さん、もしも泣いている人が居たら、どうすればいいのかな?」
人のことを尋ねるなんて普段の俺からは考えられない事だったので、父さんは一瞬驚いた顔してきた。
「なんだ、おめぇ。熱でもあるのか?」
そう言って手を伸ばしてきたのを叩き落とした。
「違うよ。真剣に訊いてるんだよ。教えてよ」
俺の目から真剣な気配を感じ取ったのか、父さんは姿勢を改めてこう言ったんだ。
「そりゃ、おめぇ。簡単だ。お前の名前、仕草、行動。その全てで相手を慰めてやりゃいいんだ」
「それがどうやったら、いいのか分かんないんだよ……」
「お前は、馬鹿なんだか、頭がいいんだか、わかんねぇヤツだな。……いいか、よく聴け。一度しか言わねぇぞ」
やけに思いつめたような顔つきをして、父さんは念を押してきた。
「……うん」
俺も気を引き締め、鏡を見れば神妙な顔をした自分が映るだろうと思えるほど、聞き耳を立てながら、父さんの言葉を待った。
「ジュン。おめぇの名だよ。これを呟いただけで、思い出しただけで、自然と相手が元気になれるような言動を、お前さんがとりゃあいいんだ」
全然意味が分からなかったので、その後に何度も訊いたが、何回尋ねても、それっきり父さんは教えてくれなかった。
でもどうしても、何か1つでもしてやれることは無いだろうかと頭を捻り、考え付く前に駆け出した。
あのときに、何故あんなにも頭を捻っていたのかも分からなかった。
「名前、名前。僕の名前……」
俺の頭は、それだけを記憶していた。
そして、そう呟きながら向かうのは、もちろんあの公園だ。
俺が公園に着いたとき、公園のベンチには、いまだ咽び泣く少女がいた。
不思議と、あたかも吸い寄せられるかのように、俺は彼女へゆっくりと近づいていった。
目と鼻の先に泣く少女がいる。
少女も俺の気配に気が付いたようで、泣き腫らした顔を向けてきた。
青みがかった瞳からは次々と――それこそ無尽蔵の涙生産機があるかのごとく――雫が零れ落ちている。
だから、少女の涙で濡れた瞳に向かって全力で言ってやったんだ。
「僕は、ジューンバルトだ! 君が何で泣いているかは、知らない。でも、もしも悲しいことがあったのなら、僕の名を呼べ! そしたら、僕が君を、全力で守ってやる!」
なんであんな事を言ったのかは、自分でも分からない。
分からなかったが、言ってしまったのだ。
すると少しの間の後、少女が泣くのを止めて――
「……本当に?」
と訊いてきた。
だから俺もこう返してやった。
「もちろんだ!」
すると彼女はゆっくりと静かに、花が綻ぶように、笑ってくれた。
今にして思うと、俺は少女の笑顔が見たかったのかもしれないと思う。
そして少女が微笑んだのを見ていたら、急に強烈な眠気に襲われて、俺は眠ってしまったんだ。
起きた時には、すでに少女の姿はどこにもなかった。
もう一度、あの時の少女に会いたいと思った。
名前を聞き忘れていたし、容姿もほとんど覚えていなかったが、少女が俺に声を掛けてくれることを期待していた。
俺は彼女を覚えていなくても、彼女は俺を覚えていると思ったからだ。
時が経って仲間ができた。
しかし、それまで誰一人として、自分がそうだと言ってきた人はいない。
無論シャーリーにも訊いてみたが、違うと言っていた。
そしてこれは、あの仲間たちと面白可笑しく毎日を堪能しているうちに、知らず知らず忘れていた記憶だ。
何ゆえ今になって思い出したのかは分からない。
だけど、この邂逅にも必ず意味があるのだと思う。
この世界には必然しかないはずだから。
俺たちがこの世界へやって来たのにもきっと何かしらの因果があるはずだ。
大切な仲間である彼らの表情が、負の感情の全てを抜かすかのように、希望に満ちたモノへと変化してゆく。
思考を中断したジュンはそれを見ると、とても満ち足りた思いが、暖かく心を支えてくれるのを感じてならなかった。
「そのことで、1つお願いがあるのですけれど……いいですかね、女王様と学園長?」
ジュンが恭しく頭を垂らしている。少し長めの黒髪も重力に従って下で揺れている。
ゆったりと顔を上げた彼の黒色の瞳に映るのはもうすでに、底なしなまでに明るい光だけだ。
その姿を見たフィーナは、何故にあまり落ち着きのないジュンがあの四人の中で、冷静なレオンを差し置いてリーダー的な位置にいたのかを理解した。
今この瞬間、たしかに、リーダーは彼以外にありえない。そう思った。
ジュンがあの顔をするだけで、彼が一言張り上げるだけで、こんなにも皆を奮起させられるのだ。
あれほど辛そうで不安そうな顔をしていたシャーリーもレオンもケンジも、みんなが生気を取り戻している。
今、この瞬間、この場を支配しているのは、女王の母でも、学園の長でも、ましてや自分でもない。
ジュンだ――。彼の人を惹きつけてやまない、魅力だ。
そう思うと、自然と頬が緩み、誇らしいような、幸せなような不思議な気持ちになった。
「……何ですか?」
少しの間を空けてからジュディが訊いた。
その表情はどこか楽しそうな印象を受けるモノである。
まるでジュンが、これから言おうとしていることが予想できているかのようだ。
「俺たち――いえ、私たちをこの都の学園に入れてはくれませんか?」
そういえば、彼が真剣に敬語を使うのは初めて聞いたなと、場違いなことを思うフィーナ。
そして、もしもジュンたちが学園に通うことになったら、とても嬉しいとも思った。
きっとそれなりに長くいるというか、居てもらうことにするので、色々と案内もしてあげられるし、約束のヴォーロンガにも出られる。
それから学園祭に、それからサルーテにと……次から次へとやりたい事が頭に浮かんでくる。
こんなにも自分が喜んでいるのは、帰れなかった彼らには失礼なのかとも思ったが、嬉しいのは嬉しいのだ。
仕様がない。
「そうですねぇ~いいですか、サクラリス?」
ジュディは僅かばかり考える仕草をしてから、学園長サクラリスへ顔を向けた。
「いいですよ……ですがその前にアナタたちにやってもらいたいことがあります」
素早く肯定をしてから、サクラリスは人差し指を1の形に見立てている。
どうやら、やって欲しいことが1つだけありますと言っているようだ。
ニコニコと笑みを零しながら、ムフフと笑いあっている女王と学園長の二人。
そんな二人のやり取りは、どうもジュンには芝居じみているように思えてならなかった。
ここいら伏線をもういっちょ張っておこうと思いました。
テスト勉で慌てているFranz