第8話 『セカンド・ライフならぬ……』
ポルタ・アルバ門の滝のヴェールを通り抜けると、そこはいきなり謁見の間のような場所だった。
というか、おそらくそうであろう。
この特異な立地は、この天空に浮かぶ『ドゥガーレ城』の安全性を物語っているかのようだった。
そして門から玉座までの床には、青い毛皮の長いビロード風の絨毯が敷かれ、それはシミ1つないほどに美しい。
まるで海がそこに存在しているかのようである。
絨毯以外の柱なども人の顔が映りそうなほど磨きぬかれており、これまたきめ細かな彫刻がなされていた。
見事なものだ。
全く兵士が見当たらないその空間の最奥に質素な玉座があり、深々と腰掛ける女性がいた。
その脇には一人の妙齢な女性が立っている。どうやら二人は楽しく談笑しているようだ。
そして中へ入ってきたジュンたちを見るや否や、座っていた女性が大慌てでこちらへ駆け出してきた。
「フィーナぁ~! 心配したわぁ~」
なんとも軽い声を発している。その華美過ぎず、かといって素朴すぎないちょうど良い身なりをした女性はこの国の女王のはずだ。
(なんか、想像してたよりずっとフランクな人っぽいな。思ったままを言葉にしているって感じで、フィーナと少し似てるかも……)
それから、流れるように透き通った銀の髪もフィーナとよく似ていた。
「お母様!」
フィーナもそんな母に向かって走り寄ってゆく。
そのまま二人はガシッと抱き合った。
「まったくもう、この子は。無茶ばかりして……」
そう言いながら、頭を撫で撫でしている。
フィーナもそれが気持ち良いのか、少しくすぐったそうに身をよじっていた。
「……さあさ、ジュディ。そろそろフィーナちゃんを放しておやり。お客様がいるようだよ」
女王の横に立っていた女性が、こちらへゆっくりとした歩幅で近寄ってくる。
とんがり帽子を眼深に被り、黒い外套を羽織っている姿には、どこか魔女っぽい印象を受けた。
「でもね、でもね。せっかくの親子の再会なのだから、もう少しの余韻に浸らせてくれてもバチは当たらないわ」
その駄々っ子な台詞を吐く女王は、どこかプウッと頬を膨らませたときのフィーナとよく似ていた。
「……全く、アナタときたら。本当に親馬鹿ね……」
呆れたように言う女性は、仕方ないとばかりにため息を1つした。
そしてジュンたちの方へクルッと向きを直し、帽子を取った。その拍子に、レオンの瞳の色と同じ朱色の髪がバサッと宙に解き放たれる。
彼女はジュン、レオン、ケンジ、シャーリーと、髪と同じ朱色の瞳をゆったりとした動作で配らせてゆく。
さながら、品定めをされているような感じを受けた。そして――
「あら、いい男」
とおっしゃった。
途端にクワッと女王は蒼い目を見開き、娘から離れる。
ダダダ――床を女王が踏み鳴らす音。
優美さとか、雅さを完全に感じさせない音である。
「あらやだ、本当……」
娘がそのまま年を少し取ったかのような女王も、魔女風な女性と同じようにジュンたちを見渡しながら呟いた。
初心な淑女のように頬を染め、それを冷ますかのように両手を当てている。
フィーナの発育のよさは、見るからにナイスバディな女王様の遺伝子を正統に受け継いでいるようだ。
手を当てることで強調された大きな胸がとても扇情的だった。
「あ、あのぉ――」
やっと発言が許された雰囲気になったので、これを機に口を開くジュン。
でもその続きは、女王の娘によって阻まれた。
「ちょっと、お母様! ジュンを誘惑しないで!」
サッとジュンたちと女王の間に身を割り込ませる。
両の手を広げて通せんぼしているようだ。
「あらやだ、この子ったら。こんないい男たちをみんな一人占めするつもりなの?」
「違うよ! 何言ってんだ、この人は!」
「フィーナ、くちょう、口調!」
ジュンは急いで後ろからフィーナの口を手で塞いだ。
「モガモガ……」
「う~ん、もしかしてアナタがジュン?」
苦しそうにもがく娘を見事にスルーして尋ねてきた。
娘が大事なのか、大事じゃないのかよく分からない人だ。
「はい、そうですけど……」
落ち着いた様子のフィーナの口から手を離しながら、首を縦に振った。
なんだか不吉な予感が胸の中に渦巻いてゆく。
それはフィーナから甘えられる時の前兆にそっくりだ。
「やっぱりぃ~! この子、アナタみたいにまだ少し幼いところがある少年好みだったから。そうだと思ったのよぉ~」
「は!? 俺はフィーナと同じ17なんで――」
「そんな、お母様! 私は幼い少年好みなんかじゃないよ!」
思わずいつもの口調で言ってしまったジュンの言葉を、焦った様子のフィーナが曖昧な否定で遮る。
それがなんだか、自分のことを好みであることは否定していないような気がして、妙にドキドキしてしまった。
「じゃあ、ショタ?」
『ショタって……アンタ女王様でしょ!』って叫びたくなった。
しかし相手が相手だけに、声を上げるわけにもいかないので自重し内心だけに留めておく。
「ちっがぁーう!」
その代わりに、顔を真っ赤にしたフィーナが、思いっきり叫んでくれた。
「……わかってるわ。冗談よ」
プリンセス渾身の叫びに対し、女王はあっさりとその魂の慟哭を断ち切ってしまう。
ジュンには、少しの間失意気味のフィーナの姿が哀れに思われた。
今ジュンたちは、ここへ到るまでの経緯を女王と学園長に話し終え、その答えを待っているところだ。
「うん、全く心当たり無いわね」
「私も、です。古文書に異世界人の存在と出現を仄めかす内容のことは書かれていたはずだけど、その帰還方法までは記されてなかったはずです」
女王様――あの後自己紹介を済ませ――ジュディは相も変わらずあっさりとしています。
そしてもう一人の黒尽くめの女性――フィーナが通う学園の長――サクラリスも、元の世界へ帰る方法には心当たりがないようだった。
「そうですか……。やはり知りませんか……」
ジュンは搾り出すように、何とかそれだけ口にした。
唯一の希望だっただけに、それが無くなると人は弱くなるものだ。
さすがのジュンたちもこれにはダメージを負ったようである。彼のいつもは輝きに満ちている漆黒の瞳に、自体の色よりも暗い影が見えてとれた。
ジュンはその瞳のままに周囲を見やると、自分と同じように絶望的な顔をしているレオンにシャーリー、そしてケンジの三人の姿が瞳に映りこむ。
いきなり、自分の中から圧倒的な力が湧き上がってくるような感覚に襲われた。
その力に押し流されるままに、パッと顔を上げる。
「よっしゃ! こうなったら、とことんこのセカンド・ライフならぬ、異世界での生活を満喫してやろうぜ!」
その顔にはいつもの余裕そうな笑みを湛えている。
そして眼にかかる黒髪を邪魔だと謂わんばかりに横へやりながら、ジュディとサクラリスの方へ目を向ける。
「「「……ジュン」」」
レオンにケンジ、シャーリーの三人が同時に自分の名を呟いているが聴こえた。