2.努力と興味
高校生活が始まって1か月が経った。
ここでおれの当て馬回避作戦の進捗をお伝えしよう。
「今日も、寂しくぼっちめし……」
窓の外を見れば相変わらず燦燦と輝く太陽が世界を照らしている。まるで天塚君の笑顔のように眩しい。
それはおいておいて、まずはビジュアル変更のためにと伸ばした髪の毛はそんなにすぐに伸びることもなく、視界の邪魔になる程度に前髪が伸び、後ろ髪も暑いが縛れるほどではないという何とも微妙な仕上がりだ。
しかしここで諦めてはいけない。新たに追加したアイテムがそう、伊達メガネだ。
このゲームにおいて眼鏡キャラはただ一人、(次期)生徒会長の雪峯のみ。
つまり当て馬キャラのおれが眼鏡を掛けているはずはないのだ。
逆説的におれが眼鏡を掛けることによってスチルに登場していた当て馬はおれではないとこの世界に思い込ませるという計画だ。
「あ、天塚君……」
そんなことを考えながら昼ご飯を食べ終え、外を眺めていると中庭で幼馴染の雲崎と歩いている天塚を見つけた。
二人の周りには当然と言っていいほど女子が群がり……集まり、一つの集団が出来上がっている。
「かっこいいから話題にもなるよな」
入学以降学校内では新入生のイケメンの話で大盛り上がりだった。
それもそのはず主人公の天塚は王子のようなイケメンで誰にでも優しく中学生のころから頭脳明晰スポーツ万能な完璧人間。幼馴染の雲崎はスポーツ万能でイケメン、おまけに身長もすでに180cm近いという。
さらには天塚のクラスと反対の隣のクラスにはまだ天塚と関わりこそないもののすでに女子人気の高い五月雨が在籍している。
ゲームの世界だけあって基本的な顔面偏差値が高いこの学校においてさらに飛びぬけた容姿をしているのだ。目立つに決まっている。
太陽光に反射して輝く金髪が眩しく感じる。
住む世界が違うんだなと伊達メガネの奥から見れば、伸びた前髪もあってか少し眩しさが軽減されるような気がした。
こうも眺めていては当て馬キャラの独白通りに――ずっと君を見ていた――なんて状況になりかねない。当て馬キャラの運命から逃げるためにもほどほどにしておかなければ。
そう思って天塚から視線を外し人がまばらな教室の中で机にうつ伏せになり静かに目を閉じた。
まさか外した先の視線がこちらを見ていたとは知らずに……。
「悠?どうしたんだ」
「ううん、なんでもないよ。ちょっと空が気になっただけ」
ちらりと先ほどまでは確かに生徒の姿があった窓へ視線を送ると、幼馴染の雲崎から問いかけられる。
ついこの間までは確かに眼鏡はしていなかった気がするが何かあったのだろうか。
いや、元々目が悪くてコンタクトだったのかもしれない。そんなことを考えながら彼――夕陽灯――について考える。
さらさらとした黒髪に時折不安に揺れる大きめの瞳。身長は170cmくらいだろうか、痩せすぎでもなく太ってもいない程よく引き締まった体。そんな人物がよく自分のことを見ている。
その事実に気が付いたのは本当に偶然だった。
入学式の日に落としたハンカチを拾ってくれた彼を次に見かけたのは初めての体育の日だった。
体育は2クラスが合同で行うことになっており、そこで隣のクラスである夕陽と一緒になったのだ。
最初だからとレクリエーションのような授業が始まりいつも通り幼馴染の雲崎と一緒に授業を受けていたとき、目が合った気がした。
気のせいかもしれないと思ったがその顔が入学式の時に見た顔だったため少し気になり、しばらくの間ばれないように盗み見ていたところ驚愕の事実が判明した。
夕陽は想像以上に天塚のことを見ていたのだ。
そこまで大胆に見ているわけでも見つめているわけでもないが、動作の合間にちらり、待機中にちらり。
こちらから注視していなければ気が付かなかったレベルだろう。しかし気にして見てみれば明らかにこちらをよく見ていると理解できる程度には見られていた。
何故、見られているのかはわからない。それこそ夕陽と天塚の関わりなど入学式の一件のみだ。
そして見られているのは体育の時間だけではなかった。
といっても1週間も経ったころ位からは先ほどのように意図的に見ないようにしていることが増えたのだが……それでも天塚の興味を刺激するのには十分だった。
それからは不審に思われない程度に夕陽の情報を集めた。
だが、どこまで調べても何故天塚のことを見ているのかを知ることは出来なかった。
唯一それらしい情報で知れたのは夕陽が『天使のクリオネ』シリーズのストラップに「はるか」と名付けていることくらいだろうか。このシリーズは確か何人かの女子に天塚に似ていると言われたことがある。
「どう見ても僕のこと好きそうなのに……」
窓から離れていった背中を見送りながら小さくつぶやく。
最初はただなんで見られているのか気になっただけなのにいつの間にかこちらから目で追ってしまっている。あの瞳に映るのは自分だけでいいと、そう思ってしまったら終わりな気がして何でもない風を装う。
いつかこの感情と向き合わなければいけない日が来るのだろうが、それは今じゃない。
「悠ー、昼休み終わるぜ?」
「あ、ごめん。すぐ行く!」
先を歩く雲崎からの呼びかけに慌てて歩みを早める。
もし、また夕陽と会うことがあれば、少しだけ話してみよう。
そう思って予鈴がなる前に教室に戻るのであった。