1.主人公と関係性
入学式から一週間が経った。
その間何をしていたかという話になるが、まずは思い出した記憶を整理していた。
俺の昔の名前は思い出せない。ただ、学生時代も社会人になってからも恋愛事や恋人には恵まれなかったことは覚えている。
俺は男として男が好きな同性愛者だったが、誰にもカミングアウトしていなかったと思う。
いや、一人だけオタク仲間の友人にしていた気がするが彼は美少女アニメのオタクであったし、俺も彼のことをそういう対象としてみたことはない。
つまり彼は二次元の美少女に恋をして、俺は二次元の男の子に恋をしていたということになる。
改めて考えると救いようのない社会人だな……いや、人の嗜好はそれぞれだし決して二次元が悪いわけではない。そのあたりはオタクとして弁えなければと気を引き締める。
さて、次に整理する必要があるのはこの世界のことだ。
BLゲームの世界、もとい俺の知っているBLゲームの世界観に限りなく近い現実空間とでもいうべきか。
主人公が、天塚 悠。ゲーム開始時点では16歳(誕生日後は17歳)の高校二年生だ。
金髪のさらさらヘアーで透き通った水色の目をしているいかにも王子様という印象の青年で身長は175cm。程よく引き締まった体で運動・勉強・芸術に渉るまで完璧なパーフェクト主人公だ。
育成の仕方により攻めにも受けにもなることができ、攻めになるとそれはもう雄み溢れるセクシー王子になり、受けになると能力の高さと愛くるしさを兼ね備えた愛され王子になる。
ちなみに俺はこの雄み溢れる天塚君――と呼んでいた――のスチルにアプリ広告で一目惚れし、そのスチルを出すためにすべての攻めルートを開放したものだ。
正直な話攻めルートはスウィートエンドからバッドエンドまで全攻略対象を網羅したものの、受けルートに関してはノーマルエンドを一通りクリアしただけだったりもする。
「天塚君に抱かれたかったなぁ……ってハッ!ダメだ!このままだとストーリー通りの当て馬になってしまう……!!」
正直どの攻略対象者よりも天塚君が好きなキャラクターのためうっかり告白してしまいかねない。
ここはどのルートに進むかを把握してきちんとストーリーの進捗を確認できるようにしておかねば。
気を取り直して、主人公以外の攻略対象についてだ。
まずは定番の幼馴染系攻略者。雲崎 拓斗。
天塚と同じ高校二年生の同じクラスでサッカー部。
爽やかなスポーツマンで、身長は182cm。短い茶髪に筋肉質な体格のためザ・運動部といった感じだ。
明朗快活な性格で男女のどちらからも好かれている。このルートに入るとノーマル以上の当て馬イベントでは拳が飛んでくるので気を付けなければいけない。
ちなみにゲームファンの間では圧倒的に攻めとしての人気が高かった。
次に同級生キャラ、五月雨 佑介。
彼は二年から天塚と同じクラスで、部活動には所属していなかったはずだ。
黒髪を刈上げツーブロックのような感じになっており長めの前髪をセンター分けにしている。
耳には右に二個、左に三個ピアスが付いていて、チャラい系のキャラクターだ。
最初の頃は天塚に対して興味が無かったが、遊んでいた女子があまりにも天塚を褒めるものだからそんなにも良い奴なのかと確認のために近付いてくるという設定だったはず。
自信家なところと猫っぽい性格から攻めに見せかけて受け人気が高かった。
あとは先輩と後輩と先生だが、後輩は一旦除外していいだろう。入学してないし。
先生に関しても二年生になってから赴任してくるはずだから今のところは気にしなくていいとなると、残るは先輩キャラクターだ。
雪峯 柊。
ゲーム開始時の生徒会長――現生徒会長は別人だった――であり、秀才キャラだ。
学年一位の成績を常に維持し、いずれは実家の病院を継ぐことになっているという作中唯一の眼鏡だ。
顎の下あたりまで伸びた銀髪を綺麗に切りそろえており、身長173cm、細身な体格だ。
攻めだとドS、受けだとMよりという一粒で二度おいしい人だった。
「とりあえずはこんなもんか」
忘れてしまう前に、とノートにまとめてはみたもののゲーム開始前の今ではあまり役に立たないかもしれない。
何よりおれが幸せになるためには、主人公に告白をしないこと。
攻略対象が誰であれ当て馬イベントは起きるのだからおれが主人公である天塚君を好きにならないことが重要なのだ。
「でも、むりげーだってそんなん……」
ため息を吐いてから机に突っ伏してぼやく。
横を向くと見える窓の外は心情とは違い青く綺麗な空が広がっていた。
「天塚君が好きなのに」
そもそもこのゲームを始めたのも天塚君に一目惚れしたからで、俺は天塚君に抱かれたいと常々思っていたし、入学式の日は思い出した衝撃でそんなことを考える暇は無かったものの遠くからでも見かける天塚君は天使のごとく綺麗だった。
「あ、でも受けルートに入ればおれは天塚君を抱きたいわけじゃないから当て馬ルート回避できるんじゃないか?!」
ルート分岐のことを思い出してがばりと勢いよく机から起き上がる。
このゲームにおいて大切なのは主人公が攻めか受けか。育成モードで運動部の助っ人ミッションをクリアしていけば攻め度が上がっていき、文化部のミッションをクリアしていけば受け度が上がるというシステムだった。
「天塚君が文化部に興味を持っていればおれの当て馬ルート回避だ!それに、おれにはスチルの記憶がある!」
恋愛シミュレーションゲームにおいてスチルほど大切なものはない。
スチルにおいて当て馬キャラクターのビジュアルはガリガリでもなく筋肉質でもない、短髪だがスポーツ刈りほど短くはないといったビジュアルだった。
「つまりビジュアルをスチルから外せばおれが当て馬になることは無くなるはず……!」
天才的な思い付きをしたおれは早速翌日からビジュアル変更に取り掛かるのであった。