プロローグ
ひらひらと桜の花びらが舞う中、学校の門を通り過ぎる。入学式と大きく書かれた看板の横を多くの生徒が歩いていく。すっかり暖かくなったと思ったが風が吹くとまだ肌寒さを感じるだろうか。
ひときわ大きく風が吹き、乱れる髪の毛を抑えたところで前にいる生徒の上着からハンカチが落ちるのが見えた。
僅かに開いていた距離を小走りで詰めて、膝をつきながらハンカチを拾う。
そのまま気が付かずに前を歩く金髪の男子生徒へと声をかける。
「すみません!ハンカチ、落としましたよ」
声が届いたのか立ち止まり振り返るその姿に思わず目を見開き、驚愕する。
サラリとした前髪は目にかからないほどの長さで、ぱっちりとした二重から覗く瞳は透き通るような水色に輝いてまるで、まるで―――俺が知っているBLゲームの主人公のような見た目をしていたから。
「ありがとうございます」
驚愕する俺を視界に入れながら、彼は微笑みながらハンカチを受け取り高くも低くも無い綺麗な声で礼を言った。そして軽く会釈をするとそのまま校舎へと向かって歩いて行った。
「今の……天塚悠――?」
そうつぶやくと同時にまるで今まで見てきたかのように頭の中に映像が流れ込んできた。
――主人公を育てて自分好みのCPを作ろう!育成×BL恋愛シミュレーション『CROSS×LOVER』――
あなたの育成次第で主人公が攻めにも受けにもなる新感覚BL恋愛シミュレーションスマホアプリ。俺が”生前”はまっていたアプリゲームだ。
育成ゲームと恋愛ノベル要素を組み合わせたゲームで、攻略対象は事前に選ぶことが出来る。そしてその攻略対象と主人公を攻めと受けのどちらに配置するかはなんとプレイヤーが決めることが出来るのだ。
主人公の攻め度を上げれば主人公×攻略対象、受け度を上げれば攻略対象×主人公にすることが出来る。
そして育成だけでなく好感度を上げるシミュレーション要素がストーリーには組み込まれており、好感度がMAXの状態でメインストーリーをクリアできればスウィートエンド、一定以上であればノーマルエンド、一定以下だとバッドエンドになる。
とはいってもスマホで基本プレイ無料で出来るアプリのためバッドエンドでも告白が成功せずに終わるだけだ。巷で騒がれていたR指定の付くような表現は……スウィートエンドに一部あるが基本的には健全な学園もののストーリーだ。
ここまでは問題ではない。いや、前世とかゲームの中の世界とかいろいろと思い出すことで問題になることはあるのだが、そこは今この瞬間において大した問題ではないのだ。
俺はこのゲームをかなりやりこんでいた。といっても元々男性が好きな男性だったが現実では相手に恵まれずせめて2次元であれば幸せになれるのではないかと様々なゲームをやっていたうちの一つだ。
沢山あるゲームのうち最も主人公の容姿が好みかつ立派な攻めに育った時の主人公――天塚悠――がそれはもうドストライクなのだ。だからこそ主人公が攻めに育った場合のルートは全てコンプリートしていた。そしてそんな主人公ガチ勢だったからことわかることがある。
それは――今の自分『夕陽 灯』がBLゲームにおける当て馬キャラだということだ。
スチルでは口元から下しか見えないが、ガリガリなほど細くなくかといって筋肉質でもない体に冴えない黒髪。そして何より今の『入学式でハンカチを拾う』シーンで一目惚れをしたと、キャラクターの独白シーンで話していた。
このゲームのすべてのルートにおいて攻略対象と出会うというイベントを除けば唯一の共通イベントが、当て馬イベントだ。
やはり恋愛ストーリーには困難の一つや二つは必要だ。特にすれ違いからくるイベントは必須であろう!!という作成者側の魂胆が如実に現れているのがこの当て馬イベントだ。
イベント時点で好感度が一定以上であれば主人公が攻略キャラとすれ違いを起こしているときに、当て馬キャラからの告白を受け入れないため、無理矢理既成事実を作らされそうになったところで攻略キャラが助けに来て愛を深める。
好感度が一定以下であれば当て馬キャラからの告白を受け入れ過ごすも、一線を越えそうになったところで攻略対象への感情に改めて気が付き当て馬キャラを振って攻略対象の元へと走るのだ。
何が言いたいかというと、そうつまり、俺はこの世界においても幸せになることはできないのだ!!
「なんで、よりによって口元までしか映らないようなあて馬に……!」
がっくりと項垂れたい気持ちを抑え、校舎へと歩き出す。
いくら記憶が戻ろうが”おれ”にとってはこの世界が現実なのだ。それは今まで生きてきた記憶からもそうだし、今この瞬間生きていることがここはゲームの世界ではなく現実なのだと思わせる。
「よりによって最推しに振られる運命か……いや、これはチャンスだ!」
このゲームが始まるのは主人公が高校2年生になってからだ。
そう、攻略対象が先輩・同級生・後輩・幼馴染・先生とすべて揃うには2年生が一番都合がいいのだ!
過去の記憶を頼りに対策を考えながら教室へと入り、自分の席を見つけると椅子に腰かける。
当て馬キャラであるおれは入学式の時に主人公に一目惚れし、その後ずっと主人公を見続けているうちに思いを募らせているという設定だったはずだ。であれば、この先主人公である天塚悠を見なければ想いを募らせることもなく、告白するような事態にもならないはずだ。
そこまで考えたところで響くチャイムの音にハッとする。
周囲を見るとクラスメイトが皆揃っており、ざわつきながらも先生が入ってくるのを待っているようだった。
もしかして、と不審にならない程度にクラスメイトの顔を確認するがどうやら天塚は違うクラスのようだ。少しがっかりするが、もし同じクラスになればただでさえ好みの顔なのだからゲーム通り好きになってしまう可能性もある。
これは良いことだと自身に言い聞かせながらもどこかモヤモヤとした気持ちになる。
嗚呼、よくない。
「せめて見ているだけのモブになれたらよかったのにな」
先生の話が進む中、ぽつりと呟き他のクラスメイトに混ざって入学式の会場へと向かうのだった。




