同盟暦512年・三姉妹の拵え編18
ゴウッと棍棒が唸り、衝突の衝撃で三姉妹は数多の肉片と化し、周囲に飛び散った。
形ある部位は一つとしてない。しかし、飛び散った肉片は灰となって空に吹き上がり、再び女の形を成して再生した。
三姉妹の表情は変わらず微笑んだまま。顔をルグランに向けた。
「カム・カー」
「はい。族長」
呼ばれたのは両目を布で巻いて光を閉ざした若い女、カム・カー(17歳)。カー・カーの孫娘であり巫女だ。
「"疚しき霊よ苦しめ"」
カムは力宿る声で三姉妹を攻撃した。
巫女は霊的存在に対処する術を身に付けている。カムは年若くも過酷な修練を乗り越えて最年少で巫女となった。実力は疑うまでもない。
三姉妹の表情が変わる。微笑みは痛みに歪む。すると、髪を肩口まで伸ばした三姉妹の中で勝ち気な印象を持つ女が、カムに襲いかかった。
「おっと」
繰り出した右手による打撃。だが、当たる前にカーリーが棍棒で叩いて潰す。
女は右腕を千切られながら怯まずに、左手を伸ばすもカーリーに頭を粉砕されてしまう。
「殺しても死なないのは愉快だけど面倒ですね」
女の足を掴んでカーリーは放り投げた。
頭部が潰れた肉体は糸が切れた人形のように転がり落ちる。短い静寂の後、頭部が再生した女は立ち上がった。
女は変わらず微笑んでいた。けれどカーリーは僅かな目の変化を見逃さない。
「…へぇ…(怒ってる)」
ゆっくりと歩き、気を失っているルグランの腰に下がった予備の短剣を引き抜いて、女は身構えた。
「あなたは戦士?」
カーリーの問いかけを無視して女は地面を蹴った。
両者の棍棒と短剣がぶつかり合った。
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出口を探して歩き続けたポーとリアは奇妙な部屋に辿り着いていた。
整えられた部屋だった。木製のテーブルと椅子。絵画や物入といった調度品。壁に打ち込まれた古びたランプ。しっかりと生活す長く使われていたいのは明らかだが、掃除すればすぐにでも使えそうだ。まさに住処として作られた室内だ。
「こんな部屋があるなんて驚いた」
リアもポーも何故こんな部屋があるのか想像できなかった。
「椅子が三つにベッドも三つ。住んでいたのは一人だけじゃないみたいですね」
「でも長い間、使われてないみたい」
「調べてみましょう。何かわかるかもしれません」
手分けして二人は室内を調べた。
「剣だ。…紋章がついてる。これは黒百合?」
鍔の紋章は欠けているものの、黒百合を模したものだった。
国の紋章か。それとも家の紋章なのか。ポーにはわからなかった。
「先輩、黒百合の紋章で思い当たる事ありますか?」
「……そうね……。…………月長石国の紋章が黒百合だったはず」
「月長石国?」
ポーには聞いたことがない国名だ。
「二百年前に滅びた王国のことよ。小都市協同体が成立する以前に内乱で滅亡した小さな国で、国名にもなった月長石の産地で有名だったと記憶してるわ」
「その関係者がここにいた?。でもここは…」
「牙の牛部族の土地…だよね。……変ね…月長石国と交流があったとは思えないのに」
牙の牛部族の里は北部の辺境地域。対して月長石国は東部の端に存在した。
簡単に交流が持てる間柄でもなく、距離的にも困難だ。
「あら?これは、日誌?」
ベッドの裏に隠されていた日記帳を発見したリア。
パラっとページをめくる。
『今日で裁判は終わり。
唾を吐かれるのも石を投げられるのも最後ね。
あとは絞首台に上がるだけ。
ノーナ姉さん、またお祈りしてるのかしら?
モルタ、寂しがってないわよね。あの子泣き虫だし。
二人は満足してるのかしら。あたしは…まだ、消えてない。
まだまだ復讐し足りない。まだいくらでも恨みを晴らす人間はいるのに。
ノーナ姉さん、姉さんの気持ちがわからない。どうして止めようなんて言ったの?』
「ポー君!これを見て」
リアに呼ばれてポーは日記に目を落とす。
どうやらこの部屋にいた人物が記したものだ。
そして次のページをめくる。
『姉さんはどうしてあんな連中に知恵を貸すのよ。あいつらは敵。絶対に許せない悪魔と同じ連中。どうして…どうしてなのよ…姉さん…』
『嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ』
『姉さんは馬鹿だ……あたしたちのために……』
『逃げよう。絶対に逃げてやる。もう嫌だ。狗にも奴隷にもなってたまるか。姉さんとモルタを助けて逃げるんだ。チャンスは一回きり。大丈夫。デキマ、自分を信じろ』
日記を記したのはデキマという女のようだ。ノーナという姉とモルタという妹がいたことことからここに暮らしていた三人とは彼女達の事だろうか。
二人は日誌を通して三姉妹の人生の一端を垣間見ているのだ。
『……気がついたら助けられてた。この人、誰なの?なんで、顔が見えないの?目の前にいるのになんで?』
『相変わらず顔は見えないけど、あれからずっと世話を焼いてくれる。姉さんも少し元気が出た。モルタは狂ったままだけど。…ほんとになんなんなのよ。この人』
『故郷から逃げて半年、この街に住んで三ヶ月目。突然あの人は北に行くと言い出した。あの人って呼ぶのに馴れた。何度聞いても名前を教えてくれないから。……北の大地なら隠れて心配せずに暮らせるかもしれない。つれていって欲しいと頼んでみよう』
『なんなのよ!あいつ!ばか!ばか!ばかあー!!』
『………あいつ………ほんとになんて名前なんだろ……』
そこまで読んだ時、ポーは突然の頭痛に呻き声をあげた。
「ポー君!?」
「あ…がぎぃ…」
脳に直接、映像をぶつけように不鮮明な景色と判別できない複数の人間の顔が流れ込んだ。
その中で、ただ一人、かろうじて顔が見えた女がいた。




