同盟暦512年・三姉妹の拵え編16
陶酔に浸るルグランは狂気に踏み行っている雰囲気すらあった。
「ふざ……けないで……!」
支えるレオリックスの手を振りほどいてアーネストは気力だけで立ち上がった。
「あんたなんかに姫様の…ヘアのこと!わかってたまるか!」
苦しみ続ける姿を間近で見てきた。それなのにベアトリスが悲しむ事を平然とやり、それを彼女のためと誇るルグランに怒りを抑えきれなかった。
「……思い出した。ベアトリス殿下の侍女だった女か」
「レオ、手を貸して。あいつをぶっ倒す」
「あぁ、止めないとヤバいしな」
決意してレオリックスは弓を地面に刺すと剣を抜いた。
「俺が前でやる。アーネストは援護をしてくれ」
「バカ言わないでよ!それはあたしの役目でしょ!弓で援護して!」
「正攻法じゃ駄目なんだよ」
前に出ようとするアーネストを後ろに押し退ける。
「正攻法?」
「婆さんとの思い出話だ」
「……………あ」
たしかにあの時話した事ならルグランをどうにかできるかもしれない。
「でも、でも!」
「儂も手を貸すぞ」
傷口に薬を塗り出血を止めたダーフーが叫ぶ。
「この者はここで殺さねばならん」
そして緊急事態を知らせる笛を鳴らす。
すぐに戦士が集まってくる。それまでなんとしてもルグランを足止めする決意のダーフー。
「おっさん、傷はいいのかよ?」
「心配は無用だ」
「足引っ張るんじゃねぇぞ」
「誰にものを言っている」
二人は同時に駆け出した。
即席のコンビネーションでルグランを攻め立てる。
常に二人で攻撃し、ルグランの攻撃を分散させた。そのためにルグランは仕留めるまでに及ばない。
意外にもレオリックスとダーフーは相手を巧みに援護する絶妙な立ち位置にいた。
その間にアーネストは腰袋から四角形の瓶を取り出すと、蓋を開いて丸い飴玉を一つ口のなかに放り込む。
舌の上で飴玉はすぐに溶ける。ふぅを息を吐けば、その息がキラキラと煌めいている。
そしてアーネストは別の硝子瓶を取り出して、中身の魔女の香料液を口に含み、地面に刺さる弓を抜き、矢をつがえて狙いを定めた。
「草の縄で足を引っかけ。
鉄の鎖で狼を繋いで。
愛の糸で恋人を吊り上げて。
身体と心を手に入れる」
矢、特に矢じりに息を吹き掛けてアーネストは魔女術をかけて、弓を射った。
続け様に二本目、三本目と射る。
斬り合うレオリックスとダーフーが飛び退いた。
不意打ちを狙ったのだとルグランは嘲笑う。
全ての矢はルグランに容易く剣で叩き落とされた。
「こんな、遅い矢で俺を殺せると思ったのか?」
「そんなわけないでしょ。あんた、香りを嗅いだわね」
「なに?」
「西の善き魔女コレのお手製よ」
その言葉を聞くなりルグランの視界は現実から離れ、幻覚の世界へと引きずり込まれた。
ルグランは今、王位を継承したベアトリス女王の戴冠式に王配、君主の配偶者として並んでいた。
純白の王の正装を纏ったベアトリスの美しさは一言たりとも言葉にできないものだった。
そんなベアトリスに愛され、夫に選ばれた己はまさに天上の栄誉を得たの等しい。
これこそ現実。紛れもない正しい現実だ。
ルグランは栄光と喜びに打ち震え、我慢できずにベアトリスの手を握り、腰に手を回して引き寄せた。
あぁ、誓いのキスを。
永遠の愛と永遠の忠誠をここに誓う。
ベアトリスに選ばれた唯一無二の男、それこそこのルグラン・キッドなのだ。




