同盟暦512年・三姉妹の拵え編14
ルグランは苛立っていた。
落下したが、命こそ助かった。しかし、ポーと戦い圧勝できなかったことがプライドを傷つけた。
「くそっくそっ!化物の子のくせに!醜い混血児め!」
耐えられず剣を振り回して岩に斬りつけて己を落ち着ける。
ルグランは才能に恵まれた騎士だ。剣の腕も騎士団でも上位に数えられる。
そして何より誉れだったのは、王女の婚約者候補に選ばれた事だ。実力を認められただけでなく、孤独だった子どもの頃、自分を救ってくれた愛しき女性。一生守ると心に誓った。
「憎い…憎いぞ…あの王も、関わった奴らも、守れなかった連中も……」
そうして呪詛を吐きながら出口を求めて歩き続けて、ルグランは広い空間に辿り着いた。
天井から光が降り注ぎ、中心に石造りの長椅子がある。
その長椅子には三体の白骨化した遺体が寄り添うように座っていた。
「なんだ?ここは?」
剣を抜き、周囲を警戒しながら長椅子に歩み寄ると、左右の遺体に支えられた真ん中の遺体だけが、一本の剣を抱き締めていた。
なんの特色もない鞘。薄汚れた柄。とうの昔に錆びたのだろう。
こんな剣、普段ならば興味など持たないルグラン。だが、三つの遺体がどうしてこんな剣と共にここにいるのかきになり、柄を握った。
「見てやろう」
抜こうとして、僅かに白骨した腕が抵抗を見せたが、かまわずに引き抜いた。
夜の闇よりなお深く暗い刀身。脈打つような幾重もの赤い線。鞘から解き放たれた剣は圧倒的な存在感を一気に吹き出した。
「う、うおおお!なんだこれは!?」
驚愕するルグランは次の光景に瞠目した。
長椅子に座っていた三つの白骨死体が立ち上がったのだ。
そして時間を遡り恐ろしい早さで血肉を纏い、生前の姿を取り戻した。
あまりに美しい女達だった。それぞれ異なった美貌を備え、またどことなく似ているようで似ていない。されど三姉妹なのだと確信できた。
ーーー復讐を果たせ。そして奪い尽くせーーー
三姉妹は凄絶に微笑んで、順番にルグランに口づけした。
全身の血が沸騰し蒸発するような激痛が起こり、美女の口づけに甘美な味を感じる間もない。
しかしささくれだっていた心は、未知の力が全身に行き渡るのを強く感じると興奮と歓喜に変貌した。
「ふ……ふはは……ふははは」
黒い剣の柄を握り締め、鞘を絡めとる幾重もの鎖を切り払った。
愚かな王が時として自らを神と称することがある。ルグランはそれを馬鹿馬鹿しいと一蹴していたが、今この瞬間、彼は愚かな王の気持ちを理解した。
「素晴らしいぞ!これは!」
見守るように佇む三姉妹をよそにルグランは叫んだ。
「これだ……これこそ俺の力だ……俺に相応しい力だ!」
鈍く光る刃は無限の闇のように深く暗い。
ルグランは運命の神に感謝した。
この魔法造りの剣が、己を相応しい栄光へ導くものだと確信したのだから。
「剣よ。教えろ。お前の銘を」
銘を問われた剣ではなく、三姉妹の最も年長であろう女が、ゆっくりと口を動かして伝えた。
「……"慈しみの拵え"か」
なんとも似つかわしくない銘だが、ルグランはどうでもよかった。
「復讐してやるぞ…ポー…」
もはや抑えるつもりもなくなった悪意と敵意を剥き出しにした。
「ベアトリス様。俺は必ず貴方を救う。これ以上、あの化け物を近づけさせない。俺が貴方の英雄となりましょう!」




