同盟暦512年・脱出行8
アグラオニケの持つ杖の上部が鋭い刃に変わる。
「悔いるがいい」
容赦なく襲いかかるアグラオニケ。
ポーは一歩も怯まない。
"焔の拵え"は火花を散らしてアグラオニケの刃を防いでは弾く。
二人の動きは少ない。
アグラオニケの前に馬車があり、ポーの背後に馬車がある。
ポーはアグラオニケを阻むか斃すしかない。
「小生意気な目だ」
「妾を斃すとぬかしておる」
焦れたアグラオニケは魔力を円状に解き放つ。
地面は抉れ、空気は震動し、騎士達は弾かれた。
だが、テュルパンとポーの二人は衝撃に耐え抜いた。
「忌々しい魔法造りの剣め」
魔女にとって魔法造りの剣は自らを殺す力を持つため、畏怖していた。
「魔女アグラオニケ殿。どうか我らの話に耳を傾けて下さい」
テュルパンがアグラオニケに呼びかけた。
「たわけが。何を聞けとぬかす」
「禍です!我が王に降りかかった悲劇と苦しみ、そして死の理由を!」
「ならば語るがいい!その悲劇と苦痛、死の訳を!」
テュルパンとアグラオニケは叫び合いながらも激しく打ち合う。
「ダミートリアス王は偉大なる忠義者でした!先王の御世においてあれほど尽くされた方は他にいません!」
「妾が認めた男!妾が褥に誘いそれを拒絶した漢!」
「それを!あのヘリオガバルスは!弄んだのです!」
テュルパンの叫びに呼応するようにポーがアグラオニケを攻め立てた。
「あいつが!王を!死に追いやった!」
「強き者か!」
「あいつが!冗談じゃない!あいつは自分が男か女かもわからないくそったれ野郎だ!」
怒りのポーの全身から魔力が溢れ出す。
「ポー!心を鎮めなさい!怒りを御しなさい!」
ポーの異変を止めようとテュルパンは叫ぶが、ポーには届かない。
アグラオニケはポーの変化を危険と見て杖を大きく左右に振る。
霧の中から実体を持った僕が次々と現れる。
霧の狼、霧の巨人、霧の飛竜だ。
「妾の愛しき子らよ…この者らを…」
「…待ってください…」
殺戮を命じようとしたアグラオニケを止めたのは、馬車の中から発せられた弱々しく痛々しい小さな声。
その声に反応したポーは急速に怒りが薄れ、消え去った。
「ひ、姫様、いけませんッ」
「おねがいです…アーネスト…」
「で…でも…」
「…………おねがい………」
懇願されたアーネストはもはや説得することを諦め、先に馬車の外に出ると、ベアトリスの手を取った。
姿を見せたベアトリスの姿は、異様だった。
かつての美しい金髪は失われ、男子のごとく坊主頭であった。
顔面は大アザで腫れ、手足首は手鎖の痕跡が残る。
それは激しい暴行に晒された痛ましい姿だった。
アーネストに支えられながら、ベアトリスは貴族の礼節でアグラオニケに挨拶した。
「惑いの森の主人にして大いなる魔女アグラオニケ様。私はダミートリアスの息女、ベアトリスと申します。無断で領域に踏み入ったこと、心よりお詫び致します」