同盟暦512年・三姉妹の拵え編13
冷えきった身体がほのかに暖かい熱を感じた。
ポーは呻き声をあげて、ようやく意識を取り戻した。
「ここは……」
「落ちたの。運良く助かったけど、どこなのかはわからないわ」
小さな焚き火を起こしていたリアにポーは目を見開いた。
二人とも泥と砂で汚れていたが、ひどい怪我は負っていない。多少の打撲はあるが。
「……久しぶりだね。アラン君」
焚き火に照らされた横顔に微笑みを浮かべたリアは純粋に再会を喜んでいた。
「お久しぶりです。リア先輩」
「こんな再会、したくなかったよ」
「僕もです」
話している間にもリアは折り畳み式の鍋を組み立て、比較的きれいな氷を砕いて鍋にいれて焚き火で沸かし始めた。
「温かいお湯できるから一緒に飲もうね」
「…先輩、これを」
ポーは里の薬草茶の茶葉を小袋から取り出して渡した。
「ありがとう。お湯じゃ物足りないしね」
「先輩。あなたもルグランも何が目的です?。なんでベアトリスをさらうようなことをしたんですか?誰かの命令ですか?」
「…………困ったな。わたしはなにも話せないの。ごめんね」
なにも話せない、その言葉でいくつかの情報を推測できる。
一つ、ルグランの個人的理由の独断ではない。もしそうであればリアは隠さないだろう。むしろ止める側になる。
一つ、ここまで頑なであるのは正式な任務を遂行している最中だということ。おそらく命じたのは当主のピエール・キッド侯爵だ。
一つ、ベアトリスの身柄を確保する目的だったとしたら、白雪国で何らかの大きな動きが起きたからではないのか。
煮出した薬草茶をカップに注いでリアはポーに渡す。
「いい香り…」
カップから漂う香りにリアは顔を綻ばせる。
「リア先輩、ルグランのこと嫌いでしたよね」
「んー……」
「仕えたくないって」
「あの時は子供だった。卒業してわがまま言える身分じゃないって理解したの」
「身分じゃなくて立場でしょう」
「ううん。身分よ」
ふうっと息を吐いて湯気を吹き消す。
「だってわたしは"支える者"だもの」
昔、ポーはリアに言われたことを思い出す。
『家柄も血筋も関係ない。いつでも捨てられる。でも"支える者"でありたい。あり続けたい』
複雑な心境を除かせた当時のリアの顔を鮮明に思い出してポーはカップを握り締めた。
「そんな顔しないで」
リアの手がポーの頬に触れた。
「アラン君は優しいね」
コツンと額を当てて年下の弟をなだめるように優しい声をかける。
「でもダメ。これは責務なの。わたしは最後まで責務を果たす」
スッと離れて立ち上がり、リアは外していた剣を掴んだ。
「リア先輩は…ずるいですよ」
尊敬する騎士の覚悟を見せられて、ポーもまた剣を握り締めて抜いた。
「騎士だもの。信念は譲れない」
「僕もです」
先手を取ったのはリア。
軽やかな足取りで剣を振る。ギリギリの間合いを保ちながらポーは剣戟を避け、時に剣を振るい叩き返す。
リアの攻め方は初見ではとても戦いづらい。特徴としてその剣の振るい方にある。予備動作、姿勢、放つ空気、それらは時にまやかしだ。
どう見ても力を込めて振るった一撃は受け止めてみれば空気が漏れた風船のように軽く力の抜けたものであったり、逆に脱力気味に振るった一撃が実は重く鋭かったりする。
これらは相手の虚をつくボーン家独自の剣だ。
ポーはリアの攻撃を捌きつつ、格段に増した技の冴えに冷や汗をかく。
優勢なリアも巧みに立ち回りつつ、ポーの急激な成長に内心驚きを隠せなかった。
「(ここまで強くなってるなんて。驚いたよ、アラン君)」
攻め方を知っている相手とはいえ、ここまで無傷で防がれている事にリアは悔しさを覚える。
二十合を越えたあたりで、形勢はポーに傾き締めた。
速さは互角でも膂力が違う。幾度も剣をぶつけ合い、腕が徐々に悲鳴を上げだしたのはリアだった。
(「さすがに…厳しいかな…)」
長期戦となればリアに勝ち目はない。
何しろポーは最低でも三度は甦ることができる。短期戦に持ち込んだとしても、想定以上の実力を身につけたポー相手に勝てる自信をリアは冷静に判断した上で排除していた。
勝てないなら負けなければいい。
「(時間稼ぎを!)」
ポーが突きを繰り出そうとし、リアは右腕を後ろに引き絞る。
右片手からの平突き。それもただの突きではなく。
「"速突き"」
刺突の攻撃速度を上昇させる付与術による一撃。
リアの狙いはポーを突き刺して動きを押さえ込むことだ。ポーを殺せたとしても必ず甦る。それは防げない。ならば命を捨ててでもルグランが逃げられるだけの時間を稼ぐ。
それがボーン家の、支える者の信条だ。
「(これは、躱せない!)」
突き刺さる肉の感触が刀身から柄に伝わる。
「………え?」
ポーは左腕を盾代わりにして急所に届くことを防いだ。
「ごめんなさい。先に謝っておきます。リア先輩」
パッと剣を手放したポーは渾身の力を込めた掌底打ちをリアの顎に叩き込んだ。リアの意識は飛び、そのまま力なく倒れ伏した。
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「いたた…アラン君容赦ないなぁ…」
しばらくして目を覚ましたリアは顎を手でおさえながら申し訳なさそうなポーを見た。
「す、すみません…」
「でもわたしを斬らないのはアラン君らしい。わたしは、アラン君を斬るつもりだったよ」
「先輩は本気じゃなかった」
リアの右片手突きを見た瞬間、ポーは理解した。相手の動きから戦い方を分析力することに長けたリアらしくなかったのだ。リアは時間を稼ごうとしながら短期戦に持ち込もうとした。それに早めに決定打となる一撃を繰り出したのも矛盾が生じる。
では目的は?時間稼ぎ?誰の?ルグランが逃げるための時間?。おそらくは違う。
白雪国の中枢が揺れ動いているのかもしれない。そしてどう動くべきか多くの家が探っているとしたら。
貴族であれば特にだ。そう考えると、リアはルグランに付き従うだけでなく、別の人間から命令を与えられているとすれば。そしてルグランの命令を越える命令であったとすれば。
そこまで推測を立てながらポーは言葉にしなかった。
「大変ですね」
「ふふ、うん。大変なの」
「僕は中立です」
「わたしは聞いてないよ」
「独り言ですから」
微笑むリアにポーは気恥ずかしさで顔をそらす。
それを許さないとばかりにリアはポーの顔を両手で触れて自分に振り向かせると、
「ひとつお説教」
「な、なんです?」
「恋人は殴っちゃだめだからね」
「当たり前です」
「はい。よろしい。なら出口を見つけるまで休戦ね」
「……不満はありますけど、今はそれでいいです」
二人は立ち上がり、今度は協力して出口を探すために歩きだした。




