同盟暦512年・三姉妹の拵え編12
ポーは町の中を走り回った。
カー祭司という老婆の家を訪れたが姿はなく、あちこちに聞き回りベアトリスを探していた。
家々の屋根へ上ると、下を見下ろしながら駆け出す。
しばらく走り回ると、遂に微かにベアトリスの魔力を嗅ぎ付けた。
「(ヘア……!無事だった!けど…一人じゃない)」
足を止めることなく魔力の匂いのする方へと全力で走りながら考えを巡らせる。
「(他にも二つの魔力の匂い。二つとも覚えがある。一つは最近嗅いだことがある。忘れない。ルグラン・キッドだ。もう一つは……まさか……)」
町の崖の方にたどり着いたところで、ようやく外套を着た二人の人物と、腕を掴まれながら抵抗するベアトリスがいた。
頭に血が上ったポーは
「ルグランッ!!!」
ありったけの声で叫んでようやく追い付いた。
「ポー!」
「貴様…」
気丈に振る舞っていたベアトリスはポーの姿を見て目に涙を浮かべた。
対してルグランは敵意に満ちた両面でポーを睨んだ。仲間意識など一片も感じない悪意と敵意。
「その手を離せ。ルグラン」
剣を抜き、ポーは冷徹な眼差しでルグランを睨んだ。
「なんだと?。笑わせるな。お前に姫様を守る資格などない」
ベアトリスをリアに任せると、ルグランは怒りに満ち剣を構えてポーに殺意をぶつける。
「戦うつもりか?」
「敵だろう。貴様は」
「やめてください! ポー!キッド卿!」
ベアトリスの制止する声も意味なく、二人は剣を振るって火花を散らした。
二人は共に北方剣術を習得している。
けれど戦い方には大きな違いがあった。
力を重視し大胆で勇敢に剣を振るうルグランだが、その動作には無駄がなく芸術を意識したような華がある。
対してポーは手数を重視し慎重で守りの剣だ。そして動作には無駄で不要な動きが残っている。
この二人の明確な違いは、北方剣術でも貴族と平民の違いだ。
貴族は騎士団だけでなく各々の家系に独自の剣術が受け継がれている。それは決闘を重んじた時代の名残であり、剣は魅せるものだという意識の残滓だ。
反面、平民は騎士団で基礎的な剣術を学んだ後は現場で実戦を積み上げ、剣の腕を研鑽する。そのため、剣は生き残る為の方法であり、時として剣だけに拘らず小道具も使う。
故に騎士団の同門であろうと、立場で剣の使い方に大きな違いがある。
地面をステップするようにあえて身体を軽く動き、力を抜いてポーはルグランの攻め手をいなす。
ルグランの剣は実戦でも驚異的な衝撃力のある剣戟だ。
まともに受ければ危険。だからいなす。
何よりポーは殺したくなかった。
「貴様…!」
ポーの心中を察したルグランは苛立ち、そして。
「"両断"!」
付与術をかけた刀身が一際煌めき、ルグランはポー目掛けて振り抜いた。
文字通り、剣戟の切断力を強化した一撃。限界まで研鑽を重ねれば鋼鉄の城門もバターのように両断する。
ルグランの一撃は石壁を抉るように斬り、石の地面まで裂いた。
ギリギリのところで回避したポーは深く息を吐く。
「殺すのか?僕を」
「当然だ!王を殺した罪、姫様を守れなかった罪、全て許しがたい。今ここで俺の手で裁いてやる!」
何度もポーに斬りつけながらルグランは叫び続ける。
「なにより!お前は許さん!」
「お前に裁く権利はない。僕を裁くのは……」
そこまで口にしてポーは言葉を切った。
ベアトリスが小さく唇を噛んだのを見たのだ。だからポーはそれ以上言えなかった。
「どうした?王国の法で裁かれるとでも言いたいのか?」
「剣を収めろ。ルグラン。仲間同士で殺し合いなんて馬鹿げてる」
「仲間?お前が仲間だと?お前は敵だ。俺の永遠の敵だ!」
ベアトリスの隣に居続けたポー。
そのためにベアトリスの視線が自分に向くことがなかったとルグランは信じていた。愛と嫉妬の炎にルグランは無自覚ながら突き動かされていた。
「この、バカ野郎め」
何度打ち合ったのか、ポーの腕も疲労で重い。
それはルグランも同じ。完璧な間合いを取り、ルグランは剣を振り上げた。
「"両断"!」
両断をまともに受ければ死は確実。だからこそポーはここをチャンスと見た。
「"両断"」
ポーは下に構えた剣を斜め上に振り上げながら付与術を仕掛けた。
両断は強力無比な一撃。多くの騎士が好んで使う付与術であり技だ。
だからこそ、対抗策が編み出された。平民の騎士が編み出したそれは、両断に両断をぶつけて軌道をそらす方法。
基本的に両断は振り下ろす技だ。対峙する両者が繰り出した場合、威力が強い方が勝つ。それは両断が攻撃であるからだ。
だが、振り上げた場合、両断は性質が変化し、防御的なものになる。つまり、両断を弾くことが可能になる。
力に相当の差がない限り、それは変わらない。
ポーの両断がルグランの両断を弾き飛ばした。その反動で、ルグランは大きく体勢を崩した。
「なんだと!?」
「ふっ!」
ルグランを止めるためにポーは急所を外した剣戟を繰り出すと、そこに割って入ったリアが剣で受け止めた。
「く…!」
「リア先輩!」
「主君はやらせないよ。アラン君」
鍔迫り合うポーとリア。
リア・ボーン。キッド家に代々仕えるボーン家の娘だ。
初代は主君をよく助け困難の時も献身的に支えた事から"支える者"と呼ばれ、腹心とするならボーン家の騎士と称される逸話がある。
ポーにとっては騎士団に入る前、まだ領地にいた頃から世話になった恩人でもある。
柔和な振る舞いからは想像できない男顔負けの実力ある騎士であり、ポーも何百回とリアと試合をしてきたが、勝てた事は殆どない。
ルグランとは違い、リアの速い攻めをポーは辛うじて防御する。
「"流剣"」
流れる水のように変幻自在な太刀筋に変える付与術はリアの十八番の技だ。
これでポーの足は止まる。リアが確信して放った技。
「(……え?)」
ポーは傷を負いつつも怒涛の剣戟をくぐり抜けて、リアの間合いに踏み込んだ。
「うそ…」
動きが止まったリアにポーは真横から剣を振るう。
「どけ!リア!」
「ルグラン様!?」
「油断しただけだ!」
リアの肩を掴み後ろに引き倒したルグランはポーの一撃に自らの一撃をぶつける。
刃が交差して音が響く。力場が生じる。反発する磁石のように後ろに飛ばされた二人。
「なんだ!?今のは!?」
「まさか…でもたしかに…」
「ルグラン様!撤退を!」
「ちい!」
リアの言葉にルグランはベアトリスを連れて駆け出そうとする。
ポーは頭上に気配を感じて上を見上げる。
空高く跳躍したカーリーが棍棒を振り上げた状態でいた。
「人の家に入るときは」
空中でカーリーの右腕が膨れ上がった。
「挨拶しないとダメですよー!」
巨石が落ちたと錯覚するほどの衝撃が棍棒で叩きつけた。
地面や空気に衝撃が迸った。地割れが起きて、ポーやルグラン達が巻き込まれる。
「ちい!」
ルグランはベアトリスを助けるように突き飛ばした。
そして地面が崩れ落ちて、ポーとルグランとリアは巻き込まれ、土煙に吸い込まれて消えた。
「ポーーーーーーーーーッ!」
ベアトリスのポーを叫ぶ声は空しく響いた。




