同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編34
隅に座り込み、黙り込んだポーは硬く握った拳を見つめていた。
「(シデさんは…あいつと縁があったのか……)」
そう思うだけで一気に膨張した怒りの感情を、ポーは必死に抑え込む。
ポーはシデに協力を要請した。
それは苦しみを知るだけじゃない。
理不尽に対する怒りを持つ、つまり自分と同じだと感じたからだ。
その感情が心の中で生きる限り、裏切らないだろうとの打算もあった。
それが、ポーやベアトリスが誰よりも憎んでも憎み足りないヘリオガバルス、あの男も属している組織とかつて協力関係にあった事実がポーを混乱に追い込んでいた。
「(僕は復讐したいんだ…あいつをこの手で殺してやりたいんだ……)」
睨むようにシデに視線を移したポー。
するとシデも視線に気付いたのか振り向いた。
「婆を殺すかい?恨みゃしないよ。恨まれんのにはなれてるからね」
「……フロレンティナさんやアルバートを裏切ったんですか?」
「……小瓶のことを指してるなら逆だよ。二人につきまとう影を祓うつもりだったからやった。そのためには過去の悪縁だろうと使ったのさ。裏切り…といわれればそうかもしれないねぇ」
シデはカットされた枝煙草を咥えて火をつけた。
「手段を選んでたら目的は達成できない。それは嫌というほど身に染みてるからね」
「…………」
「さて、一時の感情で婆を斬り捨てるかい?生かして婆を利用するかい?アンタはどっちを選ぶ?」
こいつは軍師だとポーはようやく思い知った。
その本質は人を謀り、欺き、操り、使いこなす人間。
善悪正邪では動かない徹底した実利主義者。
そしてポーにとって不可欠な人物。
「……シデさん。もう一度お願いします。僕に、力を貸して下さい」
ポーに選択肢など必要なかった。
「(こんな感情…いくらでも飲み込んでやる。目的を果たすためなら…何度だって…!)」
そんなポーの決意を感じ取ったシデは、姿勢を正して頭を下げた。
「不肖このシデ・ペネンヘリ。持てる限りの知恵を使い、尽力することをここに誓う」
ポーはその言葉を信じる他なかった。
「さしあたってまず最初の一手を打つ」
「最初?」
「フロレンティナに断頭台国の残党を率いてもらう」
「⁉ 戦争をしかけるつもりですか⁉」
「いいや。ご自身の立場と名を公表させてある土地をもらい自治権を認めてもらう。その土地は、あたしの土地だ」
「シデさんの土地?」
「戦争の功績さ。その褒美でもらった領地だよ。あたしがフロレンティナに譲渡し、統治権を譲る。あの子にはそこから初めてもらう。そしてポー、あんたはそこを拠点とするんだ、情報や人材も集めても置き場所がないと困るだろう」
「……シデさん。あなたを信じて全てお任せします」
「期待…ではなくあんたの信頼に応えるよ」
ポーとシデは協力者という契約をここに結んだ。




