同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編33
精神領域の最深部に自らの意識を繋いで落としたオリバーは辺りを見回して、ハリファックスとハンニガンの霊体を見つけるとスキップして近付いた。
『やあ。ご機嫌いかが?』
『遅いぞオリバー』
『あんたは……』
ハリファックスの低い声は幾分が落ち込んでいた。
ハンニガンは薄ら笑っている。
本性を息子に見せたのだとオリバーは肩をすくめた。
『お邪魔かい?』
『いいや。息子に別れの挨拶をしたところだ』
『別れの挨拶?己の裏切り行為を笑いながら喋っていただけでしょう。父上、あなたは本当に私の知る父上なのですか?』
『聞くまでもない。私はハンニガンであり、お前の父だ』
膝から崩れ落ちたハリファックスは苦悩に苛まれていた。
『……私は父上が母国の再興を目指していると信じていました。時に卑劣とされる手段を用いたとしても、それが必要なのだと己に言い聞かせ父上のために戦ってきました。なのに…父上は祖国はどうでもいいとおっしゃるのですか?母や兄妹が眠る土地を愛していないのですか?私はなんのために敵を葬り味方に血を流させたのですか?』
『面白いからだ』
あっさりとハリファックスを絶望に突き落とすハンニガン。
『叶わない願いに命を懸ける者達の無意味な行為は実に笑えてな。私の笑いの嗜好を刺激してくれた。おかげで実に面白かった。息子よ、感謝している』
怒りの形相でハリファックスはハンニガンに殴りかかり、オリバーが術を使い、ハリファックスの身体を拘束した。
『短気なところは母譲りだな』
『黙れ!』
『おお、おお、お前に対してはもう黙ろう。さて、オリバー。手を貸せ。こやつを消す』
一歩前に踏み出したハンニガンに、顎に手を当て口をへの字にしたオリバーが懐から小瓶を取り出した。
『ハンニガン?これなあに?』
『うん?…………それは…………』
みるみるうちに顔色を変えたハンニガン。
『人生は愉快で面白いね』
ケラケラと笑うオリバーはハリファックスへと歩み寄る。
『撤回だ』
小瓶を懐にしまい、オリバーはものを消す手品を見せるような仕草をする。
『一枚噛むのを止めるよ。ごめんね、ハンニガン』
『貴様……!』
『好きなように生き。好きなようにやらかし。好きなように愛して。好きなように死ぬ』
ポンッとハリファックスの額に指で触れるオリバーは、無垢な笑顔。
『素晴らしきかな我が人生』
バキンとハリファックスを拘束していた術が解けた。
『くそ……!』
ハンニガンが術を唱えかけるも、先んじて手の中に槍を握ったハリファックスは、躊躇いなく渾身の一刺しでハンニガンの胸を刺し貫いた。
『があ…』
『逆臣ハンニガン。命でもって不忠と裏切りを償え』
『なぜ…だ…?…オリバー…?』
『それ聞くかい?面白いからさ』
『………。……くく……ははは……』
オリバーの返答にハンニガンの顔は怒りから嘲笑に変わった。
『なるほど!想像外だったが、こんな終わり方も愉快でいい!愉快でいいぞ!』
『父上。私は残る生涯をご主君に捧げます。それが我が償いです』
頬を伝う血の涙を拭わず、ハリファックスはハンニガンを正面から見据えた。
『もう…あの方達を、同胞を弄ぶ事は許しません。どうか静かにお眠り下さい』
『父に忠義を誓いながら裏切り殺す不忠者め。あの愚かな王女と王子に味方しようと、貴様は死ぬまで後ろ指をさされる不義の騎士だ。……まぁ、それも滑稽で面白いであろうよ』
『…………』
『お前の父親としては死ぬ気はないぞ?私は退廃派・世紀末芸術家の信徒ハンニガンとして死ぬ』
ハンニガンはオリバーを見た。
『では私は去るとしよう』
『さよなら』
『面白おかしく引っ掻き回して、来い』
『美味い酒と美しい女を用意して待っててよ』
『ふん…よかろう…』
ハンニガンは最期の言葉を残して、塵と化して消えた。
『父上……あなたはどこまで……』
堪えきれず両膝をおって涙するハリファックス。
『これが一途に自由に生きる人の姿だよ』
別れを告げるように手を振るオリバーはぽつりと呟いた。




