同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編32
あばら屋に踏み込んだポーとシデ。
椅子が置かれており、座るのは一人の若者。
傍らに立つ青年にも少年にも見える男、オリバーが二人を見て驚いた。
「あらま?ここを見つけるなんて予想外だ」
「久しいね、オリバー。アンタは変わんないね」
「君は老けたね。あの頃は誰もが振り抜く漆黒の髪の美女だったのに」
シデは敵意を秘めた微笑みで、オリバーは屈託のない笑顔で向かい合う。
「(……誰だ?。……、それにこの匂いは……)」
思わず鼻を塞ぎたくなる甘い蜜の匂い。
「おや?珍しい。古代人の生き残りじゃないか。ふむ…不死鳥の血族か!なんて珍しい!レアだよレア!」
顔を輝かせたオリバーはポーの手を取り握手した。
「君、私のものにならないかい?」
「は……?」
「私は世界中の民族を集めていてね。部屋に飾っているんだ。もちろん生きた状態のままだよ?死んだら生の輝きが失われるだろう?それが嫌なんだ。死んでも美しいけど、生きる美しさにはかなわない。あ、君は特別に大切にするよ?。なにせ…」
「触れるな、クソ野郎」
乱暴に手を払いポーはオリバーを睨みつけた。
ポーは確信した。
オリバーが放つ甘い蜜の匂いはヘリオガバルスと同じものだ。
「……ほー、さすがに古代人は強い耐性を備えている。普通ならいいなりになるんだが」
「オリバー。アタシは交渉に来たんだ」
「わかっているさ。ちょっとした悪戯だろ?大目に見てくれ」
ポーは苛立ちを隠せない。
そして気づいた。
オリバーだけではなくまだ人がいる。
簡素な台座に横たわる二人の人物、ハリファックスとハンニガンの親子だ。
思わず剣に手が伸びたポーだが、二人ともすでに死んでいた。
「(なんでここに死体が…?)」
訳が分からないポーに、オリバーは慇懃に頭を垂れた。
「私はオリバー・ヘルブリンディ。退廃派・世紀末芸術家の悪戯っ子だ」
「退廃派・世紀末芸術家?」
なんだそれは?とポーは困惑する。
「ティル・オイレンシュピーゲルを始まりとする悪戯っ子の集団の成れの果て。この世全ての悪徳を煮詰めたような連中の巣窟の呼び名だよ」
「ひどいな。その通りだけど」
「とにかく間に合った」
「その口振りだと蘇生を妨害しにきたのかな?」
「半分正解で半分外れだ。あたしはお前と取引に来た」
シデは二つの死体に歩み寄ると凝視した。
「……やはりハリファックスにハンニガンの精神を移した後か」
「ハンニガンの奴は新しい身体を欲しがっていたからね。息子の身体なら申し分ない。後はハンニガンの精神がハリファックスの精神を滅ぼすことで完了さ」
「お前が手を貸せば確実にハンニガンが勝つ。何もしなければ五分の争いだ」
「つまり取引というのは…手を出すなということか?」
「そうだ」
シデは小瓶を取り出してオリバーに見せつけた。
オリバーの表情が剣呑なものに変わる。
ポーは小瓶がなんなのか分からない。
「君が掻っ攫ってたのか。素晴らしい手癖の悪さだ」
「どうせあいつの頼み事だろう。収集家連中の中でも群を抜いて執着心が強かった」
「ふふ。見せてくれ」
シデから小瓶を受け取り、光に照らして確認する。
「(まさか…あれはアルバートの魔法…?)」
ではシデがアルバートから奪い取ったのかとポーは考える。
「…本物だ。彼も満足するだろう」
「その魔法は"魔法"がかかっている。アルバート以外には使えんぞ」
どんな魔法にも"魔の強制力を伴う法と規範の属性"、紛らわしい言い方だが、"魔法"が存在する。
これが無い魔法は暴走する自然災害に過ぎない。
何故魔法に魔法がかけられているのかは誰も知らず、世界最大の謎の一つだ。
「いいさ。それをどうこうしろとは言われていないし。で、取引の話だけど、これが答えだ」
そう言ってオリバーは右手を差し出し、シデの右手を掴んで握手した。
「成立だ」
「ならとっととハンニガンに伝えな」
「相変わらず気が短いね」
困り顔を浮かべてオリバーはハリファックスのおでこに触れる。
「さて…」
オリバーは現実世界から精神世界に踏み込んだのだった。




