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アラン戦記  作者: 夢物語草子


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同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編30

暖炉で燃える薪が爆ぜる。

アーネストは鍋で温めた赤葡萄酒を木杯に注いで、仲間に配り、この騒動を引き起こした一人であるシデに手渡した。

ごくりと喉に流し込んだシデは何とも言えない表情を浮かべた。

「アルコールが抜けてるじゃないか」

「酔っぱらったら話し聞けないでしょ」

「この程度で酔っぱらうような婆じゃないよ」

「あら残念。けど今は酔わせてあげるほど親切な気分になれないわよ」

「そりゃそうか。とんだトラブルに巻き込んだしね」

シデは暖炉の炎を見つめた。

「……フロレンティナの復讐に手を貸した。とはいえ、穴ぼこだらけの無理を押し通した計画だった」

「あの男が復讐相手ですか?」

「ハンニガン・デイル。元断頭台国の重臣で、ハリファックス…いや、ウェイバリー・デイルの父親だよ。ハンニガンはフロレンティナに地獄を見せた男さ。彼女は長年、仇を討つ事を狙っていた」

「あなたは何をしたんです?」

「まずは情報網を築いた。ハンニガン一派に絞った限定的な情報網をね。金に糸目は付けず、どんな些細な石ころのような情報もかき集めて分析したよ。幸いというべきか、奴の欲しがるものは分かっていたから難しくはなかった」

「アルバートですね。アーネストから聞きました」

「その通り。ハンニガンを呼び寄せるためにアルバートを餌にした。一派に所属しながら不満を持つ連中を懐柔して「アルバートを迎えに行くべき」だと進言させた。ハンニガンは自らこの村に来た。護衛兵はハリファックスと四百前後の兵。護衛兵は常にハリファックスの身近に配置されていた。では、いかに兵を奴から引き離すかだ」

特にハリファックス直下の精鋭は引き離して皆殺しにしておきたかったのだ。

フロレンティナは自分の手でハンニガンを殺す事を願ってやまなかった。

その為にハリファックスと精鋭は戦闘不能にしておきたかった。

「遺憾だけどね…アルバートを利用した。いくら鍛えられた精鋭の兵とはいえ、あの魔法の前では葉を散らす小枝に過ぎない。まぁ、全員は殺さなかった。アルバートの精神を壊すわけにはいかなかったしね。ハリファックスを殺せなかったのは痛かったけど、保険はかけたから心配はしてなかったんだけど…」

「あの傭兵ですか?」

「昔の知り合いでね。何でもする連中さ。でも予想に反してハリファックスは生き残り、お前さんたちと協力して屋敷まで来るとは思わなかったよ」

「つうか婆さん、その傭兵に俺達は殺されかけたんだぞ?あれも婆さんが仕組んだことか?」

暖炉で焼き直したパンを囓るレオリックスは苛立ちが滲んでいた。

「それは誤解だよ。ハリファックスと仲間を殺せと依頼したもんで、協力したあんたらを敵だと判断したんだろうさ。やっぱり直接指示しないとズレが起きるもんだね」

「婆さん…反省してねぇだろ」

「結果として僕たちはシデさんやフロレンティナさん、アルバートを助ける事ができました」

「全くだ。ハンニガンが武力を備えていたのも計算外だったしね。とんだ大失態だったよ」

「聞いた限り綱渡りみたいな計画だったのね」

「だね。けど、ハンニガンにハリファックスとその精鋭は死に、西夏国のヤルンで蜂起した残党は再起不能になるだろうしね。目的は果たしたけど、成果は芳しくないね」

自嘲するシデにポーは真逆の感想を思った。

味方が殆どいない状況で、フロレンティナが自ら仇を討てる状況を構築したのは非凡でしかない。

天才軍師の片鱗を垣間見たのだ。

もしこの人に万の軍勢を預けたらどれほどの手腕を発揮するのだろうか。

これから北の地で起きるだろう戦乱に決して欠かす事はできない人物。

「シデさん」

「なんだい?」

「僕たちに力を貸して下さい」

ポーは事情を話した。

ここにベアトリスはいない。

別室でフロレンティナとアルバートの看護をしている。

話せない部分は削り、話せる限りをポーは話した。

シデは黙ったまま最期まで聞き終えると、困り顔で木杯をテーブルに置いた。

「あんた正気かい?」

「まともです」

「騎士なら十二同盟諸国の力関係を知らないわけじゃないだろう?それに鉄王冠国が乱れれば、必ず冕冠国(クヮン)が覇権を握ろうと動くはずだ。そうなれば同盟自体がどうなってもおかしくないんだぞ?」

その懸念はポーも理解している。

上国と下国がもたらす影響はまるで違う。

下国が滅亡したとしてもあくまで同盟内での影響に留まるだろう。

しかし上国が滅亡した時は内外に大きな影響を及ぼし、下手をすれば外敵を抑える事ができなくなるかも知れない。

それでもポーは復讐という道を捨てる気はない。

「僕は……」

「ちょっと待ちな」

立ち上がり剣を手に取ったシデ。

「仕事で大切なのは、完結させることだ。最期の締めといこうじゃないか」

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