同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編26
森の中の四階建ての屋敷。
門前に番兵はおらず、また訪ねる者は殆どいない。
ここは断頭台国の残党達の拠点の一つであり、無関係な者が踏み入れば秘密を守るため殺されてしまう、そんな所だ。
最上階の客間で、毛皮のしかれた長椅子に腰掛け、優雅に赤葡萄酒を注いだグラスを眺めるハンニガン。
「同盟歴500年。この年の葡萄で造った葡萄酒はまさに逸品だな。芳醇な香りといい濃厚な味わいといい素晴らしい。赤も白も大金を払うだけの価値がある。……そうは思いませんか?王女殿下?」
ハンニガンが扉に向かって喋ると、ゆっくりと扉が開き、返り血を浴びたフロレンティナが立っていた。
右手に血で濡れた短剣、左手に殺した騎士の生首を持っていた。
「王女殿下は武芸の心得がおありでしたか。ご立派です」
テーブルの空のグラスに赤葡萄酒を注ぎ、フロレンティナへと差し出すハンニガン。
「あなたを殺しに来たわ」
「恐ろしい」
「恐ろしい?そうかしら?恐怖に怯えた顔ではないわ。デイル卿」
「感情が顔に出ないタチでしてな。おかげで人気者になり損ねました」
向かい側の長椅子に腰掛けたフロレンティナはグラスを受け取らなかった。
「人物眼は優れていると自負していましたが、王女殿下を見誤りました。失敗を目的としたヤルンで反乱。よく起こせたものです。どうやったのですか?」
「あなたはヤルンの残党をレシュクに束ねさせたでしょう?彼は私に懸想していたから。一度だけ逢瀬を過ごしたのよ。国を取り戻した暁には妻となる約束をしてね」
「これはこれは。レシュク殿は純情な男ですからな、恋を武器にする女には到底かないますまい。今頃、敵兵の槍先に首がかけられているかもしれませんな。羨ましい事だ」
グラスを空け、フロレンティナへと用意したグラスに口を付けたハンニガン。
「その入れ知恵はシデ・ペネンヘリでしょう。その手際は流石ですが、まるで変わっていませんな」
「本人に言うといいわ」
靴音が響いて、シデ・ペネンヘリと手を引かれたアルバートが部屋に入ってきた。
「ご無沙汰だね。ハンニガン・デイル」
「こちらこそ。"名軍師"シデ・ペネンヘリ殿」
ハンニガンはにこやかな笑顔を浮かべ、シデは虫けらを見るような視線を送った。
「不機嫌だな。思惑通り事が運んだのだろう?喜んだらどうだ?」
「アンタが"愚かな事"をしなけりゃ、こんな絵図面を描かずに済んだんだよ。喜べると思うかい?」
「喜ぶべきだ。吟遊詩人に歌わせろ。伝説がまた一つ増えるぞ。お前は新しい名声を手に入れる」
「望んでないよ」
「では今の暮らしに満足しているとでも?酒浸りの、過去から目をそらして逃げる日々に?冗談だろう?。それとも王女殿下に協力を乞われたからやむなくとでも釈明するか?。お前は自分の力を誇示したいのだ。昔も、今もな」
二つ目のグラスを空にしてハンニガンは満足げだ。
「狂乱教に入信したらどうだ?お似合いだぞ」
「もういいわ。アルバート」
黙っていたフロレンティナが立ち上がり、アルバートに側に来るよう声をかけた。
「は…ははうえ…」
恐怖で震えるアルバートの手を取り、フロレンティナはハンニガンに向けた。
「我が子。そして未来の王よ」
ハンニガンの首に輪っかが浮かび上がる。
「この男を処刑しなさい」




