同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編23
ベアトリスが告げた言葉にポーは言葉を出せなかった。
ポーは復讐を決意している。
その根底にあるのは後悔と罪の意識、そして贖罪の念だ。
「(ヘアは……僕に償うことを望んでいる?)」
ベアトリスの言葉の意図はわからなかった。
「婆さんの家に行くか?」
装備を整えたレオリックスが聞く。
「いや、アルバートを連れ去ったんだ。家に戻るとは思えない。別の所に向かったと考えるべきだ。せめて足取りを追えれば…」
「なら追うぞ」
事もなげにレオリックスが応じた。
「簡単じゃない」
「ポー。俺の家系は狩猟の一族だ。ガキの時から爺さんに親父にお袋に姉貴に全部叩き込まれた。超一流の狩猟の騎士なんだよ」
それなら話は早いと、ポーは剣を手に取った。
「ヘア、二人をお願いします」
「はい」
「問題発生だ。お嬢様の護衛はどうする?二人で出たら護衛がいなくなるぞ」
「もんだいない」
ぱっちりと目を覚まして、寝台から飛び上がって一回転、着地したクーリー。
Vサインを二人にしてみせた。
「頼むよ。それとこれ、いざという時、必ず使うんだ」
ポーはヘアに四角形のパズルのような石を渡した。
「行こう!」
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二人は雪の中を走った。
シデが歩いた足跡はあっという間に雪で隠され、それを頼りに追うことは不可能だった。
しかしレオリックスは狩人の技量を発揮、シデが残した僅かな痕跡を見つけて進んでいく。
「あの婆さん、痕跡を残さないように消して歩いてやがる。警戒心が半端じゃない」
「シデさんは兵を率いて自ら斥候もしていたそうだ。何度も命の危機に遭遇したと」
「その時の経験を忘れずに活かしてるってことだな。大した婆さんだ」
「あぁ。すごい人だよ」
だからこそ惜しいとポーは感じた。
仲間になって欲しいと思った。
「死んで欲しくない」
「おう。止めようぜ」
追跡を始めてしばらく走り続けて、二人はポツンと木々の間に建つ小屋に辿り着いた。
「あそこだ。足跡はあの小屋に続いてる」
レオリックスは弓を握る。
ポーは篭手の具合を確認すると、扉を慎重に開けた。
室内は何も無く、椅子が一脚あるだけだ。
「……誰もいない」
抜き身の短剣を身構えつつ、部屋を調べて回る。
床や壁を叩いて抜け道がないか探していると、レオリックスが小屋に入ってきた。
「どうだ?」
「………! 見つけたぞ」
床の一部が空洞であることを突き止めたポーは剣で床板を壊すと、地下に下りる階段が現れた。
むわっと血の臭いが漂ってきた。
「う……」
「強烈だな」
多くの人が血を流した見えない証だ。
おそらく生きてはいないだろう。
ポーは剣を抜き、レオリックスも弓を引っ込め剣を抜く。
「行こう」
松明を点けて、二人は階段を下りた。
水滴が零れ落ちる音が波紋のように広がり、鮮明に耳に響く。
階段は下に長く長く続く。
ようやく到着したのは人の手で造られた広間。
折り重なる首と胴体が切り離された死体の数々。
そして生き延びた断頭台国の残党、十数名が呆然と座り込み、天井を仰いでいた。




