同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編22
軍師という人物は剣を振るわない。
多くが単純に戦闘力を身に付けていないため、常に護衛がいる。
しかしそれ以上に軍師は軍全体の行動、作戦を描いて動かす者だ。
人間で言えば脳の役割を担い、肉体に指示を出して手足を巧みに動かす。
頭を失った肉体はどうなる?変わらず巧みに動くだろうか?。
言うまでも無く不可能だ。
だから軍師は常に安全地帯に己を置く。
軍師に必要なのは逃げる力だ。
「けどさ、お師匠様は剣の腕もすごいじゃないか!」
年若い少女のシデは不満で口を尖らせた。
師匠の男は苦笑いしながら、膝にのせた刀の鍔を撫でた。
「そりゃ俺は元々、軍師じゃねぇからよ。相棒と一緒に戦場を渡り歩いてきたんだ」
「そこだー!なんでお師匠様はあたしに剣を教えてくれないんだ!いっつも軍学ばっかりでさー!」
「阿呆!そもそも兵法を学びに来たのはお前だろうが!剣を教えるなんて言ってねえ!」
木杯のお茶を啜りながら、師匠の男は不満一杯のシデの肩を叩いた。
「……シデ。生き方は何度間違ったっていい。その都度、やり直せばいいだけだ。けどな、間違ったまま死ぬなよ。お前がそんな死に方したら、俺はむちゃくちゃ悲しいからな」
師匠の男の見たことのない表情を、シデは目に焼け付けた。
何十年も前のシデの思い出だ。
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歩きながらシデは一瞬、夢を見た。
「…………今になって……」
背中にはアルバートを背負っていた。
右目は斬られ潰れていた。
アーネストとクーリーはシデの予測を超えて手強かった。
クーリーが卓越した戦士なのは重々理解していた。
予想外はアーネストだ。
メイドだと思っていたら、中身は勇敢な虎だったのだ。
「年老いたかねぇ……戦士を見抜く力も衰えたか」
その代償が右目とは安いのか高いのかわからない。
「…………はは、うえ……」
アルバートは寝言で母親を呼ぶ。
「ーーー先生……あたしは間違ったままなんですかねぇ。まだ…やり直せるんですかねぇ……」
もういない、父親同然だった人にシデは縋るように問い掛けた。
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「アーネスト!クー!」
家に帰り着いたポーとレオリックスは、倒れているアーネストとクーリーに必死に呼びかけるベアトリスを見て急いで駆け寄った。
「傷は⁉」
「見たところ…深い傷はないな。目立つのは打撲ぐらいだ。とはいっても…」
アーネストの腹部に触れると、アーネストは苦痛の声を上げた。
「骨にヒビが入っていてもおかしくない」
「早く家の中に運ぼう」
家の中に運び込み、二人を寝台に寝かせる。
お湯を沸かし、怪我をした部分に塗り薬を塗り、痛み止めの葉湿布を貼り付け、包帯でしっかりと巻き付ける。
「いったい何があったんですか?」
「えぇと…」
ベアトリスは一連の出来事を二人に話す。
「おいおいおい…嘘だろう。シデの婆さん、何を考えてんだよ」
「……レオリックス、タイミングが合ってないか?」
「何がだよ?」
「西夏国の反乱だ。それに例の紋章。断頭台国の紋章も同じものだった記憶がある」
「言われてみれば…でも婆さんが反乱に協力するとは思えない。それに国を滅ぼした仇敵の力を借りるか?あり得ないだろう」
レオリックスの言葉は正しい。
もしポーが同様の立場だったら協力を頼むだろうか?彼女に従う事ができるだろうか。
無理だとポーは断言できる、はずなだが、小骨が喉に刺さったような異物感を覚えた。
「あの人は…償っているように見えました」
桶の水で布を絞り、クーリーの顔を拭くベアトリスはポーを見た。
「あの顔は…私もよく知っていますから」
それは貴方の顔だと、ベアトリスはポーを指し示した。




