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アラン戦記  作者: 夢物語草子


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52/84

同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編22

軍師という人物は剣を振るわない。

多くが単純に戦闘力を身に付けていないため、常に護衛がいる。

しかしそれ以上に軍師は軍全体の行動、作戦を描いて動かす者だ。

人間で言えば脳の役割を担い、肉体に指示を出して手足を巧みに動かす。

頭を失った肉体はどうなる?変わらず巧みに動くだろうか?。

言うまでも無く不可能だ。

だから軍師は常に安全地帯に己を置く。

軍師に必要なのは逃げる力だ。

「けどさ、お師匠様は剣の腕もすごいじゃないか!」

年若い少女のシデは不満で口を尖らせた。

師匠の男は苦笑いしながら、膝にのせた刀の鍔を撫でた。

「そりゃ俺は元々、軍師じゃねぇからよ。相棒と一緒に戦場を渡り歩いてきたんだ」

「そこだー!なんでお師匠様はあたしに剣を教えてくれないんだ!いっつも軍学ばっかりでさー!」

「阿呆!そもそも兵法を学びに来たのはお前だろうが!剣を教えるなんて言ってねえ!」

木杯のお茶を啜りながら、師匠の男は不満一杯のシデの肩を叩いた。

「……シデ。生き方は何度間違ったっていい。その都度、やり直せばいいだけだ。けどな、間違ったまま死ぬなよ。お前がそんな死に方したら、俺はむちゃくちゃ悲しいからな」

師匠の男の見たことのない表情を、シデは目に焼け付けた。

何十年も前のシデの思い出だ。

ーーーーーーーーーーーーーーー

歩きながらシデは一瞬、夢を見た。

「…………今になって……」

背中にはアルバートを背負っていた。

右目は斬られ潰れていた。

アーネストとクーリーはシデの予測を超えて手強かった。

クーリーが卓越した戦士なのは重々理解していた。

予想外はアーネストだ。

メイドだと思っていたら、中身は勇敢な虎だったのだ。

「年老いたかねぇ……戦士を見抜く力も衰えたか」

その代償が右目とは安いのか高いのかわからない。

「…………はは、うえ……」

アルバートは寝言で母親を呼ぶ。

「ーーー先生……あたしは間違ったままなんですかねぇ。まだ…やり直せるんですかねぇ……」

もういない、父親同然だった人にシデは縋るように問い掛けた。

ーーーーーーーーーーーーーーー

「アーネスト!クー!」

家に帰り着いたポーとレオリックスは、倒れているアーネストとクーリーに必死に呼びかけるベアトリスを見て急いで駆け寄った。

「傷は⁉」

「見たところ…深い傷はないな。目立つのは打撲ぐらいだ。とはいっても…」

アーネストの腹部に触れると、アーネストは苦痛の声を上げた。

「骨にヒビが入っていてもおかしくない」

「早く家の中に運ぼう」

家の中に運び込み、二人を寝台に寝かせる。

お湯を沸かし、怪我をした部分に塗り薬を塗り、痛み止めの葉湿布を貼り付け、包帯でしっかりと巻き付ける。

「いったい何があったんですか?」

「えぇと…」

ベアトリスは一連の出来事を二人に話す。

「おいおいおい…嘘だろう。シデの婆さん、何を考えてんだよ」

「……レオリックス、タイミングが合ってないか?」

「何がだよ?」

「西夏国の反乱だ。それに例の紋章。断頭台国の紋章も同じものだった記憶がある」

「言われてみれば…でも婆さんが反乱に協力するとは思えない。それに国を滅ぼした仇敵の力を借りるか?あり得ないだろう」

レオリックスの言葉は正しい。

もしポーが同様の立場だったら協力を頼むだろうか?彼女に従う事ができるだろうか。

無理だとポーは断言できる、はずなだが、小骨が喉に刺さったような異物感を覚えた。

「あの人は…償っているように見えました」

桶の水で布を絞り、クーリーの顔を拭くベアトリスはポーを見た。

「あの顔は…私もよく知っていますから」

それは貴方の顔だと、ベアトリスはポーを指し示した。

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