同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編21
「これって……痛ッ!」
首輪に触れたアーネストは強烈な痛みを感じて手を引っ込めた。
「…拒絶してる…?誰が?ううん、アルバートね。魔法を未発動状態に抑えてるのね」
逆に言えばいつ発動してもおかしくない状態でもあるのだとアーネストは推察した。
「クー!お嬢様を奥の部屋に」
「アーはどうする?」
「この魔法、いじってみる」
革袋から孔雀の羽の筆と、灰と数種類の粉を溶かした水を用意した。
「動かないでよ」
筆先を水につけて首輪をなぞる。
アーネストの母方の祖母は"善き魔女"だ。
人の世と交わった魔女は二通り、"善き魔女"と"悪しき魔女"だ。
アグラオニケも魔女であるが、神代に属するものである。
アーネストの祖母は名声を嫌い、世捨て人同然の暮らしをしており、一族とは疎遠だったが、アーネストだけは足繁く通い、祖母から魔女の技術を学んだ。
「"妨害せよ""抑制せよ""押さえ込め""踏み止まれ"」
筆先がで首輪をなぞり続けると、アルバートの表情も段々と和らいでいく。
「…………気分はどう?」
「う、うん……平気……」
アルバートの言葉に筆を離したアーネストは額の汗を拭う。
「(なんて強い魔法なの……怖いくらい…)」
「おい。どうした?なにがあった?」
「ぼ、ぼくもわかりません……母上が……母上が……」
アルバートは錯乱状態で説明は要領を得ない。
「ーおまえ、誰か殺したな?」
「え?」
「でも変。臭いがしない。けど殺して怯えてる奴の目だ」
「どういうこと?」
首を傾げたアーネストにアルバートだけが青を真っ青にした。
「いたそ!あそこだ!」
元断頭台国の兵士達が走ってくる。
「アルバート様!」
「こ、こないで!来ちゃダメだ!」
数は八人、武装している。
クーリーが二人の前に立ち、短剣を構える。
「どけ!アルバート様を渡せ!」
「無理」
クーリーの殺気に怯まない兵士達の目は覚悟の色が見えた。
「うぅ…うああぁぁあ……」
アルバートは首を手で押さえ苦しむ。
首輪の魔力が強くなり輝きが増す。
「抑えきれないの⁉」
「アアアアアアアアアアアアアッ!」
アーネストの施した術が破れた。
八人の兵士達の首に同じく魔力の首輪が出現する。
ザシュッと音が響いて、兵士達の首筋から出血し、間もなく両断された頭が地面に落ちた。
「ーーーえ…?」
何が起きたのかアーネストは理解できなかった。
「首を切られた?」
クーリーはトコトコと頭を失った兵士の一人の首の切断面を見る。
「きれい。剣じゃ無理」
「……アルバート…あなたの仕業なの?」
泣きじゃくるアルバートは何も答えられなかった。
「断頭台は法と秩序のためにある。後の王。後の民よ。忘れるな。国の名を。その意味するところを」
語り部のように語りながらふらりとシデが姿を見せた。
「そいつは王の魔法だよ。断頭台国の建国王が使えたという、人々を斬首する魔法さ」
その手に酒瓶はなく、代わりに剣を握り締めていた。
「昔の断頭台国って国は王は貴族、国民にその魔法をかけていたのさ。罪を犯せば首が落ち、王の不敬を買えば首が落ち、不名誉であれば首が落ち、法と秩序と道徳の下にのみ生きることが許された。そんな国さ」
「……止まって」
鞘から剣を抜いて、切っ先をシデに向けるアーネスト。
「味方なの?それとも敵?」
「味方とも言えるし敵とも言えるねぇ」
シデも剣を抜いて半身に構えた。
酒に溺れた姿はどにもなく、歴戦の騎士のような勇ましい姿だった。




