同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編20
その日は空気の匂いが変だと、アルバートは言った。
アルバートも稽古に加わるようになって七日目の事だった。
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食料の買い出しに来たポーとレオリックスは、普段と違い騒がしい村民達の様子に首を傾げた。
「おい、何があったんだ?」
野菜売りの男にレオリックスが問う。
「反乱だよ。西夏国のヤルンで反乱が起きたんだ」
ヤルンは西夏国の西南部の地域だ。
「反乱?誰が?」
「そこまではわからないが、詳しく知りたいなら"雪鳥亭"に行きな。そこにいる商人が言いふらしてるよ」
ロブホークで数軒ある酒場兼宿の雪鳥亭に赴いた二人は、食堂の真ん中で大声で話す商人の男を見つけた。
「あんた、西夏国で反乱が起きたって本当か?」
「な、なんだよ。本当さ、俺がこの目で見たんだからな。危なく戦火に巻き込まれるところだったよ」
「反乱を起こしたのは誰だ?」
「そこまで知るかよ。ただ、軍旗は見たぞ。えーと、剣が刺さった台と祈る女の紋章だった。あと、反乱兵が口々に「この剣を振り上げし時、我は科人に永久の生を祈らん」と叫んでたな。なんか妙な連中だったよ、顔つきがおかしいというか…見ていて気持ち悪かった」
「なんだよそれ?」
「そこまでは知らないよ。俺はさっさと逃げちまったからな」
「そうか、ありがとな」
ポーとレオリックスは店を出た。
「疑惑の目が向くかもな」
「白雪国は西夏国の領土開発に協力している。ヤルンはその中心地だ。このクーデター、『実は白雪国の手引きがあった』とされたら…」
「同盟に対する反逆罪になっちまう」
「我々はそれを引き起こしてもおかしくない動機もある。疑うには十分すぎる」
罠にかかった獲物のような気分だ。
鉄王冠国の仕業と考えるべきかと思い至るが、ポーの感覚が暗にそれを否定した。
別の思惑で起こされ、たまたま巻き込まれた。
そう感じていた。
「戻ろう」
「おう」
二人は買い出しを中断して小屋に引き返した。
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ポーとレオリックスが外出している間、アーネストはクーリーと一緒に掃除に洗濯と慌ただしく動いた。
「あの…私もお手伝いを…」
「お嬢様はゆっくりして下さい! こらクー!力入れすぎ!服がやぶれちゃうでしょ!」
「オニババ」
「ペチャパイ」
ムスッとして不機嫌なクーリー。
朝飯が少なく満腹にならなかったせいだ。
「しょうがないでしょ。クーが大食らいのせいで備蓄が早く尽きちゃったんだから」
「はらへった」
「……あ、残りものですけどクッキーがありますよ。よければ食べますか?」
ベアトリスがクッキーを差し出すと、クーリーは喜んで受け取り口の中に放り込む。
「甘やかしちゃだめですよ…」
「でもかわいそうで…」
「アーのケチ」
「……クー太ったでしょ?ダイエットしたら?お昼抜きね」
絶望の表情を浮かべたクーリー。
扉を叩く音。
「?……誰?」
アーネストは剣を摑んで、扉越しに声をかけた。
「ぼくです!アルバートです!」
「アルバート?」
「助けて下さい!」
逼迫した声にアーネストは扉を開けた。
地面に膝をついたアルバートを見て、アーネストは一歩退いた。
アルバートの首に浮かび上がる魔力の首輪に気持ち悪さを覚えたからだ。
「それ……魔法……?」
「た…助けてください…このままじゃ……みんな死んじゃう」
アルバートは魔法を制御出来ていなかった。
「ぼくが……みんなを殺しちゃう…」




