同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編16(過去編)
どれだけの悪夢の時間を過ごしたのか。
荒々しく狂った時間がようやく終わりを告げた。
フロレンティナはそれが始まってから考えるのを止めていた。
フロレンティナは半裸で、ちぎられ破られた衣服を集めて肌を隠す。
感情は殺された。
それでもフロレンティナは涙が止まらない。
「(…………神はいない……ここは地獄なのね……)」
下腹部が痛む。
フロレンティナは兄、セオドレドに目を向けた。
同じ表情、絶望に染まっていた。
「…………なぜだ…………どうして…………こんな罪深い……」
「…………あにうえ……ははうえは…………」
「言うな!…………言わないでくれ…………」
セオドレドは急に立ち上がると、上半身裸のまま扉に体当たりした。
「もう……うんざりだ……」
扉を壊して部屋を、小屋から外に飛び出した。
「兄上!」
フロレンティナは外套を身に纏い、すぐに後を追った。
森の中へと走って行ったセオドレドを必死で追い掛ける。
森の奥深くまで辿り着いたところで、フロレンティナはセオドレドに追いついた。
セオドレドはぼんやりとした顔で空を見上げていた。
「私はなんなんだ……」
両手で顔を隠して、苦悩を叫ぶ。
「種馬のように扱われ尊厳は踏み躙られた。大切な妹を穢し永遠の苦痛を刻み込んだ。私は……」
血反吐を吐くような言葉を繰り返すセオドレドは突如として表情を変えた。
「………王族………?断頭台国……血………建国記……」
ぶつぶつと頭を巡らせたセオドレド。
「ーーー………そうか……母上は……はは……まさか…………」
何度も何度も頭を巨木に叩き付けてセオドレドは地面に座り込んだ。
「だとしたら………なんてくだらない……」
「あ……兄上……」
「妹よ……私はもっと早く決断するべきだった。母上を殺し、奴らから逃げるべきだった。そうすれば……こんなことには…………。私を恨め……愚かな兄を……」
「私は……兄上を恨みません」
フロレンティナはただ静かに告げた。
セオドレドは苦しみに満ちた顔でフロレンティナを見つめた。
「ーーーあぁ……それでも私は………」
腰に下げた錆びた刃の短剣を抜いて首筋をかっ切ったセオドレドは血潮を撒き散らしながら崩れ落ちた。
「兄上ぇー!」
フロレンティナは血を浴びながらセオドレドを抱き締めた。
傷口を手で押さえるも、とめどなく流れ落ちる血は止まらない。
「…………ゆ…………るせ………フロ……レ………」
「兄上!駄目です!兄上!」
「ーーーーーー………かえ……り………あの………そ…ら………」
セオドレドの目が光を失い息絶えた。
フロレンティナは大声で泣き、セオドレドを抱き締めた。
兄の身体が氷のように冷たくなるまで動かずフロレンティナは抱き締め続けた。




