同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編15(過去編)
その日は、特に強い吹雪の夜だった。
隙間風が家の中に吹き込む。
薪を増やして暖炉の火を強めることで寒さから逃れていた。
しかしその暖かさにホッとできるところではなかった。
ハンニガンが十人ほどの騎士を伴い訪ねてきたのだ。
痩けた顔立ちを柔和な笑みで飾り、ハンニガンは置かれた木杯に注がれた茶に口をつけた。
「うまい。姫様は茶の淹れ方がお上手ですな」
褒め言葉にフロレンティナは無言だった。
「貴族の嗜みに相応しい。ご立派です」
「……ありがとう」
「ハンニガン、茶の話しはいい。本題に入らせてくれ」
「どうぞ、殿下」
「決起はするな。祖国を取り戻すなど無理なことだ。
西夏国の統治は概ね平和で、祖国の民は平穏に暮らしていると聞く。それを戦で荒らすなど私は容認できない」
「西夏国は敵。その支配を甘んじて受け入れる民もまた敵です。なぜ躊躇う必要が?。殿下はお優しい。病気なのではないかと勘違いしてしまう程、お優しいですな」
「民がいてこそ国は成り立つんだぞ」
「いいえ。最も重要なのは…象徴です」
ハンニガンは椅子から立ち上がる。
「王は地上の代行者。王は領土の支配者。王は民草の征服者。殿下には相応しき王になって頂きたい」
「と考えていましたが」
バチンと指を鳴らすと騎士達が一斉に動き、セオドレドを押さえつける。
フロレンティナは驚くも、彼女も騎士に腕を掴まれ拘束された。
「ハンニガン!何を!」
「我等は新しい王を求めております」
騎士の一人が木杯を持ち、セオドレドの口を押さえ、無理矢理開かせた。
中は濁った黄土色の液体。
騎士はセオドレドの口の中に流し込んでいく。
セオドレドだけではなく、フロレンティナにも同じ行いをした。
「お二方には義務を果たして頂きます。その薬は飲めば理性を失い、三大欲求のうち性欲に狂うよう調合したものです」
「なんだと…?なにを…なにをさせる気だ……?」
「ごく単純です。実の兄と妹には子を成して欲しいのです」
フロレンティナにおぞましい寒気が走った。
「おのれ…逆賊…!」
「逆賊呼ばわりとは悲しい限りですな。それに殿下は誤解されているようです」
「誤解だと…?」
「これは女王陛下の望まれたこと」
セオドレドとフロレンティナは衝撃のあまり言葉を失う。
「は…母上が…?なぜ…?」
「それは直接お聞きになられればよろしい。私は命令に従うまで」
「や……やめろ……」
騎士達はフロレンティナとセオドレドを別室に押し込めた。
もがき苦しむ二人。
ハンニガンは扉に手を掛けた。
「純血の王」
扉を閉じようとするハンニガンは笑みを浮かべた。
「実の兄妹間で生まれた子は、まさに相応しい王でありましょう。吟遊詩人もさぞ喜ぶでしょう」
「ハンニガン…!」
正気を失っていく兄に呼びかけるフロレンティナは、憎しみの眼でハンニガンを睨んだ。
「これが臣下の…人間のすることなの⁉」
「臣下だからこそ王の為に手を汚すのです!人間は勝利を手にするためならどんな手段も厭いません」
ハンニガンは大口を開けて嗤った。
「では殿下、姫様。よき夜をお過ごし下さいませ。我等一同、心より御子を授からんことを祈っております」
「ハンニガーーーーーーーーンッッッ!!!」
そして扉は閉じられた。




