同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編14(過去編)
一際肌寒い日の雪道をフロレンティナは歩く。
手にはバスケットを抱え、中身はパンや野菜、干し肉などが詰め込まれている。
「(……寒い……)」
辿り着いたのはシデ・ペネンヘリが住む家。
「(……母上や兄上はこの人を憎んでいる。でも、私はどうしても憎しみがわいてこない。故郷の記憶がないから?私には…貧しくて苦しい記憶しかないもの…)」
シデは付かず離れずの距離を保ちながら、フロレンティナ達を援助している。
フロレンティナは扉をノックすると、シデが顔を出した。
「おや?またまた来たのかい?」
赤ら顔のシデにフロレンティナは眉を歪める。
家の中に入りテーブルの上にバスケットを置く。
シデの生活は酒を飲むか書物を読み耽るかのどらかで、今は酒浸りの生活に偏っている。
こうして定期的にフロレンティナが食料を運んでいなければ餓死すると思えてしまうほどだ。
ヤマモトケンイチという彼女の師匠が亡くなってから、酒の量が増えた。
「お酒を控えたらどうですか」
「酒は"生命の水"だ。やめるわけにはいかんよ」
そして前回、持ってきたバスケットを回収して、フロレンティナはいつものように去ろうとしたが、足が動かなかった。
ふと本棚に並ぶ書物を目にして、動けなくなったのだ。
「(この本の中に…私に道を示してくれる本はあるのかしら…)」
「ーーー何かあったのかい?」
「……王家の価値とは何でしょう?」
フロレンティナはぽつりと呟いた。
「国も民も喪った王家の人間に何の価値があるというのでしょう?どうしてそんな人間を欲しがるのでしょうか?」
「……価値があるとすれば、"血筋"だよ」
「血筋?」
「血筋はただの血に過ぎないよ。けど、人は優劣をつけたがるものだからね。王族、貴族、平民、奴隷。手っ取り早く分かりやすい価値が"血筋"だよ」
「……"血筋"……それが王家の価値なの……?」
ぐっと唇を噛み締めた。
言いようのない感情、不快感を覚える。
「(そんなもので運命が決められるなんて…そんなのいや……)」
無意識に両目からひと筋の涙がこぼれた。
フロレンティナは気づいていない。
シデはあえて指摘をせず、目して見守る。
「(……鳥は、飛ばしておくかい……)」
頭の中で数多の可能性を考え巡らせる。
フロレンティナはさっと足早に扉を開けた。
「気を付けて帰りな」
シデの声に応えず、家を飛び出したフロレンティナは早足で、途中から駆け出した。
持てる体力を使い切るように走り続けて、石に蹴躓いて雪の中に倒れ込んだ。
「…………嫌な世界……」
仰向けになり、大の字で呟く。
「私の世界なんて大っ嫌い……私の世界にいる人達も大っ嫌い……」
フロレンティナは未来を見て未来を歩きたい。
しかし周囲の人間が奴隷を調教するようにフロレンティナを過去の鎖でがんがらじめに縛り上げる。
「…………壊したいよ……全部……」




