同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編10
「奪われた?」
「ですから家族だなんてありえません。あの人は憎い仇です」
フロレンティナは木杯をギュッと握り締めた。
「母さん!」
シデが少年、アルバート(八歳・男)を連れて戻ってきた。
フロレンティナは穏やかな表情をキッと鋭く変え、息子の右頬をパンッと叩いた。
「ここに来ては駄目と言ったでしょう!どうして言うことを聞かないの⁉」
「ご…ごめんなさい…」
「婆が悪いんだよ。この子を怒らないでくれ」
「あなたが口出ししないで!」
シデにも手を振るいそうになり、そうなる前にポーが手首を摑んだ。
「もういいでしょう」
「…………」
フロレンティナは黙り込み、ため息をつくと腕を下ろした。
アルバートは怯え、シデもどうしたものかという表情を浮かべていた。
「……帰ります。アルバート、行きますよ」
「……はい……母さん……」
ちらりとポーとシデに目を向けたアルバートは、先を歩くフロレンティナの後ろを追い掛けていった。
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「妙なもん見せちまったね」
椅子に腰掛けたポーとシデ。
木杯に赤葡萄酒を注いで、お互いに軽く口に流し込んだ。
「気になるかい?婆とあの娘がどういう因縁なのか?」
「正直に言えば、気になります。聞いたら教えてくれるんですか?」
「教えてやるよ。別に隠してる事じゃない。あの子は、断頭台国王族の生き残りだよ」
「断頭台国⁉。シデ殿が滅亡に追い込んだ大国では…」
「そうだよ。あの国を滅ぼす手助けをしたのに、雄牛国に疑われて身を隠す羽目になった。報復して自滅に追い込んでやった後、しばらく放浪してた。そして、ある町で会ったのさ。最期の王妃とその子供、小さな兄とまだ幼過ぎる妹に」
赤ら顔でシデは苦いものを吐き出すように呟く。
「奴隷より下の言葉なんてあるのかね?そう思わずにいられないぐらい酷い有様と暮らしだったよ。
王妃は婆の顔を覚えていてね、神を呪うように呪詛を吐き続けたよ。兄は婆を睨んでいた。妹は訳がわからず泣いたよ」
なんて残酷な運命だとポーは思う。
それはベアトリスにも言える。
彼女は運命に愛されこそすれ弄ばれるべきでは無かった。
「婆はすぐにでも逃げ出したかった。けど足が動かなくてね。婆は自分の為たことの大きさに今さら恐れ戦いたのさ」
「だから、婆はどれだけ罵られようがぶたれようが構わず三人を連れ歩いた。どこに行っても安住の地はなくてね…散々彷徨った挙げ句、啖呵切って飛び出した師匠のところに転がり込んで、世話になった。そしてこの村で暮らせるようにしてくれた」
酔いが深くなり、シデは遂にはテーブルに突っ伏した。
「この婆には…なにもない……師匠も死んじまった……。教えてくれよ……「やることがあるだろう」ってなんだよ……なんでそんな遺言……残したんだよ……意味……わこらんよ……馬鹿師匠が…………」
そしてシデは寝息を立て始めた。
ポーは立ち上がり、シデに毛布をかけると、窓から外に目を向けた。
「…………フロレンティナさんは…もしかしたら…」
フロレンティナは自分と違うと感じたポーだった。




