同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編7
「これは……」
ポーは一冊を手に取り表紙をじっと眺めた。
「…………驚きました」
「全く読めない」
「がはははははは!だから見せたのよう!」
木杯に赤葡萄酒を注ぎ、シデは大笑い。
「これは…異国の書物ですか?」
「異国も異国、決して行くことができない遙か彼方の国のものさ。婆の師匠が残した形見でもある」
一冊を手に取り、ポーに突きつける。
「これは「孫子」って書物さ。紀元前500年ごろの中国春秋時代の軍事思想家孫武の作とされる兵法書。武経七書の一つだよ」
「???」
ポーはシデが何を言っているのかまるで分からない。
「くく、だろうね。婆も最初は一文も読めなかった。師匠から文字を教わってやっと読めたのさ」
そうしてシデは持つ書物をポーに押し付けた。
「やろう。読んでみろ」
「え?」
「さて…婆は朝寝をするから帰れ帰れ」
そうしてシデに外に追い出されたポーは書物を手にしばし呆然と佇んだ。
ーーーーーーーーーーーーーーー
小屋に戻ったポーは出来事を皆に説明すると、テーブルに孫子を置いてページをめくる。
「なんだこれ?まるで意味がわからないぞ」
「う~」
早々に音を上げたクーリー。
レオリックスも渋い顔だ。
「こんな文字見たこともない。せめてどこの国のものかわからないのか?」
「遙か彼方の国のものと言ってた。国名までは聞いてない」
ポーも持てる学識を総動員して考えるものの糸口すら掴めない。
そうしている間に奥の部屋の扉が開いてベアトリスとアーネストが居間に現れた。
「さて、ちゃっちゃと朝ご飯作るね。ほらテーブル片付けて」
「…………それは、なんですか?」
テーブルからものをどける中、ベアトリスは『孫子』を手に取った。
パラパラとページをめくり目を細めた。
「これは…東の日の出のヤシヤの国々の言語と似ていますね」
十二同盟諸国を含めた西の大陸は、西の日没と称され、東の大陸は東の日の出と称される。
二つの大陸は海を隔てており、その中間には大断絶と言われる底なしの長大な割れ目が存在する。
「ヘア、読めるの?」
「部分的にですが、読めます。ここは『兵と 家 大事 』と書いてあります。自信はありませんが」
「すげえ」
「ありがとう!ヘア!」
ポーは笑顔を向けてベアトリスに感謝する。
「兵と家大事。断片的でも解読できた。わからない部分は推測して埋めていく。ヘア、力を貸してくれ」
ベアトリスはコクンと頷く。
テーブルに温め直したシチューが盛られた深皿が人数分、並んで置かれた。
「まずは腹ごしらえが先でしょ」
「おー!」
真っ先にクーリーが席に着くとスプーンを握り締めた。
「そうだね。じゃ!食べよう!」




