同盟暦512年・旅立ち、ロブホーク編6
ポーは日が昇る前に家を出ると、シデの住む小屋へと向かった。
シデは庭先で煙草を吹かしていた。
「もう起きてたんですか?」
「んん?…不死鳥一族の子息殿かい?あんたこそ朝が早いんだねぇ。早起きしても何も無いよ」
「そうでもないですよ。シデ殿に会えました」
シデは皮肉げに笑い、ポーに煙草をすすめる。
「僕は吸いません」
「なんだい、騎士様のくせに吸えないなんてつまんないねぇ。それともパイプなら吸えるのかい?」
「どっちも吸いません」
「ははは!つまんない奴だね!品行方正な騎士だろうと一皮むいちまえば男だ女だ!酒も煙草も賭博も性交も抑えきれるもんじゃない。なら愉しんだもん勝ちどろうさ」
「勝者の道理、敗者の事実ということですか?」
シデは少しばかり感心したようにポーを見た。
「優れた視点だよ。忘れないことだね」
満足したシデは煙草を地面の雪に投げ捨てる。
「シデ・ペネンヘリ殿。僕に知恵を教えて頂きたい」
「知恵?知恵だって?そんなもの教えられないよ。この婆にできるのはこの脳みそに叩き込んだ知識と歩んだ経験を聞かせる事ぐらいさ。しかも何の価値もないときた」
「僕にとっては黄金です」
軍師として諸国に名声を響かせたシデの知識と経験はこのまま失われてはあまりに惜しいとポーは思った。
「……嫌だね。婆はなにもせんよ。もう…なにも」
その時、一人の髪の長い女性フロレンティナ(女・32歳)が町の方から歩いてきた。
腰まで届く赤髪に整った顔立ちをしている。
手に持つバスケットには果物やパン、肉や野菜が見える。
フロレンティナはポーに会釈する。
そして家の中に入るとテーブルにバスケットを置き、すぐに家を出た。
「いつも悪いね」
シデは声をかけるも、フロレンティナは一瞥することもなくそのまま無言で立ち去っていった。
「ご家族、ですか?」
「そんなんじゃないよ。長く面倒は見たけどねぇ」
「(あの人の目に…敵意が見えた)」
シデは懐から短剣を出すとポーに投げ渡す。
「知ってるかい?」
「……いいえ」
「だろうさね。三十年前に婆が滅亡の道筋を描き現実にした国の証。その紋章は断頭台国の国印だよ」
「これが…」
「小国の雄牛国に召し出されて無理難題押し付けられ、何とかやり遂げ相応の金銀を要求すれば謀反を疑われたときたもんだ」
「それで最期は報復したと?」
「馬鹿言うんじゃないよ。勝手に自滅したのさ。長年の主人を殺して地位を奪い驕り高ぶった末路さね」
苦み走った顔はシデの歩んだ道のりがいかに苦難に満ちていたものなのかを悟らせた。
「話が逸れたね。婆が名を馳せた理由を知りたいかい?」
「是非」
シデは立ち上がると家の中に入り、ポーを招く。
中は外の寒さを吹き飛ばすように暑く、鉄の鍋が火にかけられていた。
部屋の隅に置かれた木箱の錠前を外して、シデは数冊の書物をテーブルの上に置いた。
「これが婆の知恵だよ」




