同盟暦512年・白雪国7
強く響くポーの声。
しばしの静寂が流れ、一人の年老いた文官が呟く。
「国の危機を回避したのに、再び国を滅亡の危機に追い込むつもりか…」
声は疲れ切り、悲哀で満ちていた。
「ヘリオガバルスを殺せば同盟の歴史上、類を見ない事態を引き起こす。下国が上国の、それも盟主の座にある王が死ねば結束は崩れる。同盟全土が内乱の炎の渦に呑み込まれるだろう。その火種を撒き散らすつもりか」
「僕は王の仇を討ちます。何と言われようとも」
「小僧っ!わしは国の事を話しているのだ!」
「僕は王のことを話しています!」
ポーと年老いた文官が睨み合う。
「よう言ったわ。わしはそやつを支持するぞ」
レイモンドはポーに歩み寄ると首に腕を回した。
「わしは先王の頃より王に忠誠を誓った。王のためにこそ剣を振るうまでよ」
「ガーラーン卿!貴公の発言は騎士総長にあるまじき言葉だぞ!」
「どこがだ!王の無念を晴らせずして何が騎士だ!わしの心はもはや決まったぞ!」
静寂は破られ再び喧々囂々の応酬が始まろうとする。
「マサが陥落した」
イスマイルは事もなげに言った。
「その目で見たか?」
「僕は見ていませんが、仲間が確認しました」
「ここ、王都の喉元を守る最初の重要拠点だ。そこを鉄王冠国軍が攻め落とした」
「それではもう戦争だ…」
「敵はマサから動いていない。なるば打つ手はある」
カルロスが苦り切った顔を浮かべた。
「マサは、白雪国の領地にあらず。すでに鉄王冠国に譲渡している。かの軍が駐留している事を逆手に取り、あえて正当性を与える。マサは国境の都市だ。いずれ取り戻せばいい。まずは戦争を回避する手段が優先だ」
「ふざけるなっ!!!」
マサ出身の者達が怒号を飛ばした。
「マサは俺達の生まれ故郷だ!それを見殺しにしろだと!もう一度言ってみろ!二度とその口を開けなくしてやる!」
「殺してやる!」
殺気立ったマサ出身者達、特に武官達は剣を抜いた。
「ガーラーン卿」
「おう」
「剣を抜いた者を退出させろ」
レイモンドは警備兵に命じて、剣を抜いた武官達を室外に追い出した。
「バウル卿の案は考慮する必要はある。皆、その点は忘れるな」
「ならばまずはどうするつもりじゃ」
「なにもしない」
イスマイルは席から立ち上がる。
「とりあえず好きにさせるさ」
イスマイルはそう言い残して評議会を出て行った。




