同盟暦512年・暗躍公3
馬車から離れたところに天幕を張り、ポー、テュルパン、ハーレクインの三人が中に入った。
「皇帝陛下の使者が私を訪ねてきてね。直々に勅命を下したのが始まりさ」
「…………」
「君達も知っての通り皇帝陛下は性的倒錯者でね。夫もいれば妻もいる。夫の前では女装して貞淑な妻として振る舞い、夫の暴力にも歓喜する変態だ。妻の前だと生来の男、夫として接するけれど痛めつけた妻の涙や肌を舐めることに快感を覚えるこれまた変態だ」
愉しそうに話すハーレクインにポーは殺意を感じる。
「諸王、功臣も随分と諫めたけど全て徒労で終わった。それでもダミートリアス王だけはことあるごとに諫め続けた」
「……その事が王を死に至らしめたと?」
「いいや。気に食わなかった事は確かだろうけど、それだけさ」
「では何が原因だったのです?」
「美さ」
「は?」
「美しさだよ。花も恥じらい妖精も口を噤んで見惚れてしまう美貌が、皇帝陛下を狂わせたのさ」
ハーレクインが吐いた煙が人の形を作る。
それは事件が起きる前の、白雪姫と呼ばれたベアトリスの姿だった。
「言っただろう?陛下は"女"でベアトリス姫の美しさに嫉妬で狂い、"男"として蹂躙し支配したい欲求に駆られたのさ」
「…………狂ってる」
「本人はいたって正気のつもりさ」
「正気であれば、あんな行いは決してしないでしょう」
「狂気と正気の判断を問うなど無益なことはどうでもいいだろう?君達が知りたいことは「ベアトリス姫が何故?」という点だ。まあつまりはだ、陛下に妬まれた上、恋い焦がれてしまわれたということだ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
三人がいる天幕を眺めるレオリックスは不満げに頭をかく。
「虱。飛ぶ。やめろ」
「失礼だな!俺は身綺麗だぞ!」
「嘘。臭い」
「そりゃお前だって……」
クーリーはレオリックスのすねを蹴った。
「お前な…」
文句を言いかけて、クーリーが抜き身の短剣を手のひらで回しているのを見てレオリックスは文句を呑み込んだ。
「にしても…テュルパン様はどうしてあんな奴と話しをするんだ。あいつは間違いなく仇敵だぞ」
「テュルパン様。聡明。考えがある」
「そんなこと分かってるが…割り切れるもんじゃない。それにグリマルディ暗躍公の逸話は洒落にならないものばかりだ。…グリマルディを壊滅させたのを知ってるか?」
「?壊滅?」
「奴は生まれ故郷グリマルディの公爵家の嫡男だった。なのに"人がどれだけ馬鹿なのか知りたい"って理由で、住民に恐怖と疑心暗鬼、不信感と敵意を持たせて扇動し殺し合いをさせたんだ。200万人いた市民は一ヶ月で30万人まで減った。殺し合った末さ。この事件がきっかけでグリマルディ公爵家は潰され、住民は離散した。その後も色んな事に関わって煽って弄んで嗤うような事を繰り返したため、奴はグリマルディ暗躍公と呼ばれるようなったのさ」




