同盟暦512年・脱出行11
ゴドルドが敗死したことで配下の兵は武器を捨て逃げ出した。
しかしアグラオニケは彼等を許すつもりは毛頭なく、杖を掲げて呼びかけた。
「鉄の時代より始まりし怨みを晴らすがよい。我が友等よ」
地面が激しく揺れた。
無数の木々が大きく揺れて地面を揺り動かしていた。
地中からいくつもの木の根が飛び出し、鉄王冠国の兵達を絡め取る。
悲鳴を上げる兵を、木の根は無情にも地中へと引き摺りこんでいく。
「森が…怒ってる?」
「当然であろう。人間が鉄を造る技を生み出して以来、どれだけの森が殺されたと思っておる。若木を刈られ、老木がどれだけ嘆いたと思う。森が人間を愛しておるわけがなかろう」
そうして一人残らず、鉄王冠国の兵は地面に飲み込まれて消えた。
森が静けさを取り戻し、アグラオニケもまた静かに佇む。
「お前達は償いをした。無断で踏み入ったことは許そう」
「アグラオニケ殿。感謝致します」
テュルパンは片膝をついて頭を下げた。
他の全員もまた同じく方膝をつき感謝の声を上げた。
「よい。人間の礼などいらぬ。妾の気が変わらぬうちに森を出よ」
「我らは北の地に一日も早く帰るべく森に踏み入りました。されど迷い出口を見つけられずにおりました。魔女アグラオニケ殿、どうか道を教えて頂きたく」
「……ふん」
アグラオニケは馬車を一瞥した。
「よかろう」
アグラオニケは口笛を吹き、一匹の雀を呼んだ。
「この者が案内する」
「ご恩、決して忘れません」
アグラオニケは馬車に歩み寄った。
「……今はただ眠るがいい」
そう言い残してアグラオニケの身体が霧に包まれ、そしていつの間にか消えた。
「……はぁ~…」
ポーは剣を鞘に収めた。
ゴドルドの転がる首級には目もくれない。
「さて…ポー。こちらに来なさい」
テュルパンに呼ばれたポー。
両手をつかまれる。
手のひらは火傷していた。
「使わせるつもりで渡したのですが…無茶をしましたね。魔力を込めるとは」
「す…すみません」
「刀身に刻まれた言葉はダミートリアス王のもの。貴方ではありません」
小瓶の薬液をかけるとポーは激痛に顔をしかめた。
「我慢なさい。貴方は騎士でしょう」
「はい…」
「…人を殺しましたね」
ブルブルと震えるポーの手をじっと見るテュルパン。
「…………」
「怖いですか?」
「こ、怖くなんて…!」
「恐れなさい。人を殺す恐怖から目を背ければ、あなたは人ではなく、人の形をした血に濡れた剣として生きることになります」
手当を済ませたテュルパンはポーの両肩に優しく手をのせた。
「私はそんな君を見たくありません」
「…………はい……」
テュルパンの言葉に強い叱責が含まれており、ポーは項垂れた。




