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音色に誘われて

 りんごが廃材でちょっとした“オンガク”を披露すると、部屋にいたみんなは絶賛し、こぞってまねをしたがった。

 音を聞きつけた他の住人たちもそれに続き、みんなそれぞれ何かを叩いたりこすりあわせたりし始める。


 本館からこぼれだした旋律は検査棟まで届き、フライパン娘はベッドを飛び出しやってくると、片眉を上げたり、ふくれっ面をしたり、顔を真っ赤にしながらも、トォテテ、テテテイと、誰よりも一番上手にやってみせた。


 最初のうちは丘で聞かせ合っていただけだったのだけど、次第によその集落から聞きに来る人も現れだした。

 そしてそれが持ち帰られて、あちらこちらでもまねされ始めた。

 つまりはりんごがブームの火付け役になったわけだ。

 ところが、りんご的には観客は人間よりもネコとかカッコウやタヌキ、野ネズミなんかでお願いしたいところだった。

 音楽文化が死滅していても、DNAに刻まれているのか、小一時間くらいでりんごよりもよくできるようになる人が続出したからだ。


 それでも「偉大なかこびとが考え出した」ことになってしまっていて、始祖としてやってみせてくれとせがまれてしまうのだった。

 ドレミの歌でもきらきら星でも、みらいびとたちは拍手をしてくれたけれど、“プロの音楽”を知ってるりんごとしては恥ずかしいったらなかった。


 楽器に関しても、子どもの工作程度なら何か作れるので教えてみようと思っていたものの、ナオシや湿りの村の“ツクリ”がすぐに打楽器と弦楽器を生み出したし、やっぱり音楽には欠かせない歌についても、楽器を持たない人が合いの手を入れているので自然に生まれてきそうな感じがある。


 もっとも、ストロングさんとナオシは初めに倣って「めざめの応援」ばかり唱えていたし、なんだかんだで元気になっためざめ当人まで「めざめよくなれ」を連呼してしまっていたので、そろそろ歌詞のほうもなんとかしないとという感じだったけれど。

 りんごはもともと、小さな物語や詩を記すことは趣味でやっていたものの、この流れで自分の作詞までさらされることになったらと考えると、まっかに熟して割れてしまうに違いないと思った。


「はあ、今日もまた追いかけられるのかな……」

 寝起きのりんごはため息をつく。そのりんごの髪をとかしてくれているのはかぐやだ。

 かぐやは制服を借りたさいに、りんごの持ち越し品の中に手鏡やブラシがあるのを知った。

 彼女は遠慮がちにもやっぱりそれを借りたがって、朝早くに部屋を訪ねてくるのだった。

 そうこうしているうちに、この部屋に並べられるベッドが二つに増えたのだ。


「仕事が終わったら“秘密基地”に避難しようよ。いい感じにできてきたから、楽しみ」


 早朝からしばらくは、静かの丘もその名の通りに過ごすことができる。

 いくらオンガクブームとはいえ、みんなはまずは自分の役目を片づけることを優先する。

 ここのところのりんごとかぐやは、果樹園の手伝いを済ませたら、あまり人の来ない場所へ撤退していた。

 なぜ、果樹園なのかというと、めざめがケガで七年リンゴの木の世話ができない状態なので、その代役を仰せつかっていたからだ。


 仕事を済ませ、静かな空間でふたりきり。

 コンクリートの小部屋。危なくないように瓦礫や廃材を片づけて、とっておきの割れた鏡を壁に飾って。

 りんごとかぐやは、そこで“とあるもの”を作っているのだ。


「私に似合うかな。今度こそカリトを驚かせなくっちゃ」


 この前の制服の披露での敗北以来、ふたりはかぐやの新衣装の製作に励んでいた。

 音楽に慣れ親しんでいたりんごがブームを起こせるのなら、多くのファッションを目にしてきた彼女はモードだって作れるかもしれない。

 材料は布切れやシート、大ネズミの皮、ケーブルやら何やらだけど、きっとかぐやのカワイイを引き立てることができるはずだ。


「でもやっぱり、材料が足りないね」


 作業は行き詰っていた。

 なんとか裁縫してパンツルックを再現してるのでシルエットは悪くない。 

 快活なかぐやによく似合うと思う。けれど、材料のどれもがくすんだ色だ。


「どうしよっか。今日も何か勉強する?」

 りんごは訊ねる。

 ここのところハカセとは話せていない。あの日からずっと気まずいままだ。

 かぐやもりんごに合わせてハカセの勉強会に参加しなくなっていたので、りんごが代わりに文字や計算を教えていた。


「漢字がいいな。あのね、りんごちゃん」

 かぐやはちょっとはにかみ、手をうしろに回して身をよじった。

 それから、「私の名前って、漢字で書いたら、どんな字になるの?」。


 かぐや。かぐやの字。


 姉に紹介して貰った古い文献では、かぐや姫のかぐやは「赫夜」という字を当てていた。

 「赫」の字は赤いとか、勢いがある、かっとなるとか、威嚇(いかく)の意味がある。


 これは彼女には似合わないと思うし、りんごは個人的にこの字面も苦手だった。

 木がふたつの林は小学生で習うし見慣れているからいいけど、赤がふたつの赫はどこか不気味に思えたのだ。

 元の時代で見た、ふたつ頭の蛇の写真とか、こちらの時代で出くわした奇妙な生物に、どこか似ている。


「いくつかあるけど、やっぱり、これかな」


 りんごは床に石をこすりつけ、光、軍、夜と並べていく。


「光と夜は教わったけど、この光の横にくっついてるのは?」

「これは、軍っていって、チーム、集団の意味だよ。光がたくさんで、輝く。輝く夜で輝夜」


 解説をしてやると、かぐやは「すごい! 素敵だよ! ありがとう、りんごちゃん!」と言って、ぎゅっと抱きついてきた。

 それから、すんと鼻をすすると立ち上がり、崩れたコンクリ壁の向こうに遠く見える海と向き合った。


「今日も海、静かだね」

 りんごは桜色の海を見る。白く輝く水平線は素敵に思える。

 けれど、かぐやは不安そうに見つめていた。


 彼女は海が嫌いだ。嵐の大洋に父を奪われ、“イルカ”という生物に友人を殺されている。

 それがりんごの知るイルカと同じ生物なのかは分からないけど、やつらは嵐の大洋が穏やかな日が続くと、陸地に現れることがあるという。


「カリトのこと、心配?」

「あいつは昔からああだから。それに、今日はストロングさんたちもいるし」


 言葉とは裏腹に、かぐやはくちびるを噛んだ。

 普段はカリトが肉や魚を獲ってくる。

 けれど、海が凪いでいれば漁をするチャンスとなるので、ほかの力自慢もいっしょに出掛けて行くのだ。

 海が静かなのは、ニ、三日なら問題はないのだけど、それ以上続くようだと、“イルカ警報”を出して静かの丘のみんなは付近の集落に知らせ、もっと内陸へと避難をする。


 ふたりは静かの丘に戻り、仲間の帰りを待つ。

 めざめが廃材の楽器をテテテイとするのを聞いていたけど、かぐやはぼんやりとしていた。


 大丈夫だ。カリトたちはちゃんと元気に帰ってきた。

 それから、数日のあいだ出掛けていた“あるふたり”もおみやげをかかえて帰ってきて、りんごとかぐやは笑顔になった。


 戻ってきたのは“ひろい”と“あつめ”のふたりだ。

 りんごよりも少し年上っぽい男女で、丘から離れて廃虚や瓦礫を探索して使えそうなものを見つけてくるのが仕事だ。

 なんと、今回ふたりが持って帰ってきた宝物は、たくさんの布。

 破れた服や汚れたズボン、それから、まだ色鮮やかな布地があった。


 ふたりはりんごが目覚める前に出発していたために、今日が初めての顔合わせだった。

 だから、歓迎のお祝いとして、優先して欲しい布を持っていっていいと言ってもらえた。

 りんごは気に入った赤い布を貰い、かぐやも「明日が楽しみ」と古着を胸に抱きしめた。


 ところで、りんごはまた一つ死んでしまった文化を見つけた。

 かぐやに「ひろいさんとあつめさんはカップル? 結婚してるの?」と何の気も無しに訊ねたのだが、首を傾げられた。

 どうやら「結婚」という概念は、少なくともこの界隈では失われてしまっていたのだ。

 聞くところ、婚礼が不在の一方で、葬儀やお見舞いはあるようだ。

 「祝い」についても大きな欠けがあった。カレンダーが存在しないために記念日も無いのだ。

 時間を示すものは、豊かの城の果樹園の木々の成長と、そこで時を数えている“カゾエ”だけだという。


 だから、自分の年齢を把握していない人も多い。

 めざめは母親があんなで、七年リンゴの木を頼りにしているし、かぐやも今は無き両親が伝えていたおかげでりんごと同い年だと言えていたけど、そもそも、りんごの生まれた時代とは一日の長さも違うし、一年の長さもどうなのかあやしい。

 かぐやと歳が違ってたとしても関係に変化があるわけではないものの、りんごはやっぱり誕生日のお祝いができないのは寂しいと思った。


 もしも、月があれば。

 あの夜に一瞬だけ姿を現した電子の月を思い出す。


 太陰暦というものがある。古典か歴史で習ったか、姉から聞いたか。

 とにかく、月の満ち欠けで年月を数える方法。

 太陽暦などに比べてずれが大きいというけど、それはあくまでも月のあった時代での話だ。 

 春夏秋冬の消えた今なら、電子の月が刻む月齢だけでも、有用なカレンダーが作れるのではないだろうか。

 月が空に映し出されたということは、どこかにまだ使える投影施設があるはずだ。

 どこにあるのだろうか。自分にも修理できたりしないだろうか。


 トォテテ、テテテイ。


 めざめがひろいたちにオンガクを披露しているのが聞こえる。

 それに他の人が「はいはい」と拍子を入れて、ちょっとしたリズムができあがっていた。


 りんごは誘われるように静かに口ずさむ。


「月が出たでーた、月が出た」


 これもまた姉いわく、ずっと昔の炭鉱労働者が歌っていた民謡で、盆踊りにも使われていたという曲の歌詞。

 この一節しか知らなかったし、月夜のお茶会に出されたうんちくとしても、りんごの思う月のイメージにしても「カッコ悪いよ」と姉を非難したものだ。


 けれど、なんとなく今はこの陽気な調子の歌がぴったりな気がした。

 りんごは、「月よ出ろ出ろ、月よ出ろ」と変えて、今度ははっきりと歌った。


 最初に続いたのはかぐやだ。それから、めざめ。

 初めてオンガクを聞いたふたりも楽しげに声をあげ、次第に大きな合唱となる。


 とても愉快で素敵なものだったけれど、短いワンフレーズだけで、単調で、どこか不完全で。

 それはリズムを取っていためざめの執着心によって、ずっとずっとリピートされ続けた。


 視界のすみに、ねむりがいる。

 彼女は「月よ出ろ」にいざなわれて外から戻ってきたようだけど、合唱には参加せず、じっとりんごを見つめていた。


 そろそろ疲れてきたと脱落者が現れだす。

 すると、外で獲物の処理をしていたカリトが「大変だ!」と叫びながらやってきた。


「みんな、遊んでる場合じゃない。あの音だ、あの音が聞こえる!」


 あの音?

 りんごは首を傾げる。

 みんなはオンガクをやめると、つぎつぎと外へ駆けだした。



 きゅーーん、きゅいーーん、ほわーーん。



 きゅーーん、きゅいーーん、ほわーーん。



 ピンクの星空いっぱいに、可愛らしくて不思議な音が反響している。


「わたし、聞いたことがある。……歌、歌だ」


 りんごはこの音を知っていた。

 これは、とある動物の歌声。

 あるいは鳴き声、交信。


「どうしよう、りんごちゃん。あいつらだよ、あいつらがやってくる!」


 かぐやが今にも泣きだしそうな顔でりんごを揺さぶる。


「夜に来るなんて初めてだ。それに、前とは聞こえ方が違わないか?」

 ハカセが問うとカリトがうなずき、海とは少し違う方角を睨んだ。

「数も多い気がする」

 先ほどの合唱のように、声は折り重なるように響いている。


「急いでみんなに知らせなくては」

 ハカセは言った。イルカたちのリフレインが、始まる。


***

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