Invasion_7
書いてて、むずむずしました(吐)
「ケンジ。君が闘う理由はなんだ」
格納庫内の待機所で出撃を待っていると、姫様から唐突にそんなことを聞かれた。
会議から六時間が過ぎ、今、格納庫では僕と姫様のナグルファルが作戦に向けて、突貫で改修されている。担当する魔術兵として作業に加わっていたのだが、目処が付いたため、姫様とともに休息していた。
あまりにも唐突なその質問だったから、どうしたのですかと尋ねようとしたが、姫様の真剣な表情を見て、口を紡いでしまう。
「以前から気にはなっていた。だが、君がその手の話題を避けている、いや、隠そうとしていると私は思っていた。だから、アイバック大尉に君が問われたときも話を止めさせた」
僕は、無言で姫様の言葉を聞く。
「しかし、先程の会議での発言を見て、私は君に問わねばならないと感じた」
虚偽を許さない姫様の美しい蒼い瞳を受け、努めて冷静に、僕は言葉を選んで答える。
以前にも、お話しましたが、特別なことではない、と。難民となった僕がエルクラム王国で市民権を得て、安定した生活、いや人生を過ごしたいからです、と。
「それだけではないのだろう?……勘違いをしないで貰いたいが、これでも心配しているのだ。同じ地球人を殺さなければならない軍人へと志願し、自ら危険な作戦を提案する君の状態は私から見て───危うく思う」
姫様の労りが心にしみる。
本当に、昔、助けられてから彼女には頭が上がらない。
確かに………先程の言葉も嘘ではない。両親を失い、平和とは程遠い世界になったからこそ、僕は平穏に生きたいと願っている。
ただ一方で、闘う理由がある。
それは、あなたがいらっしゃるから、
「私?」
命を救われた、あなたに恩を返したい。
それが私の戦う理由です。
「それは……違うであろう。それのどこに君の願いがある。私は……君が思うほど大した人物ではない」
不意に姫様の表情が曇る。初めて見る姿であった。
常に凛々しく、王族としての立ち振舞いをしていた彼女が見せた弱さ。
「私は───地球にいる父親と母親を救うために闘っている」
一瞬、戸惑いが生まれる。
それは、一体どういうことなのか?第四皇女であるシンファの父親というのは国王陛下ではないのですか?
「いいや、父は現エルクラム国王の弟にあたるのだ。私は両親にとって一人娘でな……あの日までは、両親と共に穏やかな日々を過ごしていた」
あの日?……まさか。
「アベンエズラ攻防戦が起きた日だよ。当時、緊張の高まるラーズ連邦とエルクラム王国の関係を改善しようと、都市では地球に向けて、使節団が派遣されようとしていたのだ。その中に私の両親もいた」
姫様の口から語られたのは僕の初めて知る情報だった。
そうか、だから、僕が助けられたあの日、姫様はアベンエズラに居たのですね。
「関係の悪化していた地球へ私を連れては行けなかった。見送る私の前で、両親を乗せた使節団は地球へと飛び去り───そして、戦闘に巻き込まれた」
淡々とした口調で語られる内容。
「そこからは、君とほぼ同じような状況だろう。突然始まった戦闘にわけも分からず、私は護衛ともはぐれてしまい、都市から逃げようとして、君と出会ったのだ」
姫様も同じだ。連邦と王国が開戦する切っ掛けとなったアベンエズラで、その後の人生を大きく狂わされた。
僕は少し躊躇いながらも、聞く。地球にいる両親を救いたいというのは?
「………生きてはいるはず、地球で軟禁状態と聞いている。連邦にとって王族の一員である両親は外交に使えるカードの一枚だ。戦争中の相手に対して、いくらでも利用価値はあるだろう」
吐き捨てるように姫様は、その事実を口にする。つまり、彼女の両親は人質として、今、地球にいるということか。
姫様が躊躇いながら、こちらに目をやる。
「もう分かるだろう?……両親を亡くした君にとって酷なことを、私は願っているのだ。もう一度、父と母に会いたい、そのために私は戦う。王国が勝利し、両親を天球世界へ連れ戻すために」
ああ──ようやく姫様が僕に対して、何か躊躇いを持っていた理由が分かった。単純だ。僕の両親は死んだ。けど、彼女の両親は生きている。
僕がどれだけ願おうと両親に会うことは無理だ。一方で、そんな僕の前で、救いたいと、自分の思いを口にすることなど彼女には出来なかったはず。
これまでの互いの関係を壊してしまうかもしれない覚悟。
心中を明かしてまで───向き合ってくれた姫様の想いに僕も答えなければならない。
ありがとうございます、姫様。僕などに話してくださって。しかし、それを知った今でも、僕の忠誠は変わりません。
「なぜだ?なぜ、そこまで私に尽くそうとする?分からない、君のような者は初めてだ」
あなたをお慕いしているからです。
「………なっ!?」
あの日、救われてからあなたに憧れました。ですが、同じ魔術兵となり、共に過ごすうちに、僕はあなたの傍で支えになりたいと願うようになりました。
「ま、まて。君はこんな所で何を」
姫様が話してくださった境遇も、志も、決して幻滅するものではありません。むしろ、姫様が王族としてだけではなく、一人の女性として苦悩されていることを知ることができ、僕の思いは一層強くなりました。
「~っ!女性として、とはつまり、そういう…」
僕は相棒として!姫様をお慕いしたいのです!
そのためなら、僕は闘えるし、命を賭けられる!
「………相棒?」
ふう。と一息つく。少々熱の入った僕の決意表明を受けて、姫様はあっけに取られたまま固まっている。
先日、墜落してから旧フラ・マウロ市廃墟で姫様に誓った相棒表明は決して、軽い気持ちではないことが彼女に伝わっただろうか?
僕の気持ちはあの時から変わらない、おこがましいことかも知れないが、姫様の相棒として、僕はラーズ連邦とも、地球とも戦ってみせ───イタイ、痛いです。姫様、頬をつねらないでください。
「君というやつは!わざとなのか!?人の気持ちを弄んで!」
顔を赤面しながら、僕にあたる姫様。
これは。どうゆうことだ?悪い印象は与えていない気もするし、何か間違いを犯した気もする。
「はぁはぁ、君の気持ちは分かった……いいのだな、君も巻き込むことになるぞ?」
こちらこそ、僕を傍に置くことをお許しいただきたい。
違う星の出身ですが、この心は姫様と共に。
「だから、そういう言い方は──まぁよいか。悪い気はしないからな」
少し、そっぽを向きながら姫様は僕の発言を肯定してくれた。
よく見ると、彼女の長い耳も、赤くなっていた。
二人の間に温かいものが流れるのを感じる。お互いの気持ちをさらけ出した僕達の関係は、一歩近づいたように思う。
≪監視部隊からラーズ連邦の航空部隊の接近を確認した。全魔術儀は戦闘準備、随時、発進せよ!繰り返す発進せよ!≫
格納庫内に警報が鳴り響いた。
それまで、騒がしく作業していた人々が、手と足を止め、館内通信に耳を傾け、行動を開始する。遂に備えていた時がきたのだ。
僕と姫様は互いに目を合わせる。
言葉を交わさず、互いに握りこぶしを合わせた後に、改修の済んだナグルファルへとそれぞれ搭乗する。
連邦の航空部隊には、間違いなく新型機XAF-04ルークがいるはず。
僕と姫様にとって文字通り、命をかけた戦いが始まる。
はい!会話パート終わり!次回から戦闘!!