Invasion_5
プロのおっさんと、しこたま語り合う回です。
旧フラ・マウロ市。
人の居なくなった廃墟に僅かに光る場所がある。
緊急用のライトを使って、僅かな光源を確保した廃屋の一室、そこには三人の人物が居た。一人は僕、ケンジ・ナガイ。
美しい白銀色の髪を指で弄りながら、思案している様子の王国第四皇女、シンファ・ユーク・エルクラム。
そして、応急処置を終え、なんとか一命をとりとめたラーズ連邦の兵士。安静のため横にしているが、手足は拘束のため縛ってある。
「全く、次から次へと問題ごとが起きる。自分たちのことで精一杯なのに捕虜とは…」
姫様から溢れるため息。
正直のところ、僕の方も、かなり疲労が溜まっていた。激動の一日。撃墜されてからこれまで、ずっと働きっぱなしで、体は休息を欲している。が、目の前の連邦の男を監視しないわけにはいかない。
「私達と戦った操縦士ならば、この男は何か情報を持っているかもしれないな……例の黒鳥の戦闘機について」
黒鳥の戦闘機。
僕たちを落とした連邦の新型と思われる戦闘機。
「───考えてみれば、たった一機のAF-25が境界を超えて、さらには私達と交戦に入った状況がおかしい」
顎に手をあて考え込む姫様。
確かに………あの時、僕たちの認識ではお互いに警戒行動中の不意の遭遇戦といった所だった。戦闘を回避できる可能性はある。と、当初は考えていた。
この連邦の兵士が、僕たちを攻撃しなければならなかった理由は何だ?思い当たるとすれば、あの黒鳥の戦闘機だ。新型の情報を秘匿するために僕たちを攻撃した?
「それもありえる。単機で私達の注意を引くため戦闘行動を行い、新型機が空域を離れるために時間を稼ぐ。その後に撤退するつもりだったのかもしれない」
あるいは、と。姫様の蒼い目が細められる。
「AF-25が陽動、黒鳥の新型がこちらを落とす手筈だったか」
思い返される撃墜時の状況。
詳細不明の遠距離攻撃と、攻撃時まで探査魔術で姿を捉えられなかったこと。今、拘束しているAF-25パイロットの卓越した操縦技術───敵、新型機の試験相手に利用された?
「どちらにせよ不可解な点はある……ん?注意しろ、ケンジ。この男起きそうだ」
男が呻き声をあげ、体を動かそうとしている。
姫様に後方へと下がってもらい、僕は男に向けて拳銃を構えた。同じ地球人だが、出身の国が違うのか、肌は浅黒く、彫りの深い顔つきをしている連邦の兵士。彼の目がゆっくりと開いていく。
「ここは………」
「気分はどうだ?連邦のパイロット」
次第に周囲の状況を分かってきたのか、僕が突きつけた銃口と、自身が拘束されていることを把握したようだ。
「命があっただけ悪くはない。この拘束が無ければさらにいいのだが」
「それは出来ない相談だ、アイバック大尉」
連邦の兵士、AF-25操縦士。ハミル・アイバック大尉。
自分の名前と階級を言い当てられたことに、怪訝な様子だったが、直ぐに理由について思い当たり、不敵に笑う。
「勝手に他人の体を調べるとは、淑女のやることではないのでは?」
「失礼を、私は軍人なので。大尉の武装解除と身体検査は当然させてもらった」
ふふふ、と。姫様とアイバック大尉は敵同士でありながら、お互い牽制しあっている。緊迫した空気の中、拘束された彼がこちらを見て、眉を細めた。
「君は…地球人じゃないか?それなのに王国兵をしているのかい?」
僕は迷わず、そうだと肯定する。
アイバック大尉は信じられないものを見た、というふうに驚く。………気持ちは理解できる。地球国家であるラーズ連邦と、天球国家であるエルクラム王国の戦争で、天球人を味方する地球人がいるのだから。
「分からないな。王国に無理矢理、徴兵されているのか?」
違う。
難民となり、決して選択肢が豊富にあったとはいえない状態だったが、王国軍人になったのは、自分の意志だと僕はアイバック大尉に告げる。
「君は───同じ地球人である連邦兵を殺すことに、躊躇いはないのか?」
………それに対し、口にしようとしたところで、姫様が僕を押しのけて、庇うようにアイバック大尉の前へと立った。
「そこまでにしたまえアイバック大尉。少々、自身の置かれた立場をよく分かっていられない様子だ。あなたは捕虜として基地へと連行し、情報を吐いてもらうぞ」
「すまない、少々、意地悪が過ぎた。君の上官を怒らせてしまったようだ」
飄々とした風に、姫様の怒気を受け流すアイバック大尉。
敵の兵士相手でも、取り乱さない彼の余裕はなんだ?自分が殺されないとでも思っているのか?
彼の傷を治療したが、決して軽くはない。体力は消耗し、自分一人で歩くことすら出来ないだろう。あなたは怖くないのですか?敵兵に捕虜にされているのに。
「簡単な話さ、俺は捕虜になるのは、これが初めてではない」
「なに?」
アイバック大尉の言葉に、僕と姫様は思わず驚く。
「───アベンエズラ攻防戦前の地球上での話だ。とある作戦で捕まって、まぁ、痛い目を見た」
頬に古傷があるだろう?と彼は指を右頬へと向ける。
「初めは、ただの捕虜としての扱いだったが、敵集団の中に嫌な奴がいてね。よく喋れるようにしてやると、俺の頬を開きにかかったのさ。あの時は痛かった」
拷問で頬を切られ、炙られたという。
想像しただけで恐ろしい状況。僕も、姫様も、彼の話に飲まれて、何も言えなかった。
「幸いにも、直ぐに仲間が助けに来てくれて救われたが………まぁ、分かってもらえたようだ。俺としては敵兵でも、治療をしてくれて、手荒な真似をしない君達には、変な話だが、兵士としてある程度、信頼をおくことができる」
アイバック大尉は僕たちを優しい眼差しで見つめる。
この人は、僕と姫様より年配だ。これまで、数多くの戦いを経験してきたのだろう。彼が兵士として積み上げてきた経験からくる余裕さ、精神的強さ。それを僕は感じた。
「………大尉、あなたの話が事実だとしても私達のすべき事は変わらない」
「ああ、分かっているとも。なに、俺を捕らえた二人があまりにも初々しい兵士でね、少しおせっかいをしてしまった」
アイバック大尉が咳き込む。
少し話し込んで疲れたようだった。その姿に、同情を覚える。
「気を引き締め直せ、ケンジ。あくまで、大尉は敵である連邦兵で、私達を殺そうとした人物だ。敵兵を懐柔しようなど、捕虜のよくやることだ」
「これは手厳しい。だが、その通りだぞ、少年。あくまで私は君達の敵で、本来、馴れ合うものではない」
なぜだろう…姫様とアイバック大尉の二人から責められる僕は、ひょっとして、この場で一番下の立場なのかと錯覚しそうになる。いや、階級的にはそうなるのかもしれないが……
口には出さないが、少し、落ち込む僕をよそに、二人は確信に迫る話をする。
「大尉、私達はあなた方、連邦の新型と思われる黒鳥の戦闘機に撃ち落とされた。何か知っているのではないか?」
「黒鳥?……ああ、なるほど。そう見えなくはないか」
やはりだ。
その返事で僕と姫様は予測が当たっていたことを確信する。アイバック大尉はあの戦闘機の関係者だったのだ。
「だが、すまないね。君達に話すことはできない。分かるだろう?」
しかし、彼が話さないことも分かってしまった。彼は兵士だ。自国の情報を簡単には売りはしない。
「脅迫しても、無駄だろうな」
「これまでの話が全て作り話かもしれないぞ?拳銃を突きつけられれば、自分の命惜しさに喜んで話すかもしれない」
この期に及んでも、まだ、挑発するアイバック大尉に姫様は呆れたように、もう話すことはないと、彼から離れ廃屋の壁へともたれかかった。
その様子を見て、僕も拳銃を下ろす。交代で見張りは必要だろうが、僕たちに出来ることはこれ以上ないだろう。
「───ああ、けれども。黒鳥という通称では彼女に可哀想だ」
唐突にアイバック大尉が、そんなことを口にする。彼女?一体誰のことだ?いや、そもそも何が言いたいのか。
姫様と僕の視線が、大尉へと向けられる。
「XAF-04ルーク。君達、魔術兵の天敵だよ」
◆
西暦2042年8月14日。
早朝、凄まじい轟音が響き、強制的に眠りから目覚めた。
「ケンジ起きているか?喜べ、ようやく救助が来たようだ」
そう言う姫様も、普段は表情が乏しいけれど、嬉しさが顔に出ている。
無理もない、墜落してから、42時間。日にちにして二日目の朝だ。なんとか緊急時対応の物資でやりくりしていたが、これ以上は余裕がなくなる所であった。
廃屋から出てみると、空から降りてくる四儀のナグルファル。
肩に書かれているのは、同じ基地を示す第七魔術兵団の印だ。先に降りた魔術儀が膝を着き、降着姿勢をとる。胸部の操縦席が開放され、一人の兵士が現れた。
階級は黒等兵、一房に纏められた薄紫の髪から天球人の特徴である長い耳がよく見える。
「シンファ銀等兵、ご無事で何より」
「メリル戦隊長。救助、感謝致します」
敬礼を返す姫様と、同様に僕も敬礼をする。
彼女の名前はメリル・コルネウス。第七魔術兵団でナグルファルを操る魔術兵達を指揮するメリル戦隊長だ。入団式以来、直接お会いするのはこれが初めてだ。
「二人は急いで、ナグルファルの輸送用コンテナに入って治療を受けなさい。直ちにこの場を離れるわよ」
「了解しました。ですが、連邦の操縦士を一名捕虜にしています。手当てはしましたが容態が悪化しています」
「連邦の操縦士を?……あなた達が交戦した敵兵ね、それは思わぬ収穫だわ」
次々と降りてきたナグルファルと、随伴する兵に支えられ、僕たちは輸送用コンテナに乗せられる。
体を座席に固定していると、続いて、担架に乗せられて連邦の捕虜であるアイバック大尉が運ばれてきた。呼吸は荒く。意識がはっきりとしていない。直ちに、救護魔術兵が治療を始めている。
「メリル戦隊長、なぜ、救助がここまで遅れたのですか?」
「そう、何も知らないのね───まず、あなた達の機影が消失し、通信がとれなくなって直ぐに、応援に向かっていた四儀のナグルファルが連邦の新型と思われる不明機と交戦に入ったの」
思い返されるあの時の状況。
そうだ、僕たちが基地への帰還を通信していたとき、増援として送られていた友軍がいたはず。
「僅か三分で、全儀撃墜されたわ」
「な!?」
そのあまりにも衝撃的な報告に姫様が声を荒げ、僕も驚きで言葉を失う。
「昨日の夕方。落ちたと思われる四儀の残骸を、先に発見して全員の死亡を確認………あなた達の生存も 絶望的だったけれど、生き残ってくれて本当に良かった」
次々と押し寄せる情報に、まだ理解が追いつかない。
「ただ、そのことは救助が遅れた理由ではないの。事件が起きた後に、王国司令部から全基地へと通達があったのよ」
「いったい何が起きたのですか?」
僕たちが救助を待っている間に、事態は急変していた。
「私達の基地だけでなく、複数の王国前線基地で連邦との戦闘が開始されたわ。ラーズ連邦の同時侵攻が始まったのよ」
地球と天球の二つの星間戦争は新たな局面を迎えようとしていた。
ようやくのサブタイトル回収。