Invasion_4
今回、始めての姫様視点となります。
私、シンファ・ユーク・エルクラムが目を覚ましたとき、目に写ったのは見知らぬ廃墟の中であった。既に日が沈みかけ、時刻は夕暮れ時なのか、廃屋の中を赤く照らしていた。
………記憶を思い返す。不明機との交戦と撃退。ケンジ銅等兵と共に私は基地へ帰還しようとしていたはずだ。それが、なぜ?地上にいるのか。
体を起こそうとして、違和感を覚えた。
左手を持ち上げてみると、手には包帯が巻かれている。動かそうとすると痛みが走るが、耐えられなくはない。疑問は深まる。私は怪我をしたのか?いったいなぜ?
「よかった。気が付かれましたか、姫様」
廃屋の、かつては扉があったであろう場所から、彼が姿を表す。
心配そうな様子で私を見つめる黒い瞳。地球世界出身の私の部下、ケンジ・ナガイ。頭部に包帯を巻き怪我をしている様子だが、彼も居たことにひとまず安堵する。
私が気を失っている間に起こった詳細を彼から聞かされた。
突然の攻撃、黒い鳥の様な不明機、そして墜落。彼は何とか地上に見えた旧フラ・マウロ市の近辺へと不時着に成功し、大破した魔術儀から私を救出して、今に至るという。
「本当に姫様がご無事でよかった。ですが、ナグルファルは両儀体とも酷く損傷しており、飛行出来る状況ではありません」
予想はしていたが、命があっただけ幸運だと思うべきだろう。
危機敵状況の中、私を救ってくれたことに対して、本当にありがとう、と。ケンジへ感謝を告げる。
「いえ!姫様を守ることが私の…ではなくて、同じ軍人として当然のことです」
なぜか、照れたような反応をする彼だが、この緊迫した状況の中、そんな姿が妙に可笑しくて、少し笑えた。
「既に友軍への救難信号を発信してから五時間ほど経過しています。ですが、魔術儀の通信が壊れたのか、基地との応答も取れず、救援も来ておりません…」
次第に夜になろうとする外の光景から察してはいたが、やはり、かなりの時間、気を失っていたようだ。だが、救援が来ていないのは奇妙だ。
通信が取れなくても、管制室で、私達の魔術儀の反応が消えたことは把握できているだろう。通常であれば、捜索隊が編成され、救助に来るはず。
───何かが起きている予感がする。
こうしてはいられないと、体を起こし、立ち上がる。っ、やはり体が痛む。だが耐えられないほどではないな。
「無茶をなさらないでください!姫様」
駆け寄ってきたケンジ銅等兵の手を借りながら、ふらついた体を立て直す。
我が身ながら情けない───王族として如何なるときも毅然たる態度であるべし、と。教えられ、自分でも当たり前だと思っていた。が、今は体が弱ったこともあってか、少々、気持ちが落ち込んでいる。彼に支えられながら廃屋の外へと出た。
沈む夕日に照らされる廃墟群。
旧市街地の光景は、滅びの美学というべきか、奇妙な美しさがあった。
見渡すと、そこに、倒れ込むように横たわる二体の魔術儀。ゆっくりと、私は彼の手を離れ、搭乗していたナグルファルへと近づいていく。
実際に目にすると、
やはりこみ上げてくるものが、あるな。
「………」
私の様子に彼も察したのか、言葉を発しない。
魔術兵となってから、この魔術儀と共に苦楽を共にした思い入れがある。勿論、これはただの兵器。闘うための道具である。だが、初めて、王族の私が手にいれた相棒のような存在だった。
酷い有様だ。
攻撃され、破壊された魔術儀の両手足と頭部。制御尾は不時着の衝撃で、半ばから千切れかけている。
もう原型を残しているのは胴体部分しかない相棒のナグルファルに、手を触れる。そなたに助けられた、ありがとう。
涙は流さない。
喪失感は飲み込め。
私はエルクラム王国の王族の一人、シンファ・ユーク・エルクラムなのだから。
「辛くはありませんか…?」
なのに、どうして彼はそんな言葉をかけるのか。
後ろから私を労る彼の言葉が聞こえる。私は一息つきながら、振り向き、微笑んで見せた。もう大丈夫、心の整理はついた。と、嘘ではない。しかし、全てが本当の気持ちではない。
「姫様は、お強いですね」
自分も悲しんでいるかのような表情で彼は言う。
強くあろうと努力はしているが、実際は…どうだろうな。弱さを見せないようにしているだけなのかもしれない。国を守る大義は勿論ある───だが、私が戦っている理由など、個人的な感情に過ぎないのだから
「僕では、代わりに、なれないでしょうか」
不意に、彼がそんなことを口にした。
覚悟を決めた顔。緊張した様子の彼だが、私は直ぐに思い至らず、何のことだ?と尋ねる。
「あなたの相棒として!僕は姫様と一緒に闘いたい所存です!!」
一瞬、気まずい沈黙が流れる。
相棒?代わり?一緒に闘う?まさか、彼は私が落ち込んでいると思って、彼なりに慰めようとしてくれているのか?
その気持ちに思い至ったとき、私の胸に暖かなものが生まれた。
これは、そう、素直に───嬉しいものだな。
「あ、いえ、私ごときが姫様と釣り合うかというと、そういうわけではなく。ただの決意表明というか、あああ」
私からの返事がなく、分かりやすく混乱する彼。
思えば、数奇な縁だ。かつて、アベンエズラで出会った私達が、再び出会い。こうして、苦楽を共にしているのだ。
知らずのうちに私は笑っていた。
彼とは、そうだな……王族として兵士として、ではなく。ただの一個人として親しくなりたい。そんな風に思ってしまった。
ふむ、ケンジ。少しお願いがあるのだが?
「はい!なんでしょうか姫様」
まるで、お手本のような敬礼をするケンジの姿に優しく微笑み。あることを命令する。
「な、それは、軍人として恐れ多いというか…」
勿論、公の場ではこれまで通りだ。だが、今のように他の者がいなければ問題なかろう?
「ですが…」
なんだ、そんなに嫌なのか?私の相棒になると言ったではないか………少し、傷つく。
「っ!いえ、何の問題もありませんシンファ!これから、私的にはそう呼ばせていただきます!」
───うむ。それでいい。
私は悲しそうな演技を止めて、満面の笑みをケンジに向けてやる。何故か、嬉しさと何とも言えない気恥ずかしさを感じるが、それはお互い様だろう。
日が沈んでいき、世界が暗闇に包まれていく。
酷い一日だったが、悪いことばかりではない。まずは生き残れたこと。そして、相棒のケンジという、信頼できる人が増えたから。
青白い光が夜の廃墟と私達を照らす。
頭上に浮かぶ地球光だ。昼間は太陽の光の強さに負けているが、夜にはその輝きを増す。逆に、地球側の夜には、私達の天球が輝くそうだ。
昔の人々はこの光を見て、憧れを抱いたそうだ。いつかは、あの星(地球・天球)へと。───現実は、互いに争っている。けれど、かつて二つの星の人々が思い描いた関係は、それだけでは無かったはずなのだ。
今、この場にいる、私達のように。
廃墟に戻ろうとした私達だったが、背後でした物音で二人に緊張が走る。
瓦礫が落ちたのか?
私はケンジに合図を出し、腰に取り付けていた拳銃を構えて、慎重に近づいていく。
地球から鹵獲した銃火器を天球側で使いやすいように、魔力充填方式に改造したものだ。訓練はこなしたも のの実戦で使用したことはなく。自然と手に汗がにじむ
音がした物陰に、ケンジと二人、拳銃を構えながら近づく。
………間違いない、誰かがいる。廃墟の壁に身を隠しながら、曲がり角にいる人間の足を確認した。壁に座り込み、寄りかかっている一人の人物。さらに私達は、近づき、その姿に驚く。
「どうやら…俺の悪運も、ここまで、か」
男が、腹を抑えて、荒い息をしている。
かなりの怪我を負っているのか、私達に拳銃を突きつけられても、抵抗一つできず。やがて、意識を失ったのか地面へと倒れた。
血に濡れた王国兵ではない兵士の服、天球人の容姿ですらない。
「ラーズ連邦の兵士、まさか、僕たちと戦ったAF-25のパイロット?」
混迷の夜が訪れようとしていた。