Invasion_2
西暦2042年8月11日。
僕が第七魔術兵団基地の配属となり、王国第四皇女シンファ・ユーク・エルクラム姫様の部下となり、一ヶ月が経過した。
姫様のスパルタ…いや、熱烈な指導を受け、魔術儀の操縦に慣れてきた頃。
「今日の任務は境界監視。ラーズ連邦との軍事境界を空中警戒する」
早朝で混雑する食堂。そこで僕と姫様は向かい合う形で食事をとっていた。
上官と部下という関係ではあるが、こういう場では、非常に気さくに姫様は話しかける。個人的にはもっと親しくしたいと感じている彼女と、交流を深められることは喜ばしい。
しかし、継承権を持つ王族である姫様と食事の場を共にしても良いのだろうか?
「問題ないに決まっているであろう。公の場ならまだしも、ここは軍だぞ。…それとも、私と食事をするのが嫌か?」
全くもってそんなことはありません!自分でも清々しいほど早い否定だった。
「ふふ、良い返事だ。君も軍人らしくなったじゃないか」
食堂の机に肩肘をついて微笑む彼女はとてもいい笑顔をしていた。釣られて僕も笑顔を返す。訓練では厳しい表情の彼女だが、時折見せる可憐さは、まさに飴と鞭である。
「今のうちに食べて、準備しておくがいい。監視任務は普段より長時間の飛行になる」
手早く互いに食事を取りつつ、今日の任務について雑談を交わす。姫様は何度かこの任務のご経験が?
「ああ、現在はラーズ連邦の動きが停滞している。昨年は大きな戦いもなく、こういった監視任務がほとんどであった」
上品な所作で朝食のハムを食べる姫様。
現在、エルクラム王国とラーズ連邦は膠着状態が続いている。しかし、休戦したわけではない。互いに戦況を打開するための準備と、失った兵力の回復に当てているのだ。
王国は僕のような地球出身者を軍に入れるくらい、連邦との兵力差を無くそうとしている。
「ふむ、少し真面目に話しすぎたな。今は食事時だ、もう少し軽い世間話というものを楽しもうじゃないか?」
考え込み、食事の箸が止まっていた僕を見て、姫様が声をかける。こういった気配りをさせてしまったことにバツが悪くなるが、いつの間にか食後の紅茶を楽しむ彼女を見て、その食事の速さに唖然とした。
「君は地球の島国出身と聞いていたが、どんなところだったのだ?」
興味深そうにこちらを覗き込む蒼い瞳に心を奪われつつ、僕は語った。
まだ両親と共に住んでいた幼い頃の記憶。真夏の暑さ、蝉の鳴き声、清流の美しさ。今となってはかけがえのない思い出話。
出撃前の僅かな時間、僕達は語り合った。
◆
午前11時00分、旧フラ・マウロ市上空。
二つの魔術儀が空を飛ぶ。制御尾を揺らしながら、戦闘時と比べれば速度を落とし、ゆったりと飛行する。魔術儀ナグルファルの頭部は遥か下方にある地上へと向けられていた。
≪定時連絡。こちら第七魔術兵団基地管制官よりシンファへ、状況を報告せよ≫
「こちらシンファ、異常なし。引き続き監視任務を続行する」
魔術儀内部に魔術通信が響く。基地からの定時連絡に姫様は淡々と答える。
僕達が監視任務に着いてから、これで三時間が経過。指定された軍事境界線上をゆっくりと飛行し続けていた。眼下には小さな粒のように見える廃墟、旧フラ・マウロ市街が確認できた。
「この都市は開戦時に両軍の激しい戦場となった。住人が避難して以来、荒廃したままの状況だよ」
望遠魔術を使用して都市の姿を確認する。破壊された建屋、陥没した道、人がいなくなり草木が生えている箇所もある。
戦争の爪痕だ。こうした場所はここだけではない。住人がこの故郷に帰れるのはいったいいつなのだろうか?ふと、そんなことを僕は思った。
「………帰れるようにしてやりたいものだな」
姫様も同じことを思ったのか、そんな言葉を口にする。王族としての責務だけではなく、彼女自身の優しさも感じる呟きだった。
二つの魔術儀は、荒れた地上を余所に、晴天の空を飛び続ける。
雲が流れ、美しい翠色の空に浮かぶのは僕と姫様の二人だけ、今、この瞬間はまるで戦争とは無縁の空間のように思えた。
≪シンファへ、九時の方向に未確認機を一機確認。直ちに進路を変更し、目標へ向かえ≫
そして、その通信が入った時点で僕達の平穏は終わりを告げた。
「!了解した。後に続け、ケンジ銅等兵」
若干動揺した様子の姫様、彼女の方が従軍経験は長いが、このような突発的な接敵は初めての経験かもしれない。
未確認機。だが、来ている方向から推測するに───敵であるラーズ連邦の戦闘機だろう。緊張しつつも、僕は肯定の返事をして、二儀のナグルファルは速度を上げ、進路を九時の方向へと向ける。
探査魔術の情報に注意しながら、管制官から指示されたポイントへと急ぐ。
魔術儀を操作する手足が自然と汗ばむ気がした。空は緊迫した状況とは裏腹にとても穏やかだ。流れる雲を抜け、遂に僕達は、敵の姿を捉えた。
「探査魔術に反応あり。未確認機はAF-25、間違いない連邦の戦闘機だ」
識別データに該当あり。兜の内部に敵機体の情報が表示される。
AF-25。ラーズ連邦の主力戦闘機として配備されている大型制空戦闘機。二枚の垂直尾翼と平面形の主翼、二基のエンジンを持つ。
戦闘機としては際立った特徴を持たないが、それは、この戦闘機の完成度の高さを物語っている。開戦以来、最も多く、王国の魔術儀を落としてきた相手だ。
真っ直ぐこちらに向かってきているAF-25に対し、姫様が警告を入れる。
「AF-25のパイロットへ、こちらはエルクラム王国第七魔術兵団。直ちに進路を変更せよ、さもなければ撃墜する」
両国は戦争中だ。このような警告をせず、戦闘を開始してもおかしくはない。
が、こちらは警戒行動中で、相手も同様の任務をしている可能性がある。避けられる戦いならば両者にとっても不要なリスクを取らずに済む。
「繰り返す、直ちに変更せよ。これは最後通告である」
だが、連邦の戦闘機AF-25は警告が聞こえているにも関わらず、進路を変えない。いや、これは、むしろ加速して、
「ケンジ銅等兵!交戦用意!私の援護にまわれ!!」
緊張が走る。
連邦のパイロットは闘うつもりだ。姫様が敵戦闘機との戦闘機動に入り、僕はフォーメーションを組む。いつかは、実戦を経験するとは思っていた。だが、思っていただけでは駄目だった。これが戦争。訓練とは違う、開始の合図などある訳がないのだから。
警告音が内部で響く。
敵AF-25からのロックオンアラートだ。
「訓練どおりにやればいい!防御魔術を起動して迎撃準備!!」
ナグルファルの武装腕部の魔力出力が上がる。姫様と僕の二体の魔術儀は空中で静止。敵戦闘機に正面を向く形で左腕に持つ盾を構えた───現在、一対一の空戦において魔術儀と戦闘機ではどちらが優れているのか?
「ミサイルが来る。落ち着いて狙え」
答えは戦闘機。戦闘機の基本兵装である空対空ミサイル。飛翔速度はマッハ四。これは魔術儀であるナグルファルの単純な空中機動性能では、どうあがいても回避できない。
回避できないのであれば、防ぐしかない。防御魔術が始動し、盾を中心として、ナグルファルを包むように球状の結界が張られる。だが、それだけでは不十分。
この結界は、魔術儀の魔力を消費して、対物対魔の防御力場を発生させるが、ミサイルの火力を完全に防げる出力を発生できないという技術的問題を抱えていた。あくまで、威力を減衰させるしかできないのだ。
「撃て!」
続いて、右腕に握られた収束砲から、ミサイルを落とすための魔力砲撃が放たれる。
魔力収束砲、ナグルファルの基本攻撃装備だ。発射される高密度魔力により、対象を焼き貫く。しかし、その射程は遠距離からミサイル攻撃できる戦闘機に対しては、あまりにも短い。
姫様と、僕の魔術儀から放たれる砲撃は───
「くっ!」
一発、二発目が外れ、三発目にしてようやく命中した。
間近で起きる爆発と衝撃。危なかった。後少し、遅れていれば二人とも、ただでは済まなかった。
「こちらシンファ!不明機、いや連邦の戦闘機と交戦に入った」
≪了解した。直ちに付近を飛行中の魔術儀を増援に送る。到着まで……四分だ≫
管制官に連絡を入れ、援軍が来ることに安堵しつつも、四分間。僕たちはこの戦場を生き延びなければならない。
「聞いたな!これより二手に分かれる。私が奴の注意を引きつけ、君が敵機に攻撃を行え!」
姫様のナグルファルが制御尾を揺らし、方向を変え、敵AF-25へ向かって飛ぶ。僕はその指示に思わず動揺する。
自分が攻撃を任されたことにではない。援軍が来るのであれば、このまま、防御に徹しつつ、後退をすれば、
「先程は一発だったから迎撃できたのだ。同じことをしてみろ、今度は同時に二発、三発のミサイルを撃たれて終わりだ」
姫様が余裕のない返事を言う。
何を、僕は一瞬でも安堵していたのだ。全く逆だ。僕たちの窮地は依然変わりない。気を引き締め直し、ナグルファルの脚部出力を上げる。相手を落とすつもりでいかなければ、生き残れるわけがない。
こちらが分散したことに、敵戦闘機の操縦士は直ぐに反応した。
どちらからも離れるように敵機が加速する。………速い。加速力も最高速度も違いすぎる。収束砲の射程まで全く近づけない。
「焦るな、対魔術儀の常套手段だ。こちらの攻撃が届かない位置からミサイルを撃ち、一撃離脱を繰り返すつもりだろう」
姫様の言うとおりだった。AF-25が反転する。狙いは姫様の方だ。
嫌な汗が流れる。こうなることは分かっていたが、あの人の危機に冷静になれない自分がいた。
敵機から再びミサイルが放たれる。その数は、二発!
まずい。両方とも姫様の魔術儀を落とすつもりだ。分散し、距離は離れているが、今からでも、彼女を守りに、
「私を信じろ!任せたぞ!」
行こうとした瞬間、姫様の叱責に僕は歯を食いしばる。
そうだ、本当に姫様を助けるのなら、僕はこの接近できるチャンスにあの敵機を落とさなければならない!
迫る二発のミサイルに、姫様は先程同様、空中で静止して迎撃の構えをとる。
「………っ」
凄まじい集中。放たれた収束砲は、一発目のミサイルを迎撃した。
なおも、迫る一発。再装填の時間と、急速に近づく残りのミサイル。再び放たれた収束砲は、盾へと命中する直前だった。爆発が空中を赤く染める。
ちと長くなったので分割。戦闘描写難しい。




