Invasion_1
西暦2042年7月7日。
あの日、第一次アベンエズラ攻防戦で助かってから、十二年の歳月が過ぎた。
僕、ケンジ・ナガイは十八歳となり、エルクラム王国軍学校を卒業し、王国第七魔術兵団に配属されることになった。そう、僕は地球人でありながら、天球国家であるエルクラム王国で兵士になる道を選んだのだ。
星間戦争は停戦状態となり、互いに境界となる支配地域を占領する状態が続いていた。
ラーズ連邦は天球側から唯一の地球への港である要地、宇宙港湾都市アベンエズラの拠点化を進めている。
開戦初期にアベンエズラ周辺都市へと侵攻し制圧したものの、そこでエルクラム王国の激しい抵抗にあったのだ。
王国首都までの制圧を目論んでいたラーズ連邦の当初の作戦は頓挫することになる。
一方で、エルクラム王国はアベンエズラ奪還を目標として、軍事力の増強を進めていた。
魔術兵団の増強、新型魔術儀の開発など、ラーズ連邦の機甲戦力に対抗するための準備を進めている。反抗作戦の時が近づいていると、兵士の間では噂だ。
さて、そんな情勢の移り変わりの中、両親を失い戦災孤児となった僕にとれる選択肢は、それほど多くなかった。
両国の星間戦争で住んでいた場所を奪われた難民は多く、その支援は戦時中ということもあり十分なものとは言えなかった。ましてや、敵国の地球人難民など、その中でも最底辺だ。
隔離された地球人難民地域でいつ終わるかもわからない戦争が集結するまで生きる。あるいは、
「市民権を獲得するために軍へ志願する。それは同じ星の民を裏切る行為だ。実際に、その道を選んだ地球人は少ない。が、まさか君が選ぶとは………名前を見たときに驚いた」
基地の廊下を、二人の男女が歩いていた。
まだ着慣れない魔術兵の軍服に見を包んだ僕は、理由はそれだけでは無いですけどね。と意味深に答えた。彼女は深く追求せずに、そうか、とだけ呟く。…もう少し気にしてくれたら嬉しいのですが。
シンファ・ユーク・エルクラム。
王位継承権第四位を持つエルクラム王国の姫様。それが、僕の恩人の正体。
実を言えば、彼女と合うのはこれが二度目、つまり、助けられてから初めての再会である。軍に入ればいつか会える機会が訪れるといいなと思っていたが、あまりにも早すぎる。
というより、なぜ、姫様が兵士をしておられるのですか?
「王族だろうと兵役に例外はない、私とて従軍の義務があるのは当然であろう」
そんなことも知らないのかと、少々咎める口調の彼女に対して、素直に謝罪。こちらの常識にも大分、慣れたと思っていたが、気をつけなければいけない。
「まぁいい、私は君より三年早く軍へ入った。先輩として未熟な後輩を立派な魔術兵に鍛えねばならないな?」
振り向きながら僕へ顔を向ける彼女の表情といったら、まるで哀れな野兎を狙う、狐の笑みだ。姫様がとても楽しそうにしておられるので、お手柔らかに頼みますと僕は苦笑した。
「善処しようケンジ銅等兵。最も私は手加減が苦手だ、よく覚えておきたまえ」
それは遠回しにきつく教導するという意味なのでは?久しぶりの再会に浮かれていたが、姫様は思ったよりずっと愉快な性格をしているかもしれない。僕は少し冷や汗をかく。
ちなみに、新兵である僕の階級は銅等兵、つまりは一番下だ。その後、年数を経て、銀、金、黒と昇進していく。
姫様は銀等兵、当然、僕の上官である。魔術兵科では二人一組、銀等兵が後輩にあたる銅等兵を教導しつつ任務につくのだ。
歩きながら、廊下のガラス越しに基地の外の様子を見渡す。
目を引くのは、鹵獲された戦車。実験をしているのか、炎を上げているロケットエンジンに群がる技術者たち。
「この基地は連邦の軍事技術を研究している。まだまだ科学、機械技術では地球世界に劣っている王国の重要拠点だ。第七魔術兵団は基地防衛と新兵器の実験を行う、王国内でも特殊な部隊というわけだ」
姫様の説明を聞きながら、眺めていると、轟音とともに的の戦車へ魔術攻撃が当てられている。
攻撃が止み、煙が晴れるがそこには破壊されていない戦車の姿が。その様子を見て、肩をすくめる姫様に僕は苦笑いを返す。
「我々の技術では、あの連邦の戦車に使われているような複合素材は作り出せん。それでも、何とか闘うしかないのが現場の辛いところさ」
さらに、二人で基地の廊下を歩き、目的の場所である格納庫へと着く。
格納庫内を大勢の人間が忙しく動いている。格納庫に並んでいる魔術兵の武器を整備するためだ。
魔術儀。正式名称は魔術戦闘儀体。
天球世界、エルクラム王国の軍事的象徴とも言える武装。地球国家における戦車、戦闘機に相当する役割を持ち、機械技術で劣る王国がラーズ連邦に対抗することが出来た理由の一つ。
「私達が操るのは、第四世代制空式魔術戦闘儀体。通称ナグルファル」
姫様が立ち止まり、僕も足を止めた。
魔術儀ナグルファル。全高三メートル、竜の様であり無機物的でもある兜と、二手二足、姿勢維持のための尾を持つ。装甲は灰色に塗装され、識別のための番号と紋章が描かれている。
胴の装着部は開けられており、直ぐの搭乗、発進が出来るよう運搬台が置かれてある。
ここ第七魔術兵団に配備されているナグルファルは総数三十二儀。それが格納庫内に並ぶ光景は壮観だ。
「間近で見るのは初めてだろう?」
ええ、軍学校では世代落ちの練習儀しか操ったことがなかったので。
「開戦前から運用されている信頼性のおける兵器だよ。次世代儀の開発も進んでいるが、今後もこの儀種が主力となるだろう。さて、では行くぞ」
そう言って姫様は、自分の魔術儀に乗り込み。発進の準備を始めた。え?
「何をしている、早く空へ上がるぞ」
配属初日に訓練飛行は普通なのだろうか?疑問に思いつつも、上官の命令に従い、僕に当てられた魔術儀へ搭乗した。
後から知ったことだが、姫様は習うより慣れろ、のタイプらしく。つまりは、全然普通ではなく、同基地の魔術兵の皆様に同情されることになった。
胴部が閉められ、兜が下ろされる。
兜の内側からは透明であり、魔術儀の各部をチェックしていく。脚部浮遊装置正常、姿勢制御尾稼働良好、魔術腕部装備良し。
「滑走路へ向かう、着いてこい」
姫様の先導に従い、その後ろを着いていく。
ナグルファルの脚部が稼働状態になり、二足歩行を開始。普段より高い視界と訓練で鍛えた姿勢制御法で魔術儀を操った。
格納庫の外に広がる滑走路と、快晴の空。
その光景を目にし、僕は僅かな恐怖感を覚える。あの日から、両親を奪った空が怖かった。だからこそ、それを乗り越えようとしたことが、魔術兵の道へと進ませた切っ掛けだったことを思い出す。
その第一歩がここから始まる。
「発進許可がおりた。空に上ったらまずは編隊訓練だ、私の後ろへ着け。では、行くぞ」
姫様のナグルファルが先に滑走路を加速し、空へと上がっていった。
続いては僕の番。脚部の浮遊装置の出力を上げていく。魔術儀が地面を離れ加速を開始、直立状態から、次第に、頭部を前方に、後方へ制御尾を伸ばし、飛行姿勢へと移行していく。
体が加速により押さえつけられる。
周囲の景色が高速で変わっていく。基地が小さくなり、僕は高度を上げていく。魔術儀の探査魔術が先に上昇した姫様の魔術儀を捉え、目視でもそれを確認した。
不意に、空に浮かぶ一つの惑星が目に入る。
天球の翠色の空、雲ひとつない視界にあるのは、昼にもかかわらず薄く青色に見える地球。
美しい星だ。けれども、今の僕にとっては敵か。
初陣の時は、直ぐそこに迫っていた。
某英雄戦闘機ゲームに多大な影響を受けています




