孤独の引力
「……う、ん」
目を開く。いつもと変わらない北天の星々が、視界にはあった。
「ソラさん!」
私の覚醒に気づいた青年が、顔を覗き込んでくる。
「大丈夫ですか!? 急に倒れたんですよソラさん、もう心配で……」
「ああ、悪いね。問題ない。それより、何分経った?」
「10分ぐらいです……そうだソラさん! 聞いてください! 一大事です!!」
「そういえば、何やら緊急速報があったね。どうしたんだい?」
「びっくりしないでくださいよ……なんとですね! 隕石群が衝突コースを外れたんです!!」
「いやそれはびっくりするだろう」
「……至って平静ですよね?」
そんなことはない。私なりに驚いている……と言いたいが、先の天啓の件もあり、すっと納得してしまった部分もあるのだろう。
「けれど、なんでまた」
「原因は不明、だそうです」
「ふむ」
いくら宇宙での自活が可能とはいえ、地球消滅の危機を傍観しているほど、人類も薄情ではなかった。そのため隕石破壊やコースの強制変更など、水際作戦を実施する予定ではあったらしい。だが青年の口ぶりからするに、そういった人為的な成果ではなさそうだ。
となると。
「あれだね」
「あれ、とは」
「もちろん、私が観測し続けてたから、星が落ちてこなかったんだよ」
たっぷり3秒ほど、青年は絶句していた。
「いや、あのですね……隕石です。接近していたのは」
「隕石だって星だろうに」
「……アバウトだなあ」
「失礼だな! と言いたいけど、まあそれくらいアバウトじゃなきゃ、何千年も観測者なんてやってられないよ」
「一理ありますね」
青年は微笑を浮かべ、ふと思いついたように言葉を続けた。
「わかりましたよ。隕石が来なかった理由」
「ほう、聞こうじゃないか」
「ソラさんは、引力ってわかりますよね」
「モノとモノが引き合う力、という解釈で合ってるなら」
「それです。隕石が来たのは、“孤独の引力”だったと思うんですよ」
「どういうこと?」
「この暗い宇宙の中で、数えきれない年月の間、隕石は孤独だったんでしょう。それが、この地球にある孤独に引かれて来た」
「引かれ合う孤独と孤独……孤独の引力、か。でも地球側の孤独って?」
「それはもちろん、ソラさんです」
「私?」
私が孤独……いや、紛れもなくそうではあるが。
「流石に隕石呼ぶほどの寂しがり屋な自覚はないんだが……」
「案外そうなのかもしれませんよ。ってまあそれは置いといてですね。ソラさんが孤独じゃなくなったから、引力を失った。これが僕の結論です」
「孤独じゃなくなったのか、私」
「ソラさん……」
呆れたような、拗ねたような声色の青年。
「僕をなんだと思ってるんですか」
「3日前に来たお客」
「それはそうですが」
「あとはそうだね、2000年前の約束を律儀に果たしてくれた一族の裔、かな」
付け足した私の言葉に、青年は満足そうに頷いた。
「絶対、私の観測者としての力だと思うがなあ」
「いいえ、孤独の引力です」
「まあそうだね、そっちにしておこうか。そういうロマンある答えっていうのも……悪くはない」