仕事終わりのお誘い
西暦が2000年を過ぎた頃。
店に来た男は、ごく普通の人間だった。
“1500年生きている、星の観測者”なんて話を疑いもせず信じ込んだところを除けば。
「寂しかろう、オレと来いよ」
臆面もなくそんなことを言ってのけて、呆気に取られたものだ。ついでにその言葉が憐憫でも同情でもなく、ただ「連れて行きたい」という感情から出ていたであろうことに、多少は好感を持った。
仕事がある旨を伝え丁重に断るも、男は食い下がった。
「いつ終わるんだ?」
2000年後、という答えをこれまた疑いもせず、男は「じゃ、また来るわ」と軽く告げて、店を後にしたーー。
「それだけ……ですか」
「そう、それだけ。けどまあ、忘れない程度には印象的なヤツだったよ」
可笑しくなって微笑み、私は青年の顔を眺めた。
「本当はね、店に入ってきた瞬間、理解したんだ。ああアイツの系譜かって」
「そんなに似てますか?」
「そっくりだよ。遺伝子ってすごいねえ」
「ソラさん、一つ疑問なんですけど」
「こんだけトンデモ話が山積みなのに一つか、謙虚だなキミは。で?」
「その観測者の任期、ですか。それには何か意図があるんですか?」
「ああ、それ」
そう、それは至って単純な周期で決定されている。私は北天の星を指差し、答えた。
「あの星が入れ替わるまでだ」
「あの星、入れ替わり……あ、もしかして、北極星?」
「正解。キミ、結構博識だね」
地球の地軸の延長線上にあるため、北天にあって動くことのない星、それが北極星。だが実際には、微妙なズレによって、何千年周期でそこに位置する星が移り変わるのだ。
「歳差運動、でしたっけ。ポラリスがエライに変わる……ん? でも今って、ほぼエライが北極星になってますよね?」
「まあね。ある日スパっと入れ替わるわけじゃないからね、アナログ時計の針みたいなもんさ」
「じゃあもう、ソラさんの任期は終わってるんじゃ」
「そこは確信があってね。これまた天啓なんで理屈は説明できないんだが……3日後の夜で、私もお役御免なんだ」
「3日後……」
青年は呟くと、腕のウェアラブルデバイスをいじり、何かを調べていた。
「ソラさん」
「うん?」
「2000年経ってて同じセリフで芸もないですが……僕と行きましょう」
「いやいや、今説明したろう、まだ私の仕事は……」
「終わってからならいいんですよね?」
私の言葉に被せるように、青年は喋り出す。
「3日後なら、終わってすぐにエアモービルを飛ばせば、軌道エレベーターの最終に間に合います。そこからシャトル便に乗り継げば、地球と運命を共にしなくて済みます」
「へえ」
「ソラさんは、好き好んで地球と心中したいわけではないですよね?」
「それはそうだよ。雨が降ろうと槍が降ろうと、それこそ隕石が降ろうと仕事はやり切るが、終わった後は自由だ。というか、これだけ長い間お勤めしてきたんだぞ、自由にやらせてくれよ」
「じゃあ決まりです。行きましょう」
「嬉しい提案だ。けれど、そんなギリギリの綱渡りにキミが付き合う必要もないだろう。間に合うと教えてくれただけでも御の字だ。私は仕事を終えてから向かうから、キミはもう宇宙に上がりなさい」
「嫌ですよ」
私のそれはそれは理知的な提案を、青年はにべもなく突っぱねる。
「こっちは2000年待ってるんです。今更3日くらいどうってこともないですよ」
「待ったのはキミじゃないだろう……ああもう、わかったよ」
「じゃあ!」
「うん、一緒に行こう」