観測者
「落ちてくるのは隕石ですけどね。いや、隕石群か、正確には」
出されたブレンドを、美味いともまずいとも言わずにーーいや私の自信作なんだから不味いわけもないんだがーー青年は訂正する。
「街の方はどうなんだい?」
「もう、ほとんど人もいませんよ。インフラ周りは機械化されてますから、生活には困りませんけどね。残ってるのは本当に最低限の人たちですが、それも順次、宇宙に上がってます」
「順調だねえ」
「あとはまあ……地球と運命を共にする、って思想の人たちがいるくらいですかね」
「あー。なんだっけ、地球人教?」
「ですね」
複雑そうな顔で、青年は短く答えた。まあ、宇宙移民が始まって1700年は経とうかというこの時代。生きようと思えばサクッと宇宙に出て、好きなコロニーにでも行けるというのに、宇宙のチリになる地球にあえて残るというのは、普通の人間からしてみれば、狂信以外の何物でもないのだろう。
「それより、ソラさんですよ」
「私?」
「どうして、まだいるんです? 地上に」
「どうして、って。仕事があるんだよ、まだ」
「ということはじゃあ、僕がこのコーヒーを飲み終わったら、宇宙に出ると」
「せっかちだなキミは。というか、コーヒーショップは仕事じゃないよ。ま、言ってみれば道楽だね」
困惑した顔の青年を見て、私はカウンターを出て、店のドアへと向かった。
「おいで。ちょうど日も暮れたし、教えてあげるよ、私の仕事をね」
店の脇の庭に立ち、空を見上げる。
「綺麗ですね……」
「うん。まあそれなりの美少女の風体という自覚はある」
「星ですよ……」
心底呆れた声色の青年。
「ちえっ」
芝生に腰を下ろすと、青年もそれに倣った。
「観測者」
「ん?」
「星の観測者なんだよ、私の仕事」
「そうなんですか。具体的にはどんなことを?」
「んー、そう聞かれると難しいんだけどね」
未だかつて、私の答えに納得した人間はいなかった……こともないか、一人いたな。
「ひらったく言えばそうだね、星が落ちてこないように見張ってる」
「星が……落ちる?」
「別にね、特殊なことをしてるわけじゃないんだ。ただこうやって毎日、星空を見上げてさ。そこに星が在ることを観測している。もしくは、在るように、と観測しているのかもしれない」
「それは、誰かに任命されたんですか?」
「いや。気づいたというか、大仰に言えば天啓というやつなのかな。ある日ふと、私が星を観測しなきゃいけない、と知ったんだ」
ふと青年を見ると、少し考え込む顔を見せていた。意外な反応ではある。だいたいの人間は、この話をすると、困惑や怯え、憐れみの入り混じった感情になるーー要はドン引きするわけで。
「ソラさんが観測することで世界が保持される。そのことに根拠はありますか?」
「ないね。やめちゃえばわかるんだろうけど、そんな興味本位で世界を壊したくはないよ」
「なんの根拠もなく、ずっとそれを続けてる……どうして、その天啓を信じ続けられるんですか?」
「疑う根拠がないから。私の中ではね、私が観測することで星が在り続けることになんの疑念もないんだよ。ただまあ一応、“なんで私が、星の観測者だと言えるのか”ってことの傍証はなくもないよ」
「なんですか?」
答えをしきりに求める生徒のような青年に、私は笑みが溢れた。
「ちょっとした人外でね、私。もう3500年はここにいるんだ」