落ちてくるもの
田舎の山間を走る、ほとんど人も通らないようなうらぶれた、でも名目上は国道だって名乗ってる道。そこの麓寄りのロードサイドで、コーヒーショップを営んでいるのが私だ。
当然、繁盛などとは程遠いが、それでも来る時は来るものだ、お客というやつは。
「やってますか?」
少し重めに作っているドアを押しながら入ってきた青年は、開口一番尋ねてきた。
「ああ。好きなところにどうぞ」
青年は黙って頷き、カウンターに掛けた。
窓の外を見る。青年の乗ってきたアシだろう、二人乗りのオープンカーが停めてあった。
「今時ガソリン車か、維持も大変だろ?」
「わかりますか」
青年は趣味人特有の、自分の持ち物の価値を見出された喜びを顔に浮かべた。
「歩いてここに来るお客なんて、まあもうしばらくはいないからさ。必然、乗り物には詳しくもなるよ」
「もうしばらく……ですか。ええと、失礼ですがその……」
「お嬢ちゃんに見える?」
「ええ、まあ……」
人はえてして、自分の姿はきちんと認識できていない。けどまあ、流石に長いことこの姿なのだから、私も自分の容姿には客観的評価を持っているつもりだ。
「まあお嬢ちゃん、ってほど若くはないかな。あ、注文どうする?」
「あ、はい。このソラブレンドを」
店の、というか私の名前を冠したコーヒーのオーダーを受けて、棚の中の豆を取り出す。
「それであの、ソラさん」
豆を選り分ける私に、青年は尋ねてきた。
「いつまでいるんですか、ここに?」
「いつまで……仕事が終わるまで」
「ではなく……あの、もしかしてご存じない?」
「いやいや、外界と断絶した孤島ってわけでもないし、世間のニュースくらいは知ってるよ」
青年の的外れな疑問に、少し笑ってしまった。私は、ピッ、と右手の人差し指で天井を指す。
「落ちてくるんだろう? 空が」