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7 初仕事と魔法の球



益荒男(ますらお)の脳内は混乱の真っ最中にあった。べニーニョの光る手を何事かと唖然とし見ていると突然視界が激しく揺れ、気づけば酒場の外に身体があった。


目線の先には空が広がっており、どうやったのか理解が出来ないが、身体をここまで吹き飛ばしたという事なのだろう。混乱する頭で何とかそう結論を出すと、徐々に冷静になっていく頭で先ほどの光景を思い出す。


べニーニョが光る手を突き出した後、一瞬の出来事であったが何かが飛んできたように見えた。その何かが身体に当たり、その衝撃により吹き飛ばされたと考えるのが自然か。だが扉を突き破る程の勢いでそんな事が有り得るのだろうか。


暫く倒れたままの状態で考えを巡らせていると、何かが転がってくるのが目に入ってきた。それを手に取って眺めるとその正体に困惑する。


「…?これは…氷、か?」


こぶし大の大きさの氷塊で、触れていた手から体温が奪われる。氷の表面はその体温によりほんの僅かだけ融けており、至って普通の氷のように見える。であれば、まさかあの一瞬でこれを投げたとでも言うのか。そこにべニーニョと取り巻き達の笑い声が聞こえてくる。


「お~い!大丈夫かぁ?くっくっく!死んでねぇーよなぁ?」


その声を聞き、ようやく服についた埃を払いながら身体を起こすと、酒場にいるべニーニョに視線を投げて再び中へ入っていく。するとその様子を見ていたべニーニョは意外そうな声を出す。


「んー?なんだ、意外に平気そうだな…。もう一発行っとくかぁ?」


そう言うと再び光る手を突き出し何かを呟く。


益荒男(ますらお)はその瞬間を確かに見た。べニーニョが光る手を突き出した後に何事かを呟くと、掌の前に先程の氷塊と同じようなものが突如として現れたのだ。驚く事にその氷は掌の前で宙を浮いており、べニーニョの呟きに応じるかのように、まるで自動でこちらに向かって飛んでくる。


一瞬の出来事でその速度を目測する事は叶わなかったが、かなりの速度が出ていた事は疑いようが無かった。


だが氷塊を目視した瞬間、身体が反応し受け止めようと態勢を取った事で寸前の所で何とかその手で氷塊を受ける事が出来た。だがその勢いを吸収する事は叶わず、またしてもその衝撃により後方へ吹き飛ばされる。受け止める事が叶うような代物では無いらしい。


しかしそれでもその衝撃を軽減する事ぐらいは出来たようで、今度は扉の手前まで吹き飛ぶ程度で済んでいた。


相変わらず酒場の中から笑い声が聞こえてくるが、べニーニョだけは笑っていなかった。


床に落ちた氷塊を手にして身体を起こす。

益荒男(ますらお)はその氷塊をまるで野球のピッチャーのように大きく振りかぶると、ベニーニョをキャッチャーに見立てて、投げる。


すると予想だにしていなかったのか、あるいは反応が出来なかっただけか、氷塊はベニーニョの顔面に直撃しそのまま椅子から豪快に転げ落ちる。100キロは出ていたであろう氷塊をまともに顔に受けたのだ。かなりの痛みであったと容易に想像出来る。


取り巻き達もこの展開は予想外だったのか酒場は一瞬静寂に包まれる。そしてすぐにべニーニョと叫び呼ぶ声が聞こえ始める。


その様子を黙って眺めていた益荒男(ますらお)だったが、そんな事より球速が思ったよりも伸びなかった事に若干気落ちしていた。


実は小学校高学年から中学まで野球をやっており球速には自信があったのだ。だが思い返してみると、最初の氷塊はこぶし大でちょうど野球ボールくらいの大きさだったのだが、今し方投げた氷塊はそれよりも一回り程大きくソフトボールくらいの大きさだった。より大きく重かったのであれば球速が100キロも出て入れば十分次第点だと一人満足げに頷いた。


そんな事を考えていると、べニーニョが鼻を抑えながら身体を起こし立ち上がろうとしていた。何か事件でも起こったのかと思うほど大量の血で床が濡れており、よく見ればベニーニョの鼻から盛大に血が噴き出していた。鼻の骨が折れていても不思議では無い。


「おいおい、大丈夫かよ?ったく何だよ、だいぶ手加減して投げてやったのによぉ~?それじゃキャッチボールにならねぇだろ、あん?」


そう言うとベニーニョはまるで親の仇でも見るように怒りを露わにしていた。


「…テメェ…ッ!ぶち殺してやるッ!!」


再び手を前に突き出し掌の中に氷塊を生み出すべニーニョ。ただ先ほどとは様子が違い、氷塊がまるで成長するかのように徐々に大きくなっていく。その間ベニーニョは何かを呟いており、それによりこの事象が発生していると考えるのが妥当だろう。


暫く待っていると掌の先には西瓜程の大きさの氷塊が完成した。先ほどよりもかなり大きく重そうであるが、これをあの速度でまともに受けてしまえば、常人であれば死ぬのではないか。


「はぁ、はぁ…これならどうだぁ!?くくく!これを、」


だが言い終わる前に益荒男(ますらお)は氷塊を右手で殴りつける。すると氷塊は宙に固定されているわけでは無かったようで、氷塊がベニーニョの顔に衝突し、間接的にベニーニョを殴ぐったような形となった。


ベニーニョは再び床へと沈むが、まだ意識は残っているようで、床の上で身体を左右に揺らしのたうち回っている。


「ぐがあッ!痛てぇ…!くそうッ!うぅ…!」


益荒男(ますらお)は右手を閉じては開き、殴った手に何も異常が無い事を確認すると、追い討ちを掛けるかのように今度は右足でベニーニャの顔を踏みつける。


――一回、

――二回、

――三回、

――四回、

――五回。


容赦なく踏みつけるが、意識を刈り取るにはまだ回数が足りなかったようで、再び踏みつけようと右足を上げる。


その時、ベニーニョの口から何かを呟くような声が聞こえた。

またあの氷塊を生み出すつもりなのかと身構えるが、どうやらそうでは無く、許しを請う声だったようだ。


「…ッま、待って、許し、て、くれ、許し、て…ッ!」


それを無視して益荒男(ますらお)は上げた右足をそのまま踏み抜き、今度こそベニーニョの意識を刈り取る。


その様子をただ黙って見る事しか出来ずにいた取り巻き達は、まるで恐ろしい物を相手取ったかのように誰も近づこうとはせず、その場に立ち尽くすだけであった。


その様子を見た益荒男(ますらお)は内心この場で乱闘にならずに済みそうな事に胸を撫で下ろすと、集金が上手く行きそうだと確信した。




   ・

   ・

   ・




「じゃあ貰ってくぞ?次からは素直に払うんだな」


益荒男(ますらお)は手にした札束をズボンのポケットに押し込むと、そう言い残し壊れた扉から酒場を出る。相変わらずベニーニョは床に倒れたまま動く気配が無いが、死んではいないだろう。この金は取り巻き達が慌てて用意したもので、当然ながらベニーニョは何も指示を出してはいない。ここにいる皆がベニーニョの借金の一部を返済してくれているのだ。


初仕事にしては中々に難しい内容だったが、無事集金を完了しその顔から笑みが零れた。


そのままマルコの元に戻ると、どうやら今まで待っていたのか、それともずっとここに居るだけなのか分からないが、倉庫の入り口前に立っていた。


金を手渡すと、感心した様子でその金を受け取った。


「ほぉ…、どうやら上手く行ったみてぇだな?で、どうやってこの金を回収した?」


マルコはさして驚きもせずそう聞く。


「…まぁ、ぶん殴って、か?…いやッ!それよりも聞きてぇ事があンだけどよぉッ!」


益荒男(ますらお)の不機嫌そうな声にマルコはニヤニヤと反応する。


「くくく、いや悪ぃな!色々と説明が足りてなかったみてぇだ!ちょっと最近忘れっぽくてよ~、やっぱ歳とると目だけじゃなくて頭もダメになるみてぇだな!」


「…ッ、なッ!?てめぇ、さっきの事根に持ってンじゃねぇよ!イイ大人がよぉ!マジでそれが理由で説明しなかったのかよ!?」


先ほど小僧と呼ばれた意趣返しに、暗に老眼のせいだと言った事を持ち出してきた。まさかそんな事で仕事の説明をしなかったとでも言うのだろうか。


「くくく…冗談だよ!まったく良い反応しやがるぜ。…まぁ初仕事だしな、試験(テスト)を兼ねてってとこだ。ま、もちろん合格だ!」


「…。ったく、当たり前だっての!」


つまり初めから説明するつもりが無かったという訳だろう。しかし他の人間にも同じような試験(テスト)をやっているのだろうか。さすがに危険極まりないと言わざるを得ない。


「にしても…お前、全然怪我もしてねぇな?ベニーニョの野郎、魔法(・・)使ってきたろ?どうやったんだ?」


魔法(・・)、その言葉に益荒男(ますらお)は目を見開く。


「そッ、そうだ!魔法だッ!あれってやっぱ魔法なのかよッ!?氷の球を撃ってきやがったぞ!?」


「お~、やっぱそうだよな、使ってきたよな魔法。いや、そんな怒んなって!別にあの程度だったらお前だって平気(・・・・・・・)だろーが!そんくらいの方がお前の実力が分かって良いと思ったんだよ」


勢いよくマルコに食いかかる益荒男(ますらお)だったがその言葉に止まる。お前だって平気(・・・・・・・)とは一体どういう事か。なぜそれを知っている。身体の事はカルロは元より誰にも言っていなかったはずだ。


「…待て。平気ってのはどういう事だよ?」


その声色が先程とは打って変って剣呑な雰囲気になっている事に気づいたマルコは、表情を真面目なものに変える。


「…禁忌の森の先住民(アポストロス)って聞いてたからな。まだ若いが実力は疑って無かった。ただそれがどの程度か分からなかったからな。だから試したんだよ、ベニーニョでな」


なるほど、先程の言葉の意味は理解できた。禁忌の森の先住民(アポストロス)という言葉(ワード)に原因があったと言う事か。しかし一体それが何を意味するのか今一つ理解出来ていなかった。曖昧な態度で流れに身を任せていた事が今ここで自分に返って来たというわけだ。ここでこの事を曖昧なまま終わらせるのは不味いと感じた益荒男(ますらお)は意を決して聞くことにした。


「悪ぃが教えてくれねぇか?その禁忌の森の先住民(アポストロス)ってのが何なのかをよ。正直何を言ってンのか全然分かってねぇんだよ」


その言葉にマルコは何を思っただろうか。


「…はぁ?何って、…あぁそうか、そうだったな。お前らは自分で禁忌の森の先住民(アポストロス)なんて言わねぇんだったな。まぁ考えてみりゃそりゃそうか。外の人間から自分達がどう呼ばれてて、どう思われてるかなんて知るわきゃねーよなぁ…」


どうやら少し勘違いをしているようだが都合が良い。


「俺らセイクリイドに住む人間の中じゃ有名な話だ。お前らの住む"禁忌の森"にまつわる噂があんだよ。神樹ヴァシラを崇めて精霊を身に宿す先住民って感じのな。アポストロスってのは神の使者って意味らしいぜ?誰が言い始めたのかは知らねぇが。実際どうなんだ、そうなのか?」


神樹ヴァシラを崇め、精霊を身に宿す先住民…。当然何の事か知る由も無いが、マルコの実力を疑っていないという言葉の意味が分かった。つまり相当に強い先住民で、当然その先住民の一人であるはずの益荒男(ますらお)も強いと、そういう訳なのだろう。


「…まぁ、あくまで個人的な見解としては、別に、神の使者のつもりはねぇかな…?」


「ま、だよなぁ…。まぁそうだったら面白れぇけどな!」


何が面白いのかは分からないが、これも強く否定する必要があるのか無いのか悩む話である。だが、自分の身体の事が知られているという事では無かったようだ。


「そういやお前、カルロさんに森で迷って川に落っこちたって言ったらしいな。ちょっと他に無かったのかよ?そんな間抜けな話があるか?大体、森の住民が森で迷うかっての、だろ?どういう理由があるか知らねぇし、詮索するつもりもねぇが、ちょっとは考えた方がいーぜ?くっくっく!」


どうやら誤魔化すために嘘をついていると思っているようだ。だが全くの事実でそんな間抜けな話で悪かったなと心の中で愚痴る。実際に溺れて川に流されているのだから疑いようも無い気がするが、どうやらその事まではマルコに伝わってはいないらしい。


疑問が解けたところで本題に入る。手を差し出す益荒男(ますらお)にマルコがあぁと反応する。


「ほらよ、今日の報酬だ。受け取れ」


だがそう言うと、先ほど渡した金をそのまま渡してくる。


「…イイのかよ?」


「ま、今日は何も言わずに試すようなマネしちまったからな!初仕事が無事終わった祝いも兼ねて、だ。持ってけ!」


カルロがマルコの事を気の良い奴と言っていたが、それを身をもって理解した。


「へへ…、そうか。じゃあ遠慮なく!これで久々にまともな飯にありつけそうだぜ。昨日も今日も臭ぇ水しか飲んでなかったからなぁ…!」


こうして益荒男(ますらお)の初仕事は無事終わりを迎えた。




  ・

  ・

  ・



食事にありつくため廃墟の街(スラム)をふらふらと散策していると、屋台が所狭しと並ぶ一画を見つける。どの屋台も横には食材や食器が裸で置かれ重ねられており、乱雑な雰囲気と共に不衛生極まりない。しかし旨そうな匂いが周囲に漂い、空腹だった腹を刺激する。


目の前の屋台では大きな鍋でぐつぐつと何かを煮込んでいた。その横の屋台を見ると、大きな鍋で野菜を炒めており、暫くすると、そこに薄白い半透明の麺のようなものを入れてかき混ぜている。向かいにある屋台に目を移すと、破れてぼろぼろのパラソルの下で、何かの肉を大きな包丁を使って解体しており、それを今度は木の串へと刺していく。どうやら串焼きのようで、その横ではその串に刺さした肉を焼いている。


それを眺める益荒男(ますらお)の姿を見た店主が声を掛ける。


「にーちゃん、買ってくかい?見てるだけじゃ腹には溜んねーぞ!」


そう言われると買わずにはいられない。一体何の肉なのか聞いてみる。


「鹿だよ!今日はモモ肉が入ってるっ、うめぇぞ~!」


一本貰い頬張ると、噛み応えのある肉の触感と独特の臭みが口から鼻に抜ける。空きっ腹という事もあってか全く気にならない。塩加減が良い塩梅で旨い。


串肉を食べながら、先ほど見た大鍋で何か煮込んでいる屋台へ戻る。後ろからは食べ終わったら串を返すようにという声が聞こえる。


「オバちゃん、これ何作ってんだ?スープか?」


「あぁそうだよ!これは鹿のスジをじっくり煮込んでんだよ。どうだい?食べてきなさいよ!」


そう言うとこちらの返事も待たずに皿に盛り始める。この勢いと遠慮の無さこそがこの廃墟の街(スラム)の醍醐味なのかもしれない。


屋台の通りを進むと、人の多さに驚く。少し昼時は過ぎているが食事を求めてここに集まっているのだろう。子供の姿も見えるが、学校には行っていないのだろうか。


ごった返す人々眺めると、皆一様に瘦せぼそっており、満足に食べることが出来ていない事が予想出来る。だが何とも言い難い熱気がここにはあり、誰もが懸命にその日を生きている事が伝わってくる。


初めはそれをどこか他人事のように見ていた益荒男(ますらお)だったが、この街を自分の足で歩き、同じように食事をする内に、自分もここの一員になったのだと、改めて認識した。





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