表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/15

15 新たな門出



部屋に戻ると見覚えのある殺し屋がいた。

どうやら無断で入ったようだ。


「…、勝手に入るなよッ!」


だが以前部屋にボーガンを仕掛けられている。

今更かと心の中で愚痴る。


「…探し物が見つかったぞ」


「!」


サービルと名乗る殺し屋の男は益荒男(ますらお)からの依頼によりある物を探していた。


その探し物とは"レッド・コープス"のとある施設(・・)だ。


"レッド・コープス"はトップツーのラーラ・ソリアーノとラニエロ・ソリアーノが死亡した事でほぼ壊滅状態にあると予想される。二十人程度だった構成員は半減しているはずであり、残った者がどこにいるかは明らかになっていない。だがすでに拠点は焼け落ちているため、散り散りになっているか、あるいはその施設(・・)に隠れているかだ。


"レッド・コープス"の資金源は密造酒(・・・)だったらしい。

密造酒を製造し、それを密輸する事で大金を手に入れたようだ。


であれば、その密造酒の製造現場がどこかにあるはずである。


殺し屋の男、サービルへ頼んだのはその密造酒の醸造施設(・・・・)の場所だ。


これは千載一遇の好機である。

持ち主を失った密造酒の醸造施設を奪取し、自らの生業とするのだ。


益荒男(ますらお)は誰かの下で働くという事に拒否感を持っている。

以前はそれで就職をせずに居酒屋を開いて一国城主の主になったわけだ。


自分には醸造施設を奪う権利がある。そのはずだ。

だが"レッド・コープス"壊滅を知る第三者が横から掠め取る可能性もある。

法が無く警察もいないこの場所では欲しい物は自ら勝ち取る必要がある。

だが場所が分からない。


そんな時に思い至ったのが件の殺し屋である。一体どうやって自分の居場所を突き止めたのか、ずっと気になっていた。もしその者に醸造施設の場所を探って貰う事が出来れば。


「本当かッ?」


「あぁ、見つけた。大変だったぞ。密輸先から探って、そこから運び屋、そして製造現場…」


ついに発見された。場所を確認する。


「四番街だ。湖岸沿いの倉庫が製造の現場だ。中には人がいたが密造酒を製造している様子は無かった。恐らく製造は中断している」


「完璧だ!すぐ出発するぞッ!」


すぐに案内を頼むとサービルからつれない声が聞こえる。


「待て…!俺が受けた仕事はここまでだ。金を貰おう…!」


目を丸くするが、確かに依頼はあくまで醸造所の場所を探す事で、案内は含まれない。それくらいやってくれても良いのではと思ったものの、それを言えるような関係でも無い。素直に金を払うとサービルは場所の書かれたメモだけ渡すと去っていった。


「ったく、ツレねぇ奴だ…」


だがそれも仕方ない。サービルは仕事とは言え益荒男(ますらお)の命を狙っており、益荒男(ますらお)はサービルの手に風穴を開けている。良好な関係という訳で無い。


受け取った手書きの地図を見て現場へ向かう。四番街はついさっき行ったばかりだ。




  ・

  ・

  ・




「この辺か…」


景色はマルコのいた倉庫の付近と似たようなものだ。景色の大部分を占めるのはスン湖の湖面で、その大きさ故にどこから見ても大差無いようだ。


三番街もそうだったが、この四番街も湖岸には倉庫が立ち並んでおり、サービルから受け取った手書きの地図ではこの倉庫のどれかのようだ。地図には倉庫を示していると思われる四角があり、その中の一つが黒く塗り潰されていた。


「…、これか?」


倉庫正面にある大きな扉を開こうとするが鍵が掛かっているのか開かない。仕方なく倉庫の周りを回って別の扉が無いか探すと、一つの扉を見つける。だがその扉も鍵が掛かっているのか開かない。さすがに用心しているようだ。


とその時、火傷痕が僅かに痛む。

すぐにこの意味を察すると、意識を集中し身構えるが、一向に何も起こらない。疑問に感じていると、数秒後に後方に何か気配を感じた。恐らく人だろう、僅かにだが呼吸音が聞こえた。


身に危険が迫ると痛みを感じると思っていたのだが違ったのだろうか。


だがその直後、首元にナイフが添えられた。


「動くな。…何者だ?」


なるほど、間違っていなかったようだ。

以前は矢の速度に反応していたため、一瞬後の身の危険に反応するものと勘違いしていた。


「この倉庫の持ち主だが…?」


「何…!?」


困惑の声が聞こえる。恐らく"レッド・コープス"の残党だろう。


「ソリアーノ兄妹は俺が()った、降伏しろ」


「なっ…!?」


顔は見えないが動揺が伝わってくる。


「降伏するならお前らの命は保証しよう。あぁそれと、俺が雇うぞ?」




  ・

  ・

  ・




倉庫内で目の前に一人の男が立っている。


「…ンン?もしかして一人だけなのか?」


「…あぁ。他はもういない。ボスが()られたって聞いて逃げたよ」


まさか一人しかいないとは想定外だ。


「てめぇは何で逃げなかったンだ?」


男は暫く沈黙する。すると徐々に話し出す。


「…、この醸造施設はな、"レッド・コープス"の前は別のギャングの醸造所だった。"レッド・コープス"は二代目だ…。俺は…初代の時からここで働いてる。仲間と一緒にここを立上げたんだ…」


"レッド・コープス"は一年程度の若い組織と聞いていたが、どうやって密造酒の製造と密輸ル―トを確立したのか疑問だった。だが全て奪ったという事だったかと謎が氷解する。


「初代…、そのギャングの構成員だったってワケか。…その時の仲間はどうした?」


「仲間はソリアーノに殺されたよ…」


その醸し出す雰囲気から決して好き好んで"レッド・コープス"にいた訳じゃないという事が分かる。この醸造施設のためにここに残っているという事か。だが好都合だ。


「なるほどなぁ…。で?お前だけでここを回せンのか?」


男は首を横に振る。


「無理だ。最低でも五人か…、いや三人、三人いれば何とか稼働は出来る」


三人。探す必要がある。それと忘れてはならない事が一つ。


「金は?稼働にいくら必要なンだ?」


「…材料はまだ在庫があるからすぐには金はいらん。だが動き出したら原料を揃えるため金は掛かる。…ただ別の問題があるぞ」


初めだけとは言え金が不要なのは有難い。さすがに逃げ出した残党も原料は持ち出さなかったか。そう言えば情報流出を防ぐためにも残党狩りをしておかないと不味いだろうか。サービルの連絡先を確認しておくべきだった。だが問題とは何の事か。


「造った酒をどうやって捌くか。…密輸ルートだ。"レッド・コープス"のルートは使えんぞ?詳しくは知らんが、あれはソリアーノ兄妹が初めから持っていたルートだった。もう使えんだろう」


これは衝撃の事実だ。


「あぁン…?マズいじゃねぇか!…その前のギャングのルートは!?」


「さぁな…俺はその辺には関わってなかったんで分からん」


人の確保に密輸ルート、問題は山積みだったが、やるしか無い。




--




スン湖の湖岸の景色はどこから見ても似ている。

だが陸地に目を向ければその区画によって多少は違うというものだ。

この三番街の湖岸も、四番街とは違った景色があった。


「よぉ、マルコ」


三番街の倉庫にコルブラン一家のマルコが待っていた。

勧誘を受け返答を保留したままもう二週間が経過していた。


「よぉ、マスラオ」


周りを軽く見渡すが、どうやらアルトゥーロはいないらしい。それもそうかと納得する。アルトゥーロはあの時仕事の話をした時に初めてここで会った。それまで一度も会った事は無かったし、普段この場所にいる事はないのだろう。


「そういや、久しぶりだな。最近全然来ねぇじゃねーか」


来ないとは仕事の話だろう。以前はほぼ毎日ここへ仕事を貰いに来ていた。日雇いの仕事を請け負い微々たる賃金を貰い、その日の食事に消え、そして次の日に同じように仕事を貰う。そんな生活をひと月続けていた。


マルコは煙草に火を付け、口に咥えると白い煙を吐く。


「ま、この前の金があるしな。当然か」


特に気にもしないらしい。だが金を持っているのに日雇いの仕事をわざわざ受ける方がどうかしている。相当な暇人か仕事が好きな物好きくらいだろう。


「そういや、面白い噂を聞いてな?知ってるか?」


「噂?」


口に煙草を咥えたまま口を動かし喋る。そしてそのまま少し開いただけの口から煙を吐き出す。器用な男だと思いながら益荒男(マスラオ)は噂とは何だと聞き返す。


「サリエリ一家の奴らが六人、殺されたらしい。しかも同じ場所でだ。奴ら誰が()ったのか血眼になって探してるよ、くくく。当然真っ先にコルブラン一家(オレら)が疑われてよぉ、ちょっとヤバい雰囲気になってる」


そう言って益荒男(マスラオ)の目を見てくる。それを黙って見返すと、やはり笑いながら話を続ける。


「くっくっく!お前、やっぱ良い顔するようになったなぁ!その火傷も目も良い具合に箔が付いたしよぉ、手土産も十分だ。久々の大型新人だ。なぁ?」


マルコはもう確信しているのか、それとも揺すぶりを掛けているだけか。

はっきり言われなくても当然何を言いたいか理解出来る。


益荒男(マスラオ)はマルコの目を見る。


「マルコ、悪ぃが…俺は俺の道を行く。だからコルブラン一家には入ンねぇ」


マルコは益荒男(マスラオ)の横を過ぎそのまま歩くと、煙草を吸いながら大きく息を吐く。暫く煙草を吸っているだけのマルコだったか、その姿を益荒男(マスラオ)もまた黙って見ていた。


「で…?お前の道って?このまま何もせずぶらぶらする訳じゃねぇんだろ?」


決して驚く訳でも無く、怒るように声を荒げる訳でも無く、ただ静かにそう問い掛けてくる。


「昔からよぉ…俺は誰かの下で働くってのが嫌でよ。それで手痛い失敗もしたし、そのせいで人生終わりそうになった事もあったンだ。けどよ、この世界(・・・・)に来れたお陰で人生やり直せそうなんだ。…お前のお陰でその切っ掛けも掴めたしよぉ…!」


「…、そうか。まぁ、そういう道もあるよなぁ…。お前もそれを選んだって訳だ」


以前アルトゥーロが言っていた。力を持つ者は誰かの下には付かないと。多くの者は自ら立ち上がると。


「そう簡単には行かねぇぞ?敵だって多い。その覚悟がお前にあんのか?長い物には巻かれるってのは楽でいいぜぇ?」


口に咥えていた煙草を地面に落とす。

まだ火は着いている。


「オイオイ、何言ってンだ?俺は自分の力で成り上がるぜ!敵には容赦しねぇ!よぉく学んだよ、廃墟の街(スラム)のルールってのをよぉ」




   ・

   ・

   ・




夕暮れの倉庫前でマルコは佇んでいた。難しい顔をしている。

その脇ではアルトゥーロが黙って立っている。


「アルトゥーロ…」


自分の名を呼ばれたアルトゥーロは顔をマルコに向ける。


「サリエリ一家の殺し、()ったのはマスラオだ。…この話を奴らに流せ」


「…良いのか?」


誘いを断わられた事に腹を立てたのか、それとも仲間にならないなら敵だと言うのか。


「うまい事いかねぇもんだなぁ?わざわざアイツのトモダチを"レッド・コープス"が殺したように手間暇掛けて仕込んだのによぉ。まぁソリアーノ兄弟を()れただけマシか…?」


頭を掻きながらそう言うと笑いながらアルトゥーロに続ける。


「くくく…もしかしたらアイツがサリエリ一家潰してくれるかもなぁ…」


そう言って可笑しそうに笑うマルコの声が小さく湖岸に響き渡った。




-完-





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ちょっとマルコに誘われて靡かなかったところが銀と金を思い出したんですが(曖昧なイメージ)、綺麗にオチがつきましたね。マフィアは所詮マフィアだったようで。 作品キーワードで成り上がりというには…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ