13 命を狙う愚か者
コルブラン一家への加入の勧誘を受け三日が経っていた。
益荒男はまだ結論を出せずにいた。
このままこの廃墟の街に住み続けるならマフィアになった方が良い、そう考えている。日々僅かな金銭を稼いでその日暮らしを続けるつもりは毛頭無い。だがまだ知らない事が多すぎる。たったひと月の生活でマフィアになるという結論を出すのは時期尚早だと、それだけは自信を持って言えた。
「…どうッすかな」
マフィアには掟があるらしい。
コルブラン一家の掟がどうかは知らないが、やたらと制限があるようだ。何よりマフィアに一度加入しようものならいつどんな時でも組織のために働かなければならず、組織への忠誠を誓わなければならないらしい。
勧誘を受けた翌日、カルロに会いに行って聞いた話だ。
誰れでも良かった。マフィアについて第三者の意見が聞きたかったのだ。そんな時、カルロの事を思い出した。マルコを紹介したのはカルロであり、過去にマルコを世話した事もあると話していたのを覚えていた。
恐らくマフィアの関係者だろうと話を聞きに行った訳だ。
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「よぉ~、じーさん元気にしてたか?」
カルロはいつもの椅子に座っていた。いつも一体何をしているか不明だが、大分歳のようであるし、これまでの人生の思い出に浸っているのかもしれない。
「んん…?おぉ~お前さんか。どうした。ここの生活には慣れたかのぉ?」
「あぁ、ちょっとだけな。マルコの所で仕事を貰って慎ましく生きてるよ」
そう言ってこれまでの生活を軽く話して、マフィアについて聞く取っ掛かりにしようと考えた。
「…ほぉ、まだひと月しか経っておらんと言うのに随分精力的に活動しとるの。もしかしてマルコからコルブラン一家に誘われたんじゃないか?」
「!…良く分かったな?」
今の話でなぜその考えに至ったのか分からない。だがここに来た目的は果たせそうだ。
「コルブラン一家は人手不足じゃからのう、そりゃ優秀な人間がおったらな。それにお前さんは知らんかもしれんがの、マフィア絡みの仕事を構成員ではなくそのさらに下っ端、まだ一家に入っていない者に任せる事も多いんじゃよ」
「…ん?って事は、俺は立ち位置にいたって事か?今の言い方だとマフィアになりたい奴が進んでそういう立ち位置に収まりそうな気がすっけど?」
マフィアの正式な構成員の数はあまり多くは無く少数に限られている。組織の人数で大部分を占めるのは準構成員と呼ばれるマフィア紛いのチンピラである事が多い。仕事をこなして行く事で、組織に認められ、加入するというのが標準的なマフィアへの加入方法だろう。
「それだけお前さんが優秀だったと言う事じゃろう。コルブラン一家は伝統のある古くからのマフィアじゃ。人気もあるぞ?もっと喜んだろどうじゃ?ほっほっほ」
そう言えばマルコもコルブラン一家は廃墟の街が出来る前からあると話していた。同時に衰退しているという事も話していた気がするが、果たして本当に人気があるのか疑わしい。カルロの認識が数十年前で止まっている可能性を視野に入れた方が良いだろう。
「…もしかして、じーさんも昔はコルブラン一家にいたのか?前に言ってたろ、マルコを世話してたってよ」
「…ほっほっほ。中々鋭いのぉ~、だがハズレじゃ!…儂は別のマフィアにおったんじゃ、もう大分前に無くなってしまったがの…」
どうやら半分は正解と言ったところか、やはりカルロはマフィアだったのだ。改めてそうだと目の前のカルロを見ても、とても元マフィアには見えない。只の飄々とした老人だ。
「まぁそんな経験者から一つ言わせてもらうとすれば…、マフィアは何時如何なる時も組織のために生きなければならん。そして組織の秘密を漏らすような事があれば悲惨な報復を受けるじゃろう。お前さんにその覚悟があるのならマフィアになるのは悪い事では無いかもしれんの…。まぁ当然じゃが、マフィアは危険と隣り合わせじゃ、命の奪い合いだからの」
「自由じゃねぇなぁ…」
だが益荒男の脳裏には"レッド・コープス"の面々を殺した時の光景があった。あの時、間違いなく自分は高揚していた。心の中にあったのは人を殺した事に対する禁忌や恐怖ではなく僅かばかりの歓喜であった。特にソリアーノ兄妹との闘いでは、まるで自分が生きている事を証明するかのように心が満たされていた。
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「!」
カルロの元から帰っている途中、顔の火傷痕にぴりぴりと痛みが走った。
その直後、小さな風切り音が遠くから聞こえる。
「ッ!」
反射的に横に跳び、地面へと倒れる。元いた位置の少し先を見ると、地面に矢が刺さっている。
「…くッくッく!ついに、ついに避けたぞッ!おーい、見てるかぁーッ?」
振り返ると遠く離れた位置に木があり、その横に人が見える。手には弓のような物が見え、あの男が射手だろう。その姿を見るのは今回が初めてだった。遠目で分かり辛いが驚いているように見えなくも無い。
この三日間も常に狙われていた。
だが以前とは違い、矢の存在を感知する事が出来るようになっていた。
矢が届く一瞬前に火傷痕がぴりぴりと弱く痛むのだ。最初はそのまま矢の直撃を受けていたのだが、その次も同じように火傷痕が痛んだため、もしやと思っていると、さらにその次でも同じように火傷痕が痛んだ。もしかしたら身の危険を感じると痛みが走るのではと推察している。
その後も痛みを感じる度に矢を避けようとしていたのだが、ついに避ける事に成功した。
益荒男は駆ける。全速力で駆ける。ついに手にしたこの機会を逃すわけにはいかない。あの命を狙う射手をついに眼中に収めたのだ。これを逃すと次は無いかもしれない。
益荒男が駆け出した直後、男も走り出し逃げ出す。
まだ男の間には距離があり、そう簡単に追いつく事は出来ないだろう。建物の物陰にでも隠れられたら見失ってしまう可能性も高かった。だが益荒男もそれを理解しており、対策に打って出る。
「おぉーいッ!そいつを捕まえた奴には金をやるぞッ!!」
大声でそう叫ぶと、周りにいた者達が次々に反応して男を追い始める。
「誰かッ!そいつを止めろぉッ!金はあるぞぉッ!!」
さらにもう一度叫ぶ。
すると一人の男が物凄い速度で男に追いつき、そしてついに捕まえる事に成功する。
「くっ!離せッ!このッ」
追い付くと益荒男はそのまま男を殴りつける。
「ぐべっ」
男がうつ伏せで倒れると、逃げられないように益荒男が背中の上に乗り、その状態で功労者である足が速い男に金を渡す。
「ハァ、ハァ、やぁっと捕まえたぜぇ!おい!てめぇは誰だ!?」
「…ちっ」
男は何も喋らない。舌打ちをするだけだ。
益荒男は男の背にある筒から矢を一本抜き取る。
「見ろ、ここにお前の矢がある。これを今からお前の掌に突き刺す。いいな?」
そう言うと返事を待たずに矢を高く掲げ、勢いよく掌に突き立てる。
「ぐあぁっっ!」
男の右手が一本の矢により地面に縫い付けられる。これで暫く矢は引けないだろう。
「さぁ言え。てめぇは誰なンだ?」
「ぐっ…うぅ…」
だがそれでも男は何も喋らない。
「ほら、左手行くぞ、喋べんねぇとまた痛てぇぞ?」
「…ぐ…」
矢を高く掲げ、勢いよく掌に突き立てる。
「ぐあぁっーー!!」
男の左手も右手と同じように矢によって地面に縫い付けられる。これで暫く弓は持てないだろう。
「くッくッくッ!ざまぁねぇな!」
両手が地面に固定されたため逃げられる心配が無くなった。そう考え、男の顔が見えるよう正面に移動し、腰を落としヤンキー座りで顔を伺う。
「ほ~ん、てめぇ、そンな顔してたのか。で?何で俺の命を狙ってたンだ?」
「…」
だがそれでも男は何も喋らない。
「てめぇ、サリエリ一家の奴か?」
「…違う」
ここでようやく男が口を開いた。黙っていれば肯定したと取られると判断したのだろう。
「サリエリ一家の奴に殺しを頼まれたのか?」
「…」
沈黙、つまり肯定か。
「誰に?」
「…」
依頼主の事は話さない、そういう事だろう。
「今からてめぇを殺すが文句ねぇな?」
「…、…ま、待ってくれ」
ようやく男が弱音を吐く。命乞いか。
「じゃあ話せ」
「…いや、ここでは…」
見ると周りには人混みが出来ており、固唾を吞んで成り行きを見守っていた。さすがにこれだけの人間がいる場で誰に殺しを頼まれたかなど話せるはずが無いか、そう思い場所を変える。
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「…今度はどうしたんじゃ?…誰じゃそれ」
場所を変えると言ってもこの廃墟の街に喫茶店など無い。まだカルロの座る椅子から離れていなかった事からここを選んだ。もしかするとカルロはサリエリ一家についても詳しい可能性があり、何か意見を貰えるかもしれないという打算も働いた。
「さぁ、ここでイイだろ。話せ」
「…話せば解放されるのか?」
解放しなければ話さない。だが解放するなら話すと捉える。
「あぁ、その代わりもう俺を狙うンじゃねぇぞ、面倒臭いからなぁ」
その極自然な余裕のある返答に男は内心恐怖する。
「…お前を殺すように依頼したのはサリエリ一家のライモンドという男だ。理由は知らない」
ライモンド。この街に来てすぐに会ったあのサリエリ一家の男だろうか?顔は薄っすらとだけ覚えている。
「そのライモンドって奴はどンな顔だ?」
「…眉毛が薄く目は大きい。鼻は普通。唇は少し厚い。肌は白く髪は短い金色。身長は170センチ程度。体は中肉中背、がっしり目。ぱっと見はチンピラ、だ」
やたらと詳しく説明する男に少し唖然とするが、必要以上の情報を貰ったような気がする。命の危機があるとここまで話すようになるか。
記憶を辿るが、眉毛と目と鼻と唇はどうだったかまるで覚えていない。だがそれ以外はそうだったような気がする。やはりあの男か。こちらは何もしていないというのに何故こうなる?しかもいきなり殺し屋を使うとは頭がおかしいんじゃないのだろうか。
カルロに視線を投げると、その意図に気づいたのか首を横に振る。どうやら知らないようだ。
「…、…それで、お前は?殺し屋なンだろ?」
「…廃業だ」
心が折れたのか、それとも依頼主を明かしてしまったからなのか。
「俺の事はどうやって調べた?そのライモンドって奴は一回ちょっと擦れ違った程度だ。名前も知らなきゃ部屋の場所だって知らねぇハズだ。どうやって居場所を掴んだンだ?あん?」
すると顔を上げて少し自信あり気に話し始める。
「ふん…あの男が記憶していたお前の身体的特徴から探っただけだ…。根気よくな…。俺は獲物は絶対に逃がさない…今回だって決して逃がしはしていない…!…逆に仕留められただけだ…」
あの男と会ったのはまだ廃墟の街に来て一日目か二日目だったはず。街には一切益荒男の情報も無かったはずだ。
「…そいつは大したモンだなぁ。殺し屋廃業しても探偵で食っていけるンじゃねぇか」
「…!」
男が目を見開く。天啓でも受けたような表情だ。
「まぁ良い。聞きたい事は聞けたしな」
そしてじゃあと続ける。
「最後に…仕事を依頼しようかな、探し物があってな」
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益荒男は以前来た事のある通りを歩いていた。前に来たのはひと月ほど前だったが随分懐かしく思う。以前ここ来た時は初めて見る景色に心躍っていた。その時は気づかなかったが、ここは他の場所と違い、どこか暗い雰囲気が漂っていた。路上にいる者の纏う雰囲気もどこか危ないものを感じる。
とすると一人の男が声を掛けてくる。
「ニィちゃん!確か前にもここ来てたよな~?…やっぱ欲しくなったんだろ?これをよぉ?」
見た記憶のある顔である。顔色が悪く歯が欠けている。あの時は金を一銭も持っていなかったが、今はたっぷりと持っている。
「…そうだなぁ、まぁ物は試しなンて言うしな!買うぜ」
すると男は嫌らしい笑みを浮かべ、懐から紙に包まれた何かを差し出してくる。それを男が口にする言い値を支払い受け取る。
「こりゃ結構強ぇからよ、ちょっとずつ吸うのが良いぜ~?間違っても口には入れんなよ?」
そう男が説明するのを聞きながら包みを開くと、中には白い粉が入っていた。匂いを嗅いでみるが無臭で何も感じない。さらそれを口に入れると、強烈な苦みを感じる。まったく美味しくはない。
「!?ちょ、俺が言った事聞いてないのかよ!死んじまうぞ!?」
横で男が煩く声を出すが気にしない。
「…まぁ予想はしてたが…何も感じねぇな…」
実は自分の身体であれば効かないのではという予想をしていた。これまで得たいの知れない物をいくつも口にしたが、体調を崩す事が無ければ腹を下す事も無かった。だが意図的に造られた薬物ならどうかと興味があったのだ。だが時間が経ってから変化があるかもしれないと、少し様子を見る事にする。
まだ何やら喋っている男を無視してそのまま進む。
「確かこの辺りだったよなぁ…?」
そう言うと辺りを見回す。すると近くにいた男に近づき話しかける。
「なぁおい、サリエリ一家のライモンドって知ねぇか?ちょっと会いてぇんだけどよぉ?」
すると男は突然の問い掛けに怪訝そうな表情をすると、暫く考える様子を見せ、着いて来いと歩き出す。どうやら居場所を知っているらしい。当たりだ。
男に着いて行くと、十分程度歩いたところで待つように言われる。そのまま目の前にある建物に入っていったが、ここにライモンドがいるのだろうか。路上で待っていると、暫くして男が出て来て、着いて来いと目で語っていた。
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