10 殺しに必要な理由は
「ほら、今日の仕事だ」
昨日の仕事を断ってからマルコの態度が少し冷たいように感じていた。今まではもう少し世間話に花を咲かせていたものだが取り付く島もない。このまま少し気まずい思いをしながら付き合い続けるわけにもいくまいと、努めて自然に話し掛け世間話でもしてみようかと試みた。
「あーっと…おい、そうだ、昨日言ってたギャングなんだけど…、ギャングって一体何なンだ?全然知らなくてよぉ」
「…あー?…ふぅ~…そうだな…。ギャングってのはマフィアの真似事やってる悪ガキ小僧の集まりだよ。ちょっと度が過ぎてる奴も多いがな。ただマフィアと大きく違う事がある。何か分かるか?」
だがこの反応を見るにどうもこちらの思惑を見透かされてしまったようだ。だがマルコもこちらの意図を汲んでか何も言わずにギャングについて話をする気になったようだ。さすがに年長者として年の功があった。
「そうだな…まぁ俺の持ってるイメージで言うと、マフィアは良くも悪くも社会に根付いてるが、ギャングはただ暴れるだけ、ンな感じか?」
「んだよ!分かってんじゃねぇか!…まぁ、俺らマフィアはこの廃墟の街で、役人共がやってるような生活に必要な設備の管理や治安維持みたいな事をやってんだ。まぁ所謂社会貢献って奴だな!社会ってもんが成立するには俺らが必要不可欠ってわけだ。その代わり僅かばかりの手数料ってのを頂いてるけどなぁ?…だけどな、ギャングはそうじゃねぇ、あいつらは奪うだけ。…まぁ俺が言うのも何だけどよ、マフィアの悪い部分だけをギャングはやってるって感じだな」
思った通り、この廃墟の街でマフィアは重要な役割を持っているようだった。オミハから見捨てられてしまった廃墟の街が未だに街としての機能を有している事に疑問を感じていたのだが、それを維持していたのはマフィアだったと言う事か。そしてそれを壊しかねない存在がギャングだとマルコは言いたいのだろう。
「…で、どうだ?あの仕事をやる気になったか?」
マルコの言うあの仕事とは昨日の"ギャングの静粛"の件だろう。だがそう言われても簡単に答えは変わらない。例え廃墟の街のためという大義名分があったとしても、この廃墟の街が故郷という訳でも無ければ、長く住み愛着があるという訳でも無い。やはり"ギャングの静粛"を行うには理由が無いのだ。
「いや…悪ぃけど無しだ」
「はぁ…ダメか…。…あぁそうだ。今日の仕事だけどよ、それもギャング絡みだぜ?ここのとこ続いてる。早いとこ何とかしねぇとなぁ~」
ギャング絡みとはどういう事か。無駄だとは知りつつも、一応どういう意味なのか聞いてはみたが、相変わらず行けば分かるとしか答えは返って来ない。知りたければ早く現場へ向かえという事か。いずれにしても現場に行かないという選択肢は無く、その足で現場へと向かう事にした。
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風切り音と共に後頭部に衝撃を感じる。しかし痛みは無い。一瞬混乱したものの、昨日の光景がフラッシュバックし状況を理解して正気を取り戻した。
頭部に受けた衝撃により身体が前方に倒れ込もうとするが、既の所で手を地面に向け出すことで身体を支える。直後、反射的に後ろに振り返って射手の姿を探そうとするが、その姿を見つける事は叶わず徒労に終わった。
遅れてカランという金属音が耳に届く。音のした方に視線を移すとそこには矢が落ちており、恐らく頭部に当たった後に暫く宙を舞っていたのだろう。
昨日に引き続きまだ諦めていなかったらしい。
「ちッ、まだ諦めてねぇのか!無駄っだってのに!」
どうやって尻尾を掴んでやろうかと考えてみるが、まだ良い案が思い付かない。
そうこうしている内に現場に着くと、そこにはつい先日見たような景色が広がっていた。
「…、またこの人混みか」
益荒男が目にしたのは路上集まった人混みであった。
なんという既視感だろうか。
人混みを掻き分け奥へ進むと、予感はしていたが、やはり火傷を負った遺体がいくつかあった。
前回見た遺体よりも火傷が大きく酷い。
「これもギャングの抗争が原因か…?」
行けば分かると言っていたマルコの言葉が理解出来た。そしてやはりこれはギャングの仕業だという事なのだろう。一人呟くが返ってくる返事は無い。まだ一度しか経験していなかったが、もう慣れたというのか気分が悪くなる事は無かった。それどころか手慣れた様子で荷車に遺体を積んでいく。
そしてある一体の遺体の顔を見て唖然とした。
顔に火傷も無く見間違いでは無い。
共に酒を交わしてからまだ三日と経っていない。
金を貯めて新区画"オミハ"に行くのが自分の夢だと語っていた姿が脳裏に浮かぶ。
「…トニオ?」
自分の手でトニオの遺体を運び、自分の手で遺体に火を着ける。
視界が回転するかのように揺れ、胃から酸っぱいものがこみ上げてくる。
まるでここが現実では無いかのような錯覚を覚える。
火葬場で焼かれていくトニオを益荒男は黙って見ていた。
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部屋に戻りベッドの上でトニオとの思い出に耽る。だがあまり浮かんでこない。それもそうだろう、決して付き合いは長くなかった。この廃墟の街で苦しくも逞しく生きたトニオは何を思って死んでいったのだろう。
一体誰がトニオを殺したのか、なぜ殺されたのか。
自分の手でそれを明らかにしなければならないと、何故か当然のように考えていた。
トニオの遺体は大きな火傷があった。下手人が魔法を扱う者だとすれば、容疑者はそう多くはないはずだ。ましてや火の魔法を扱うのであればより数は絞られる。
どうやって調べると良いのか。
真っ先に思い浮かぶ人物は一人しかいなかった。
三番街の西、スン湖の湖岸にある倉庫に益荒男は向かっていた。
倉庫が見えて来ると、二人の男の影が見えた。マルコともう一人は見覚えの無い顔である。仕事を斡旋してもらおうとやってきた廃墟の街の住人だろうか。
近づいていくとマルコがこちらに気づいたようで、話していた男を手で制するように話を中断してこちらに歩いてくる。男は黙ってこちらを見ていると、その場で腕を組んで佇む。こちらの話が終わるまで待ってくれるという事か。
「よぉ、どうした?仕事は終わったのか?」
「イイのかよ?」
男の方に視線を向ける。
「あぁ、大丈夫だ。で?」
「教えて欲しい事があってな。…今日の死体処理、死体全部に火傷の痕があった。誰が殺ったか心当たりはねぇか?魔法を扱う者じゃねぇかと思ってンだけどよ…」
仕事を受ける際のやり取りを思い出す。マルコなら何か知っているはずだ。
マルコは煙草に火を着けると暫く沈黙する。
「…」
「…なンだよ?知ってンだろ?」
煙草の煙を口から吐き出すと、ようやく話をする気になったのか口を開く。
「…あぁ、大体予想は付いてる。"レッド・コープス"だろうな…」
「"レッド・コープス"…?ギャングか?」
「そうだ。この三番街を根城にしてる奴らだ。そこのボスが魔法を扱う者で火の魔法を使う。十中八九間違いねぇよ」
レッド・コープスの名を口ずさみその名を脳に焼き付ける。ふとマルコの奥にいる男の目が合った。そうやら先ほどまでマルコと話していた人物のようだが、こちらに耳を傾けていたのだろうか。だが聞かれて不味い話でも無い。
「死体は十人分あった。同時に十人を相手取れるような奴なのか?その魔法を扱う者はよ…?」
益荒男が知る唯一の魔法を扱う者の姿が頭に浮かぶ。氷の魔法を使っていたべニーニョだ。だがあの男は魔法を使う際に呪文のような言葉を口にしており、はたして呪文を言いながら十人を相手に出来るものだろうか?実際呪文を唱えている際は無防備と言って良かったように記憶している。
「まぁ中々の使い手だなぁ…。ただ十人同時にってのは確かに難しいかもな。が、それが可能かもしれねぇって理由も実はある。"レッド・コープス"にはよ、魔法を扱う者が二人居やがるんだよ、それも火魔法のな…。ったくふざけた野郎共だ…早く何とかしねぇとなぁ~」
その言葉でふと気が付いた。マルコは何と言っていたか。
三番街のギャングで、まるでコルブラン一家も手を焼いているような言い方だ。
嫌な予感がした。
「…なぁ?まさか"ギャングの静粛"って言ってたのは"レッド・コープス"の事か…?」
「…。あぁ、そうだ」
その肯定の言葉を受けある考えが頭を駆け巡る。マルコに"ギャングの静粛"の仕事を頼まれたのは二日前だった。もしあの時その仕事を引き受けていれば、もしかするとトニオは死なずに済んだかもしれない。その可能性に気付いた、いや気付いてしまった。
「…ちッ」
「…。どうした?」
不思議そうな顔をするマルコに事情を説明する。するとマルコは煙草の煙を溜息をつくように大きく吐いた。
「そうか、それは残念だったな…。"レッド・コープス"は邪魔になれば誰だろうと殺しやがる。そのトニオって奴は運悪く巻き込まれちまったんだろう…。確かにあの時お前が仕事を受けてたら死んでなかった可能性は否定できねぇな…」
「で、どうする。復讐するってんなら協力するぜ?」
以前は理由が無いと断った。だが今は違う。理由が出来てしまった。自分のせいでトニオが死んだと思っている訳では無い。ましてや復讐という訳でも無い。だが自分には関係無いと言うつもりは毛頭無い。
仮にこの身体が無かったら関わろうとはしなかっただろう。
だが現実は違う。
「別に復讐じゃねぇよ。ただ…アイツの無念は晴らしてやりてぇ」
それを聞いたマルコは、先ほどまで話していた男に振り向き、声を掛けた。
「おい!アルトゥーロ!」
アルトゥーロと呼ばれた男がやってくる。一体何だと言うのか。その姿を見て何となく予想が付いた。廃墟の街の住人にしては小綺麗な恰好をしており、その雰囲気もどこか違う。そう、例えるならマルコに似ている。
「こいつはウチの構成員のアルトゥーロだ。"レッド・コープス"の内偵を任せててな、奴らの拠点に構成人数はある程度抑えてる」
予想は正解だった。だが気になる事がある。
「前はギャングに割ける人間はいねぇって言ってなかったか?」
「ん?あぁ、そうだったな。別に嘘は付いてねぇよ。さすがに放置する訳にはいかねぇからなぁ。とりあえず奴らの事だけは探ってたんだよ!それに、お前は受けてくれるって思ってたからな」
さすがに自分達の縄張りを荒らされ放置するというのは沽券に関わるようだ。それにしても益荒男が受けると思っていたとは、いつの間にかそこまで信用を得ていたらしい。
「アルトゥーロ、こいつが話してたマスラオだ」
そう紹介されるとアルトゥーロは手を出してくる。握手のつもりだろうか。
「アルトゥーロだ。お前の事は聞いてる。よろしく頼む」
だが益荒男はその手を握らない。
「別にいつも通り仕事を受けるだけだっての。よろしくもクソもねぇよ!」
そう言うと特に気分を害した様子も無く、両手を広げ肩を竦める。
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"レッド・コープス"は結成され一年程度のまだ若い組織で、構成人数は二十人前後とギャングとしては比較的少ない。不確かながら廃墟の街のどこかで酒を密造しているらしくオミハに流して稼いでいるという噂だ。レナウン王国ではアルコール度数が高い酒は製造・販売が禁止されているせいで度数の高い酒の密造、密輸を生業にする者が後を絶たないらしい。コルブラン一家もその一つで、そういう意味でも"レッド・コープス"は邪魔な存在のようだ。
そう説明するアルトゥーロに疑問を投げ掛ける。
「何で度数が高い酒が販売禁止なンだ?」
「詳しくは無いが宗教上の理由だ。昔のデイダ教は酒自体が禁止だったらしい。その名残なのか今も度数が高い酒だけは禁止のままだ。…俺達には都合の良い話だがな」
「ふ~ん…ちなみに度数ってどれくらいなンだ?」
「10度だ。造るのも売るのもそれ以下だけだ」
10度とは随分低い。ビールくらいしか飲めないでは無いか。全く繁盛せず潰れたため自慢にもならないが、以前は居酒屋を経営した過去がある益荒男は酒には詳しい。ただし高い酒は除くが。日本酒やウィスキー、ブランデーはもちろんの事、もしかするとワインですら店で提供出来ないのでは無いか。その事実に戦慄する。
拠点は三番街の東の端に位置する建物で、郊外という事もあり周囲には建物も疎らで人もあまりいない。犯罪組織の拠点としては一等地と言える。
そして肝心の魔法を扱う者はボスのラーラ・ソリアーノとラニエロ・ソリアーノ。名前を見て分かる通り兄妹らしい。身体的特徴は白い肌に細く鋭い目と赤い髪。
アルトゥーロの作戦はこうだ。
日が落ちた夜に奴らの拠点へ襲撃を掛ける。標的は"レッド・コープス"の魔法を扱う者の二人のみ。この二人が消えれば"レッド・コープス"は崩壊する。襲撃班は益荒男一人。
「俺一人かよッ!?」
「当然だ。…というよりお前以外に戦力になる奴は出せないんだ」
コルブラン一家の戦力をギャング相手には勿体無いという訳か。以前マルコも言っていたように対サリエリ一家のため温存したいという事だろう。
だが、それならそれで良い。
この仕事を引き受けたのは益荒男の個人的な理由だけなのだから。