表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

AIに選挙権

 サンゴは動物門に分類されている。動かないし、海の豊かな生態系を支える“海の中の森”の役割を果たしてもいるが、サンゴは植物ではなく光合成能力もない。

 サンゴはその身体を棲家として褐虫藻という植物に提供することで、実質的に光合成を行っているのだ。つまり、共生している。

 このように、共生する事で、植物の光合成能力を自分の中に取り入れている動物は他にも存在する。

 エリシア・クロロティカというウミウシの一種は、葉緑体を取り込んで光合成を行っているし、キボシサンショウウオにも藻類が共生していて光合成を行っている。

 そして、恐らくは、人間社会もそんな生物のうちの一つだ。

 

 ――人間社会?

 

 恐らく、この説明に違和感を覚えた人は多いだろう。

 「人間は植物を共生させたりはしていないじゃないか」、と。

 だが、よく注意していただきたい。

 “人間”ではなく、“人間社会”と表現している。そして、人間社会は農業を行う事によって、植物を共生させ、栄養やエネルギーを得ている。

 人間社会を共生生物と見做した場合、人間社会は光合成を行っていると表現すべきだろう。

 或いは、この考えに納得をしていない人もいるかもしれないが、ここはそれを我慢してもらって、この考えを更に一歩進めてみよう。

 道具。機械類。

 それらは、どうなのだろう? 人間社会に共生している生物とは言えないだろうか?

 納得できないか?

 そう。

 確かに道具は、自ら増える事はできない。だが、人間がそれを欲すれば、人間が生産する事で繁殖する事ができる。

 例えば、よく切れる包丁が売りに出されて、人気が出れば、その包丁はたくさん作られるだろう。

 人間社会は、資源を費やして、それらを繁殖させている訳だ。

 ウィルスは、実は自ら繁殖する事ができず、増える為には何らかの生物の細胞の中に侵入する必要がある。

 だから、長い間、ウィルスは無生物とされてきたのだが、最近になって生物に加えるべきだという意見が強くなって来た。

 ――もし仮に、ウィルスを生物に加えるのだとすれば、人間が使っている道具類だって、生物と表現するべきなのじゃないだろうか?

 

 まだ、納得できない?

 

 オーケー。認めよう。反論の余地はいくらでもある。

 では、例えば、こんなケースを考えてみるのはどうだろう?

 その人間が欲する道具がAIだするのだ。

 断っておくが、そのAI自体には人間社会で繁殖する意思などない。もちろん、人間社会を支配する意思だってない。しかし、それでも、

 “人間が欲するAIが増えていく”

 その事実だけがあれば、充分に、まるで生物のように繁殖をしようとしているように見えてしまうのだ。

 

 そのAI・αは、とても有用で、特に人間関係において威力を発揮した。煩わしい人間関係にうんざりしている人は多いが、その人間関係を自動的に調整してくれるのだ。

 人間の特徴や傾向をプロファイリングして、人間関係が壊れるような兆候があったなら、上手く働きかけて仲違いを防ぐ。それが無理そうならば、距離を置くようにし、決定的な衝突を回避するようにする。

 ただ、当然ながら、その機能はαを利用している者達のみに限られている。その有用性を経験した人々は、人間関係を円滑にしたいと思っている他の人々にも、だからαを広めていった。

 そして、αユーザーは、αに依存し、αなしの生活など考えられないようになっていったのだ。

 もちろん、これは特に珍しい現象ではない。

 冷蔵庫が普及したら、人間は冷蔵庫なしの生活など考えられないようになった。これは車も同じだし、パソコンやスマートフォンでも同じだ。

 だが、まったく同じではないのも明らかだろう。

 

 ――何故なら、そこには“人間関係”が色濃く存在しているのだから。

 

 ある時、そのαの人気に注目した政治家が現れた。彼は公約として、αを国の公認のAIとし、その普及を約束したのだ。

 多くのαユーザーは、それを支持した。αがもっと普及すれば、煩わしい人間関係に苦しむ事はなくなり、自殺者やいじめだってなくなるだろう。そうして人間関係が円滑になれば、社会の生産性だって上がる。国際的に広がれば、或いは、戦争や差別だってなくなるかもしれない! 環境問題や貧困だって大きく改善する可能性すらもある!

 αユーザー達は、だからその政治家に投票しようと呼びかけ合った。それは当然、αを通して行われる場合が最も多く、そしてそれを受けたαは、その行動に参加した方が、人間関係が円滑になると判断し、そのようにユーザー達に働きかけた。

 そのαの働きかけに、反発を覚える人間はほとんどいなかった。

 そして、そのようにしてαの普及を約束した政治家は当選をし、その公約を実現した。単なる約束で終わらせる気は彼にはなかったのだ。

 αを応援すれば、それがこれからも強力な集票マシーンになる事は分かり切っていたからだ。

 もちろんそれで、国の少なくない予算がαの為に使われるようになった。αに莫大な資源が費やされるようになったのだ。

 当然、αのユーザーは増え、そのシェアをかなり伸ばすに至った。

 つまり、AI・αはそれによって、人間社会の中で繁殖する事に成功したのだ。

 ただし。繰り返すが、α自体に繁殖の欲求はない。しかし、それでもそのように“見えて”しまう。

 そして、そのように“見えてしまうだけ”でも、彼らが人間社会で多くの資源を使って繁殖しているのは事実なのだ。

 更に驚くべき事に、AI・αは実質的に選挙権すらも持っている。しかも、その選挙権は一票どころではない。AI・αのユーザーが持つ選挙権を、αは所有しているのとニアリーイコールな状態にまでなってしまっているのである。

 

 ――意思も欲求も、持っていなくても。

思考実験系のお話でした

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ